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【森信茂樹・霞が関の核心】中井徳太郎氏

カーボンニュートラル 実現に向けて「地域循環共生圏」の理念を

環境事務次官 中井徳太郎氏
環境事務次官 中井徳太郎氏

 昨年秋、政府は2050年カーボンニュートラルの実現を掲げた。今後はわが国の産業全体が脱炭素に向けて加速化していくことが想定される。それを根底から支えるのが、環境省がかねてより推進してきた「地域循環共生圏」の確立だ。今般のコロナ禍の下、都市の一極集中が大きく変容していく中で、改めて「地域循環共生圏」の理念が注目されている。時代の要請に適合した環境行政の現在を、中井次官に解説してもらった。

白書で〝気候危機〟を明言

森信 2020年秋、菅政権が所信表明演説で2050年までに温暖化ガス排出実質ゼロを目指すという、新政権らしい大きなスローガンを掲げました。これにより環境省では今後、目標達成へ向けさまざまな施策を展開されるものと思われます。

中井 今回2050年カーボンニュートラル、すなわち脱炭素社会の実現を目指すという目標を掲げた背景には、激甚な気候災害が年々深刻になっているという現状があります。巨大なハリケーン、豪雨災害、森林火災、干ばつなどが頻発していることから、今や国際社会は従来の地球温暖化、あるいは気候変動といった表現を超えて、〝気候危機〟であるとの認識でほぼ一致しています。それに対し日本政府も20年6月12日に閣議決定した「令和2年版環境白書」において、「自然災害が多発する現在の気象状況は、まさに〝危機〟と言える」との表現を、政府の正式文書において明記しました。それを受けてその後の白書発表時、環境省として先んじて〝気候危機宣言〟を発しました。

森信 菅政権発足前、ですね。

中井 はい、新型コロナウイルス感染拡大、および気候危機というとてつもなく大きなグローバルリスクにさらされる中、環境省は早い段階から問題の深刻さについて認識を示した形となります。気候変動に関しては2015年に結ばれた、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より低く保ち1・5℃に抑える努力をするというパリ協定があり、また同年にはSDGs(持続可能な開発目標)が掲げられており、社会の構造をサステナブルに変えていく、そういう国際的な大きな流れにおいてまさしく環境省もその真っただ中にあると言えるでしょう。

森信 確かに、日本でも大規模自然災害が毎年のように起きていますね。

中井 現状を人体および健康状態に例えるなら、今まさに地球は病気の状態にあると捉え、私も折あるごとに表現をしています。

 産業革命以降250年ものあいだ、化石燃料を地下から汲み上げ続け、大量生産・大量消費・大量廃棄の社会を現出させる一方、都市化の文脈の中でCO2を吸収し酸素を生み出す熱帯雨林を伐採し続けてきました。地球を一つの生命体として考えると、言わば肺の機能にあたる森林を侵食する一方、毎日酒を飲んで肝臓に負担をかけるかの如く石油を汲んでは廃棄物を生み出し続けている状態です。人間ならば週末、休肝日を設ければまたリセットされる復元力があるかもしれませんが、地球はそうはいきません。人間が肝硬変を起こせばやがて生命の危機に陥るように、地球が惑星としての一定の限界値(プラネタリー・バウンダリー)を超えて回復力を失うと、社会・経済に深刻な危機が訪れる、これこそがSDGsが求められるそもそもの基本認識です。

森信 つまり現在の地球は、成人病、生活習慣病そのものであると。

中井 一過性のケガなら回復も見込めるでしょうが、地球はもはや慢性病の様相を呈しており、根本的な改善に差し迫られている状態です。カーボンニュートラルとは、自然の吸収力で持続可能となるまで温室効果ガスの排出量を抑えるという意味で、まさしく地球にとって有効な改善策そのものを指しているわけです。

 しかし慢性的な生活習慣病の難しいところは、病気の症状がすぐには消えないという点です。良化に務めながら自分自身の体と長く付き合っていくタイプの病気ですから、気候変動においても長期的な視点に立って何らかの適応策を取ることが必要です。

森信 例えば、どのようなことでしょう。

中井 農業ならば温暖化に適応できるよう品種や作柄を変えていく、都市づくりならば防災はもちろん被災した場合の復旧を念頭に計画する、等々です。一方で、根本治療も同時に取り組まなければなりません。現代は産業革命段階に比べ1℃温暖化が進み、CO2濃度が300ppmから400ppmに上昇しました。過去約80万年なかったことが数百年足らずで起きているのです。さまざまな体質改善策を講じて、あと30年でカーボンニュートラルの状態に持っていければ、何とかあと0・5℃上昇くらいで食い止められるのでは、と推定されています。

森信 パリ協定の目標でもありますが、2℃上昇を防ぎ、1・5℃以内に抑制する理由というのは。

中井 現在、産業革命時に比べ1℃上昇した状態で気候危機の状態になっているのですから、あと1℃上昇したらおそらく海面上昇などの大変な事態になるのでそれは受忍できない、せめて1・5℃までに抑制しようという考え方です。パリ協定の時は努力目標と言われましたが、これから30年人類が頑張れば、あとプラス0・5℃の範囲で何とか踏みとどまれるかもしれない、その希望に向けて世界は努力している、というわけです。

 その中で日本の対応は非常に注目されています。というのも小国の場合は排出抑制目標を掲げるのも比較的容易ですが、日本のように1億人超という人口規模を擁しフル装備の産業が揃っている国が、本当にあと30年間で目標を達成できるものだろうか、と。日本の産業界は基本的にまじめなメンタリティがあるため、目標として掲げた以上、実現へ最大限の努力をする、それゆえにむしろ環境対策へ踏み出すのに二の足を踏む傾向が見て取れました。そこへ小泉大臣が大きな目標を打ち出したことで、実現への勢いが増したと言えるでしょう。

森信 確かに、世界から見ると日本は環境後進国のように受け取られていますからね。

中井 やはり石炭火力推進が後進的イメージを伴うようですね。そもそも太陽光発電にしても初期段階では日本が世界をリードする技術を有していたのに、いつの間にか海外勢が市場を占めている、という残念な状況ですし。ですので、もう一度環境政策を見直し、後進国のイメージを払拭して環境先進国として認知されたいと考えています。

(聞き手)森信茂樹氏
(聞き手)森信茂樹氏