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【森信茂樹・霞が関の核心】 中島 淳一氏(金融庁長官)

個人金融資産2000兆円の活用を

森信 金融庁ではここ数年、〝世界に開かれた国際金融センターの実現〟を掲げているとのこと。構想のあらましをお願いします。

中島 2020年初夏のころから議論を行い、政策パッケージを取りまとめました。契機となったのは、香港における一連の混乱などの地政学的なリスクの高まりです。これまでアジアにおいて金融の中心となってきたのは香港とシンガポールで、東京の存在感は両都市に比べてやや希薄でした。が、日本は法制度も治安も安定し、かつ現在では2000兆円に達する個人金融資産を有しています。これらの好条件を活用しない手はありません。諸外国から企業や人材を呼び込むなどして、日本がアジアのヘッドクォーターたる位置付けを確立することで、国際的なリスク分散に貢献していきたいと考えています。

 加えて、国内の個人金融資産2000兆円が必ずしも高度に運用されているとは言い難く、むしろ香港やシンガポールで日本の資産が運用されている傾向にありました。であるならば日本においても運用ビジネスを育てるべきであり、そのポテンシャルもあると想定されます。このような思いで〝世界に開かれた国際金融センターの実現〟を推進することとなりました。

森信 実現を目指すにあたり、税の取り扱いや優遇措置などはどのようになったのでしょう。

中島 例えば、日本での資産運用業を考えている人にとって、ファンドマネージャーがキャリードインタレスト(出資持分を超えて受け取る利益の分配)を受け取った場合の課税関係がこれまで明らかでなかったところ、海外同様に金融所得として分離課税される要件を明確化しました。また、法人税においても、上場企業でなければ役員の業績連動給与を損金算入できず二重課税になっていましたが、恣意的な報酬にならないよう、業績連動給与の算定方法をあらかじめ定めて、金融庁ウェブサイトに掲載する等の場合には、損金算入ができるようにしました。さらに、海外にある資産については、これまで日本での居住期間が10年を超えると相続税の対象となっていたところ、居住期間が何年であっても対象とならないようにするなど、国際金融センター実現を掲げて以後、これらの対応を順次実現してきました。

 日本としては、あくまでタックス・ヘイブン(租税回避地)を目指すつもりはないものの、国際的に見ても厳しいと指摘される部分については既存のフレームの枠内で見直しを図り、日本で活動する上でのデメリットを少しでも減らしています。

森信 その結果、香港をはじめ海外から日本に拠点を移した企業などはあるのでしょうか。

中島 資産運用ビジネスに携わる方の在留資格なども取得しやすくしました。加えて、金融庁では、日本で資産運用ビジネスを行う上で必要となる金融商品取引法上の登録手続きとその後の監督をすべて英語でワンストップサービス化しました。これは、相当の効果があったと評価されています。これまで日本で事業をするときは日本人の弁護士を雇って書類に全て日本語訳を付けるという方式でしたから、これだけでもかなりの手間とコストがかかっていました。それに対し、事前相談、提出書類もやり取りも全て英語でOK、という方向に改めた結果、昨年4月から今年3月までの1年間で、長引くコロナ禍にもかかわらず、6件の新しい運用会社が日本でビジネス展開することとなりました。いずれも英語の申請、英語の登録プロセスによるものです。われわれとしては、こうした海外から人を呼び寄せる動きはポスト・コロナにおいてより本格化する、と考えています。

森信 社会状況が不安定化しても、想定したより企業は香港から離脱していないようですが。

中島 中国系の企業ではなく、もっぱら欧米や日本から香港に拠点を構えた企業を中心に新たな拠点に移っていく傾向にあるようですね。

森信 それにしても、個人金融資産2000兆円は膨大な数字ですね。米国も30年くらい前まで、個人資産の半分は預金だったそうですが、年金の401k(確定拠出年金)を導入したことで資産運用の方向へ様変わりしました。資金が眠ったままというのはいかにももったいない話ですね。もちろん、内部留保を貯め続ける企業に対しても同様のことが言えるわけですが。

利用度充実の「つみたてNISA」

森信 金融税制についてお伺いします。もともと所得には勤労所得と金融・資本所得とがあり、総合課税が理想でしたが、それをすると国内の資産が海外に逃げていくということで、税の効率性という観点から分離課税にして、金融・資本所得の税率は低く設定され現在に至ってます。

 しかし現在、OECD合意ができタックスヘイブンに逃げても、その情報が日本に入ってくるので課税できるようになりました。一方、国内的には所得格差がますます開いてくるなど、従来の前提条件に大きな変化が起きています。かといって、総合課税にするのは利子所得の名寄せの問題もあり難しい。また一律金融所得税率を引き上げると、大衆課税という批判を免れない。私は、名寄せの可能な、配当と株式譲渡益について、例えば100万円以上の金融所得のある者にはもう一段高い税率を設定するようなことを考えてはどうかと思っています。

 これを、例えば「つみたてNISA」(少額からの長期・積立・分散投資を支援するための非課税制度)の拡充などと合わせパッケージとして提示すれば、国民にも理解してもらえるのではないかと思っています。

