お問い合わせはこちら

【森信茂樹・霞が関の核心】 総務事務次官 山下 哲夫氏

マイナンバーカードによるDX

森信 マイナンバーと社会保障・税番号制度についてですが、私が民主党政権時代に制度づくりに関わった経験に基づきますと、番号法大綱には「正確な所得を把握して、きめ細かい適正な社会保障につなげていく」と、こう書いてあります。この意味するところは税・社会保障一体改革を念頭に置いて、今日の番号が作られたという側面があります。ところが民主党政権時代以後、約10年を経過した現在、行政の効率化という点では確かに番号の活用は急速に進みました。コンビニエンスストアでも住民票が取れるなど、さまざまなワンストップサービスが実現されています。

 しかし本来の目的である、正確な所得を社会保障にどうつないでいくのかという点については今なお遅れています。

 前出の給付金が配布されるときも、住民税非課税世帯かどうか、つまり白か黒かの二元的基準で配られています。私としてはこの方式ではなく、所得情報を取っているのだから所得に応じてきめ細かく配布すべきだと考えています。

 マイナンバー制度がいまひとつ国民に受容されていない一因は、今なお税と社会保障をつなぐという当初の理念が具体化されず、行政の効率化ばかりが前面に立っているからではないかと思われます。この点、次官のご所感はいかがでしょうか。

山下 マイナンバー制度により、例えば、社会保障の給付や保険料の減免に際して所得情報等の利用が可能となるなど、公平・公正な社会の実現という観点からの制度の活用も進められてきているところですが、引き続き、ご指摘のようなさらにきめ細やかな対応について、取り組んで行くことになろうかと思います。一方で行政の効率化を図り、国民の利便性を向上するということも、マイナンバー制度の重要な理念の一つであります。

 その行政の効率化について申しましょう。国民に身近な地方行政のDXを図る目的は、第一に国民の利便性の向上、第二に自治体職員の助けになることです。マイナンバーカード活用以前の時代、地元の役所で手続きを行う際には、その都度窓口に出向き各種書類を提出する必要があり、職員サイドも確認に要する手間がかかっていました。また間違いも発生しやすい。中でも口座番号に関しては、年金振込なら年金振込しかその口座番号を使えないわけです。しかし、必要となる都度登録していただくと、住所は間違うことはほとんど無いものの、現実に口座番号はそれなりの確率で書き間違いが起こります。そのため職員が口座を確認する作業も不可欠でした。

森信 それについては、年金受取口座の登録をする準備が始まっているようですね。

山下 はい、年金受給者に公金受取口座を登録していただくための取り組みについて検討が進められています。また、既にいくつかの自治体が取り入れている「書かないワンストップ窓口」は自治体が持つデータの活用やマイナンバーカードの活用により、住民の皆さまには「早い・やさしい・サインするだけ」で手続きを行うことができ、職員の方々にとっては業務の効率化にもつながるものです。人口減少下、こういうところに人手を掛けず、個人の生活や行政の仕事の充実に人手を回すことが可能となります。

 このための基盤となるのが同姓同名に惑わされずに本人を特定できるマイナンバーと、顔写真やパスワードによって対面でもオンラインでも厳格な本人確認ができるマイナンバーカードです。マイナンバーカードがあれば、住民票の写しなどの公的な証明書がコンビニや郵便局でも取得できたり、パソコンやスマホからオンラインでも本人確認することで手続きを済ませることができたり、さらに健康保険証と一体化することで、転職等で保険が切り替わるときにも継続して利用したり、本人が同意すれば、特定健診情報・薬剤情報を医師等と共有することができ、お薬手帳の代わりにもなります。

森信 さらに個人の医療データを、さらなる医療の発展に活用する道も開けますしね。

山下 他にも自治体が福祉タクシーや自治体マイナポイントを付与する際にも、住民であること等の要件を確認することもできたり、民間分野で本人確認など書類を出さなければならなかった場面でも、利用は拡大していくでしょう。国家公務員の場合、既に職員証がマイナンバーカードになっていますが、企業でも職員証として使えるなど、非常に幅広い用途に活用可能です。酒類購入時も、年齢確認を要することからセルフレジは使用不可でしたが、今後は、マイナンバーカードを使えばセルフレジ利用もできるようになっていくと想定されます。本人確認ができることからチケットの転売防止にもつながりますし、スマホ搭載など利用シーンは拡大していきます。

 つまり、絶対に本人であると確認できるもの、そして今ここにいる人がその本人だと確認できること、その仕組みによって、住民と行政、消費者と事業者お互いが便利、という状況が社会のいたるところに広がっていくものと期待されます。それゆえ、国としても取得促進を呼びかけ、2023年3月16日現在、交付申請が人口の75・7%になりました。受付業務に当たった自治体各位にはわれわれ総務省としても深く感謝申し上げます。

(出典:総務省)
(出典:総務省)

マイナンバーカードの安全面

森信 そうした利便性があるにもかかわらず、依然として抵抗感が強いのは、やはり個人情報の流出に対する不安や懸念が強いからでしょうか。

山下 マイナンバーカードが本人の意図しないところで悪用されないこと、不安の払しょくにはこの点が非常に重要となります。まずマイナンバーカードの取得自体は役場の窓口において対面で厳格に行うこととしています。このことは逆に、本人確認が厳格過ぎて面倒、役場に出向いて対面でないと発行できないのか、という声もありますが、でもこれは、かつては各種手続の都度対面で行っていたものをマイナンバーカード取得時一回とするためのものです。ただ今後、健康保険証と一体化させるとき、病院や施設にいらっしゃる方などについては、代理交付の方策なども検討していくことにしています。

