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森田浩之「ヒトの知能とキカイの知能」⑤

インターフェース問題の解決

 行政のデジタル化プロジェクトが着々と進行している。すべての中央省庁と全国の地方自治体のシステムが一気通貫に接続されれば、マイナンバーを基軸に、役所が管理するあらゆる個人情報が結び付けられる。

 そのためには、例えば、総務省が管理するマイナンバーと、市区町村にある住民票と健康保険番号、年金事務所の年金記録、各税務署が個別に持っている納税者の確定申告書などが利用者のニーズに応じて、瞬時にアクセスできなければならない。

 もし今このシステムが完成していれば、持続化給付金の不正受給は防止できた。偽りの申請をするために、事前に税務署に個人事業主の登録しておいて、昨年度分の確定申告をして、今年分の収入帳簿をでっちあげてオンライン申請すれば、数週間後には100万円が振り込まれる。

 しかし審査する人が申請者のマイナンバーをコンピューター入力すると、税務署にある過去の確定申告書が出てくるならば、申請者の収入の変遷が分かり、本当に困っている人か、虚偽かが見分けられる。

 とはいえ、こんな大事業、どうやったら可能になるのか。ある大手銀行は、複数の銀行が合併した経緯から、システムの統合に苦慮した。デジタル庁は同じことを全都道府県と1700以上の市区町村で再現しようというのだから、これはニューディール以上の国家的大事業になる。

 すべてのシステムを、新しい同一のシステムに完全に置き換えるというのは現実的ではない。おそらく、中央に一つ、プラットフォームとなる、全省庁・自治体を結び付ける基地局になるようなシステムを構築することになるだろう。

 自宅から、引っ越しのために住民票を移行し、ついでに運転免許証の住所変更もしたい人は、まずこの中央のプラットフォーム・システムにアクセスする。そのシステムは、利用者は一元的に必要としているが、自治体や陸運局などに分散している情報を探し出して、それらをあたかも一箇所で管理しているかのように、利用者のパソコンに映し出す。プラットフォームが利用者の依頼を受け付けて、自治体に要請を出し、受け取った情報も、このプラットフォームを通じて利用者に届けられる。

 こんな怪物のようなプログラム、誰が書けるのだろうか。おそらく政府がイニシアティブを取って、日本の優れたシステム企業がコンソーシアムを設立して、各企業がそれぞれの担当分けをして、最後に統括する会社がまとめて政府に提出することになるだろう。今、水面下で主導権争いの生々しいポリティクスが展開中かもしれない。

 ここまでの話だけでも目眩どころか、気絶してしまうほど、気の遠くなる話だが、日常生活に定着させていくためには、人間のアナログ情報をどう機械が読み込めるデジタル情報に変換するのかという、さらに卒倒してしまうほどの難題が待ち構えている。

 実は、人工知能(AI)を扱うコラムでここまでICT(情報通信技術)の話をしてきたのは、ICTとAIの交点がこの「アナログ情報のデジタル化」だからである。

 AIとは、人間の知能を機械で再現することだが、過去数十年の研究でわかったことは、人間にとって難しいことは機械には簡単で、人間にとって簡単なことが機械には難しい、ということであった。

 今、この瞬間、5桁かける5桁の暗算をしてみよ、と言われて、あっさりやってのけたら、その人は変人扱いされるだろう。一方「その塩取って」と言われて、その作業が困難だと、119番騒ぎになってしまう。対する機械は、コンピューターどころか、厚さ数ミリの電卓さえ、10 桁の計算を数分の1秒で処理できるが、最新鋭のロボットでも、毎回確実に卓上塩を掴めるわけではない。

 同じことは、役所の窓口で出す手書きの申請書にも当てはまる。結局、これをいちいち役所の人がコンピューターに打ち込んでいる限り、真の行政のデジタル化は実現しない。これはシステムの問題というよりは、人間と機械が接するところ、すなわちインターフェースの問題である。

 インターフェース問題には二つの解決策がある。一つは申請自体をデジタル化すること。つまり窓口で何かを依頼する時、申請者自身が役所に設置されている端末に申請事項を入力しなければならない。しかしすべての人が機械の扱いに慣れているわけではないから、この方法は人を区別してしまうことになる。

 ここにアナログ情報をデジタル化するエージェントであるAIがやってくる。AIは行政のデジタル化のためにあるわけではないが、人の手書き文字を正確に読み取って、または人の話し言葉を完璧に聞き分けて、それらをコンピューターが理解できる形式(デジタル情報)に変換できれば、ICTとAIが相補的に助け合って、われわれの生活を根底から便利にしてくれる。

 行政のデジタル化にAIが導入されるのはまだ先になるだろうが、AIの研究と同時並行に進むことで、いつか手に手を取って、一緒にゴールできる時が来るだろう。

(月刊『時評』2020年12月号掲載)

森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。
森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。