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【森信茂樹・霞が関の核心】こども家庭庁長官 渡辺 由美子氏

若い世代の所得向上等を重視

森信 〝異次元の少子化対策〟の問題に移りたいと思います。最初の質問ですが、子ども子育て予算は安倍政権における消費税8%から10%への引き上げ時の使途変更などもあり、過去10年間でおよそ倍増しています。にもかかわらずわが国の出生率は上昇しなかったのですが、まずはその理由や施策の効果検証をきちんと行った上で今後の予算投入を考えていくべきではないかと考えますが、長官のご意見はいかがでしょう。

渡辺 ご指摘通り消費税率を引き上げた際、社会保障と税の一体改革の下、それまで年金・高齢者医療・介護のいわゆる3経費だけに充てられていた消費税収が子育て支援政策にも使えるようになりました。事業費ベースで0・7兆円が充てられていますが、こうしたこともあって、少子化対策予算はこの10年間で倍増してきました。しかしながら、少子化傾向に歯止めをかけるには至っていません。

 私が厚生省に入省したのは、1988年、つまり合計特殊出生率が戦後最低の1・57に落ち込んだことが判明し〝1・57ショック〟として世間の注目を集めた89(平成元)年の前年にあたります。最初の配属先が児童家庭局だったのですが、「少子化」という言葉が誕生した頃でした。当時はまだ働く女性自体が少なく、乳児保育や延長保育などの多様な保育サービスの拡充が「エンゼルプラン」として進められてきました。また、厚生労働省となってからは、保育対策と車の両輪として育児休業制度の普及などの雇用政策も進められてきましたが、30年を振り返ってみると、少子化対策の主軸は「仕事と育児の両立」で予算の多くも保育対策に充てられてきた、という印象があります。社会問題となった待機児童も最近ではかなり減少してきましたし、育児休業も女性の取得率は8割を超え、この点では隔世の感があります。

 それでも少子化傾向に歯止めがかからず、むしろ加速化しているのは、何が足りなかったのか。社会経済状況の変化もありますが、今回、こども未来戦略方針をまとめるにあたり、大きく三つの課題設定をしています。その一つが、「若い世代が結婚・子育ての将来展望を描けない」ということ。すなわち、子育て以前の課題として、若い世代が所得の低迷や雇用の不安定といった状況に苦しんでいるということです。検討プロセスの中で、若い世代の方々から「自分たちの世代は『成長』を知らない世代だ」という声がありましたが、バブル経済の時代を知っているわれわれ世代と比べても、若年世代の生活環境は厳しくなっていると認識しています。

森信 つまり出産から遡り、結婚に至る前の状況にスポットを当てたということですね。私もその点は大変重要だと思います。

渡辺 この点は、こども・子育て支援策の範疇を超えた、経済政策そのものだと思います。こども未来戦略方針の前段階として、3月末に小倉・こども政策担当大臣(当時)の下で関係府省会議を開催し、いわゆる「たたき台」を取りまとめたのですが、4月以降、総理の下での「こども未来戦略会議」になってから、若年世代の所得・雇用問題にも射程を広げられたことはよかったと思っています。戦略方針の三つの基本理念の最初に「若い世代の所得を増やす」ことを掲げたのも、こうしたことが背景にあります。

森信 婚活のマッチングアプリの収入欄に年収300万などと記入すると、その時点でマッチングの候補からはじかれる、というのが現実ですからね。

「共働き」の推進から「共育て」の推進へ

渡辺 過去の政策で足りなかった部分の二つ目は、「共働きは進んだが、『共育て』が進まなかった」ということで、この結果、働く女性に仕事と育児、さらに最近は介護も含め、かなりの負担がかかっているということです。いわゆるM字カーブは解消されましたが、新たにL字カーブという問題が生じており、就労は継続できてもキャリアが継続できない、という事態が生じています。わが国の特徴として、男性の育児・家事参加が少ないということはよく指摘されていますが、育児休業などの制度は、実は国際的にはかなり評価が高いのです。にもかかわらず取得が進まないのは、職場の雰囲気や上司や同僚に対する気兼ねとか、制度そのものに起因する以外の要因があり、こうした制度を運用する現場の環境、さらに職場や社会の意識も変えていく必要があります。同時に制度自体についても、より柔軟で利用しやすいものに変えていくことが必要だと思います。

森信 私も、出産をせずに働き続けた女性と比べて、生涯所得に大きな格差が生じるという、出産に伴う機会費用が極めて高いこと、いわゆるL字カーブですが、この問題は大きいと思います。企業サイドも、育休取得は認めても、その間の昇進はない、復職してもそれまで培ったキャリアを生かせるような処遇をしない、というのが実態のようですね。

渡辺 慢性的に人手不足の中小企業で育休を取得されると業務そのものが廻らない、という切実な声もあります。こうした現実も見極めながら、そこをもう一段プッシュするにはどうすべきかという問題意識から、今回の戦略方針では、職場における環境整備、すなわち、代替要員の確保や、それが難しくて業務配分を変える場合の応援手当の支給など、制度を利用しやすい職場環境の整備への支援ということも盛り込んでいます。

3歳未満の育児孤立に対し支援を

渡辺 三つ目の課題としては、子育てをしている世代に対する支援の強化ですが、私自身は子ども家庭局長時代に、痛ましい虐待事案などを見てきた中で、これまでの子育て支援策で手薄だった部分があると感じていました。既に申し上げたとおり、これまでの子育て支援策では、保育政策の拡充にかなりの資源を投資してきて、その結果、現在は保育環境も整備され、3歳以上になると幼稚園、保育園、認定こども園など何処かしらに預かってもらっている状況です。逆に言うと、在宅がほとんどを占める3歳未満の期間をどうするか。この段階で育児の孤立、そこから派生する虐待などが問題視されるので、専業主婦であろうと育休中の働く女性であろうと支援を受けられるべきですが、現実には在宅の子育て家庭に提供できるサービスが圧倒的に足りません。高齢者の場合は介護保険も導入され、ホームヘルパーをはじめ各種在宅サービスが揃っていますが、子育てについては在宅でのサービスを整備・提供するという発想自体があまり浸透していませんでした。

森信 待機児童の解消などの課題解決に長年取り組み、そこでは一定の成果は出たものの、新しい課題がクローズアップされてきたというわけですね。