 こうした点について、中島長官のご所感はいかがでしょうか。

中島 お話の末尾でご指摘のあった「つみたてNISA」は、20年間という長期にわたり、文字通りコツコツと積み立てて、運用益が非課税になるという制度で、非常に良く出来た仕組みだな、と思っています。2018年1月からスタートしてどれくらいの口座ができるのか当初は懸念しておりましたが、直近では累計500万口座を超え、累計買付額も着実に増えています。この先もかなり利用が期待できるでしょう。一方で、「つみたてNISA」がさらに浸透すれば、相反的に短期的な回転売買の抑止につながると思います。成功体験が広がれば、なるほど投資信託を買うのも意外と悪くないかも、と思う人が増えるかもしれません。かく言う私も、スタート当初に口座を設け、僅かながら含み益を生むまでになりました。公務員も口座を保有できますので。

森信 長官自ら実践をもって、制度のPRに努めておられるわけですね(笑)。私も、日本版IRAの導入をすべきだという考えで、つみたてNISAの創設には応援してきました。



中島 それ故、「つみたてNISA」の拡充議論が出るならば、積極的に議論していきたいと考えています。例えば、投信自動積立とは本来、毎月一定金額の投資を行う仕組みとなっているのですが、「つみたてNISA」の場合、年間の上限設定が40万円という、12カ月で割り切れない数字になっているのが問題で、どうしても使い切ることができないという指摘があります。

森信 それは以前、当時の麻生財務相もそのような指摘をしていましたね(笑)。たしかそれで「一般NISA」の上限設定額を100万円から120万円にしましたね。

金融所得課税議論の主な論点

中島 金融所得課税については、令和4年度の与党税制改正大綱において、「高所得者層において、所得に占める金融所得等の割合が高いことにより、所得税負担率が低下する状況がみられるため、これを是正し、税負担の公平性を確保する観点から、金融所得に対する課税の在り方について検討する必要がある。その際、一般投資家が投資しやすい環境を損なわないよう十分に配慮しつつ、諸外国の制度や市場への影響も踏まえ、総合的な検討を行う」とされており、今後、与党の税制調査会等の場で議論が行われていくものと考えています。

 金融所得課税の税率アップについてですが、現行の税率20%を例えば25%に一律引き上げるとなると、大衆増税の位置付けになるという意見があります。公務員も含めて一般国民の限界税率の平均が10%に満たない状況ですので、給与所得より金融所得の課税の方が高くなるという指摘です。

森信 ドイツでは給与所得の税負担より金融所得課税が上回る場合、還付申告できることになっていますが、日本にはその仕組みがありません。

 金融所得課税見直しの話が出た後、そうした問題点が発信されないまま引っ込めてしまったので、改正の内容について国民が知らないままになっていると推察します。つまり構想の内容が不明なまま、マスコミ報道などを通じてマイナス面ばかりが強調されているように感じられます。

中島 これだけマイナンバーが普及した現在、高額金融所得は総合課税で良いのでは、という意見はあり得ると思います。ただ、高額金融所得と言っても、大別すると金融と不動産とに分けられますので、課税議論において両者のイコールフッティングにも留意する必要があるでしょう。

 また、一定の塊の部分で税率を上げると、金融所得でリスクを取ろうという人の意欲が阻喪するおそれも考慮しなければなりません。まして前段の話に戻りますが、税率アップによって日本から他国に移ろうという流れが強まる可能性も懸念されます。

森信 その点は最近、日本から海外に転出する時は出国税(国外転出時課税制度)を徴収するようになりましたので、ある程度は抑止になると思われます。つまり、海外に逃げても株式等の含み益に対して税金は取る、ということです。

中島 もう一つ、国際金融センターのような所を舞台に、日本人の良い人材を海外から引き戻そうとしているときに、これまで現地では無税だった金融所得が日本では課税対象になるとすると、これも帰国の意欲を損ねる可能性もあります。そのため国際金融センター実現構想においては、現行の金融所得課税の税率20%を適用することで、シンガポールの水準には及ばないながら極端に高い税金を取るようなことはしない、という方向性で進めています。だからこそ、安心して日本に戻ってきた数年後、やはり高額金融所得者の税率を引き上げる、という手法をとることについては慎重な議論が必要です。とはいえ、これまで無税だった人を呼び戻すことで税収を増やしたいという思いはわれわれも強く有しており、まして既存の税収を削ろうなどという発想は持っていません。

森信 これまで取れていなかった税を取れるようにしたい、という方向ですね。米国の超富裕層は、r>g の世界で、資産を使いきれず運用益で資産が累増するばかりで、格差がさらに開いていくという構造です。日本でも米国型資本主義になっていくとすれば、さらなる格差拡大も念頭に置いておくべきだと思います。

中島 金融所得狙い撃ちというよりは超富裕な人を対象にするのかどうか、そして資産選択において金融よりも不動産の方がお得ということにならないようにするのか、議論が必要ですね。

森信 本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

中島長官は、さまざまな質問に対して、きわめて率直に、かつ誠実・丁寧に答えていただいた。温厚で芯の強い方だという印象を強く持った。ウクライナ問題などでわが国の金融政策には難局が待ち受けているが、「新しい資本主義」に向けての政策のかじ取りを任せるには十分信頼のおける方だとお見受けした。ご活躍をお祈りしたい。

                                                (月刊『時評』2022年5月号掲載)