 もう一つ、マイナンバーカードはいろいろ便利に使えますが、カード自体に各種情報が格納されているわけではありません。

森信 その点も長らく理解されないままですね。

山下 カード自体はあくまで本人認証、言わばIDであって、カードの中に税や年金、医療などのデータが入っているわけではありません。例えカードを失くした、落としたとしても、対応するコールセンターは365日24時間稼働しており、拾った人物が他人のカードを使おうとしても本人写真またはパスワードの照合が必要となるので、他人が使えるわけでもありません。しかもパスワードも、何回か入力を間違えるとロックされ、また、不正に情報を読み出そうとすると自壊する仕組みになっています。

 こうしたマイナンバーカード取得の増加によって、窓口事務や住民に対する福祉など、自治体のいろいろな行政分野がDXにつながっていきますので、自治体職員の皆さまには、引き続き、行政サービスの向上、住民の利便性の向上に取り組んでいただき、われわれ総務省としても、自治体の取り組みをしっかりと支援していく所存です。

2025年度までに自治体システム標準化

森信 自治体のD X の関係では、2025年度までにシステムを標準化・共通化するということですね。一つの自治体内でも課ごとにベンダーが違う例もあるそうですね。この標準化は、円滑に進むのでしょうか。

山下 私見ですが、日本では社会の電子化が進む前に行政の仕組みが堅固に整備されていましたので、各団体ごと、業務ごとにシステムに置きかえていった、ということだと思います。

 これからますます自治体職員の方々がさまざまな行政サービスを立案し、提供する必要がある中で、制度改正の度ごとに全自治体がシステム更改をする、そういうところに人手をかけるのはもったいない。そこで、各自治体共通の20事務に関しては、まず国の方で標準仕様をつくり、これに則ってベンダーが具体的開発を行う、という流れになります。昨年、国の標準仕様は公表されました。今はベンダーの開発へと移行しています。今後は各自治体とも、ベンダーの開発した標準システムを導入し、使用していくことになります。

 従ってこれからは、自治体ごとにシステム開発をする労力が無くなる、それによって当該自治体ならではの個別サービスに、これまで以上にリソースを投入できる、という効果が期待されます。

森信 専門人材の確保も懸念されるところでは。

山下 IT分野は、自治体に限らず、社会全体で人材が不足していきますので、皆で同じ仕事をする必要のないことに人材やコスト、時間を投入するのは非効率的です。標準仕様の導入はその負担軽減にも資するものです。

森信 なるほど、ベンダーロックインのリスクを初代デジタル大臣の平井卓也さんなどはよく指摘していました。

山下 そういう経緯もあり、今回は標準仕様を構築するのだけれど、特定のベンダーロックインにしていない、そういう仕組みにしています。この先数年経れば、いずれかのベンダーのシステムが使いやすいのでそちらに寄っていく、という可能性はありますが、取りあえず現在は同じ仕様を取ることによってどのベンダーも参入可能です。

森信 いずれにしても行政のDXが求められるのは間違いないですね。

山下 はい、世の中がそちらの方向へ動いていますので、行政もそれに対応できるように頑張りたいですね。

情報通信分野で世界をリードする

森信 そしてそのDXは行政のみならず社会全般に求められるわけですね。冒頭G7にも触れられましたが。

山下 本年、日本はG7議長国を務めており、5月のG7広島サミットに先駆けて、4月末に「G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合」を開催しす。本会合においては、信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)の促進の他、それを支える強靱なネットワークインフラの構築、自由でオープンなインターネットの維持・推進、人間中心のAI実装の推進等についての国際的な連携に向けて議論を進めてまいります。

 また、10月には、インターネットに関する公共政策課題について、各国政府、民間企業や学術界、技術者、市民社会など官民のマルチステークホルダーが集まって対話する場である「インターネット・ガバナンス・フォーラム(IGF)2023」を京都市において開催する予定です。新型コロナウイルス感染症やロシアによるウクライナ侵攻の影響等の課題に国際社会が直面している中で、世界中のさまざまな地域からさまざまな立場の皆さんが参加し対話する「マルチステークホルダー・アプローチ」は従来以上に重要となっており、IGF2023についても世界中からさまざまな方に京都に来ていただいて実りある対話を行っていただきたいと考えております。

 このような、国際的にオープンで開かれたデジタル環境を作っていこうという国際協力の体制構築と、そこへ日本企業も展開できるように後押ししていきたいと思います。

森信 次官は週末、どのようなご趣味など。

山下 もともとの趣味はスキーと自転車です。週末くらいはしゃべりたくないもので、近年はコロナ禍の下でなかなか外出できませんが、以前は北海道から東北、信越まで主だったスキー場で滑り、またロードレーサーを分解して列車に積み込み、現地で組み立てるというサイクリングを楽しんでいました。

森信 本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

 旧総務庁ご出身だけに、行政評価の在り方などについて、予定時間を大幅にオーバーして熱く語っていただいた。温和な語り口の中に、官僚としての自負と矜持が感じられ、大変勉強になった。今後のご活躍をお祈りしたい。
                                                (月刊『時評』2023年4月号掲載)

関連記事Related article