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集中連載「ポスト・コロナの霞が関像」第6回/高嶋直人

現場から見た霞が関再生のために必要なこと

高嶋直人(たかしま・なおひと):早稲田大学政治経済学部政治学科卒。外務省在ウイーン日本政府代表部一等書記官、人事院総務課長、立命館大学大学院教授、人事院公務員研修所主任教授、財務省財務総合政策研究所研修部長などを経て2019年3月退官。同年4月より研修講師、執筆に専念。主著に『公務員のための人材マネジメントの教科書』、『公務員のためのハラスメントゼロの教科書』(ぎょうせい)。
高嶋直人(たかしま・なおひと):早稲田大学政治経済学部政治学科卒。外務省在ウイーン日本政府代表部一等書記官、人事院総務課長、立命館大学大学院教授、人事院公務員研修所主任教授、財務省財務総合政策研究所研修部長などを経て2019年3月退官。同年4月より研修講師、執筆に専念。主著に『公務員のための人材マネジメントの教科書』、『公務員のためのハラスメントゼロの教科書』(ぎょうせい)。

若者の霞が関離れの真の理由

若者の霞が関離れは慢性的長時間労働が原因。そんな分析が大勢を占める。しかし、筆者が毎年国家総合職採用の新人と研修を通じて聞いた声とは随分異なる。多くの新人の声は「今の霞が関では働きがいが感じられない」、「成長を感じられず日々擦り減ってしまう気がする」というものだ。

そもそも「働きやすさ」と「働きがい」は別である。「働きやすさ」を実現したとしても「働きがい」は生まれて来ない。働きやすさの実現を目指し、構造的原因にはメスを入れずに無理矢理時短を実現すると、職場から「働きがい」が失われてしまいかねない。その理由は、職場における成長の機会である「教育に充てる時間」を消滅させてしてしまうからだ。

組織が仕事や定員の見直しをせず、個人の意識改革(悪く言えば職員の気合と根性)だけで時短を実現しようとすれば、どこかに歪みが生じる。実は人知れず既に深く進行しているのが、「OJTの消滅」だ。上司や先輩が部下や後輩を、仕事を通じて育てるOJT(オンザジョブトレーニング)は、メンバーシップ制と呼ばれる日本固有の雇用慣行において人材育成の主要な手段である。昔から霞が関は勤務環境が厳しいことは周知の事実。しかしその霞が関に魅力があり多くの優秀な人材が集まっていたのは、組織が計画的に幅広い仕事の経験を職員に提供してくれること。それによって自己成長出来るとの期待が持てたこと。そしてより良い社会を実現するという自分の夢を仕事で実現出来るというものであった。「成長の機会の提供」が霞が関の魅力であったことは間違いない。

しかし、政治との関係で役割を変え、また人と仕事量の極端なアンバランスから組織が余裕を無くした今、残念ながら霞が関の多くの職場において、これまでのような成長の機会を若手職員に与えることが困難となっている。

それに輪をかけているのが実に皮肉なことに、「働き方改革」と言わざるを得ない。時短の実現を求められる一方、仕事は減るどころか増えている。そうなれば「重要性は高いが緊急性が低い教育」の優先順位を下げ、(OJTを手抜きしてでも)時短と業務遂行を実現させてしまう。教育は将来投資であり組織にとって手を抜いてはならない重要なものである。それは分かっていても与えられた厳しい条件下で教育を犠牲にしてしまう。教育は投資だが、リターン、つまり効果が現れるまでには時間がかかる。言い方を換えれば、OJTを手抜きしても暫くの間はさほど影響はない。しかし自転車操業のツケは大きい。人が育っていないことにみんな気付く頃には既に取り返しがつかないほど、その組織は弱ってしまっている。それが教育の恐ろしさである。

霞が関の職場における「成長機会の減少」が、霞が関離れの理由であり、働き方改革がむしろそれに拍車をかけているのではないか。この一見突拍子もない筆者の推論には一定の根拠がある。筆者は研修講師として数年間に渡り、採用2カ月から5カ月の国家総合職の新人職員に無記名のアンケートをとったことがある。質問は、「今職場や上司に対してどんな不満や希望があるか」。回答のうち不満のダントツ一位は、「仕事を教えてくれない」というもの。そして希望は「もっと自分を見て欲しい」というものであった。採用半年以内に早くも霞が関は自己成長出来ない組織ではないかと不安を持つ新人も多い。そんな若者の意見に対し「甘い」と切り捨てるのは簡単だ。しかし、よく思い出して欲しい。今の幹部職員が若い頃、まだ霞が関の職場の多くは今より余裕があり、役職を越えて職場で夜遅くまで政策議論に花を咲かせる職場文化があったではないか。

働きがいを実感出来る職場は仕事を通じて成長出来る職場である。霞が関の魅力はこれまで若くして成長の機会を与えられることにあった。その魅力の柱が大きく揺らいでしまった。それこそが慢性的長時間労働以上に優秀な若者が霞が関を見放した理由ではないか。慢性的長時間労働は是正されるべきだ。しかしそれだけを原因と捉えることは危険である。実際、早期離職者の再就職先の多くは霞が関と同様に長時間労働の職場であったりする。

慢性的長時間労働だけを理由として時短を現場にさらに強制すれば、ますますOJTを形骸化し、その結果、多くの若手職員が成長を感じられず職場を去る。そんな負の連鎖にならないためにも「働きやすさ改革」だけでなく、「働きがい改革」にも力を注いで欲しい。

輸血だけで無く止血を

公務員試験応募者数の激減も問題だが、それ以上に深刻なのは早期退職者数の増加だ。止血しなければどんなに輸血しても健康体にはなれない。また、公務員試験応募者数は離職者数にも連動する。大学の先輩が大量に早期退職した組織を希望する学生はいない。負の連鎖を食い止めるためにも離職者防止に積極的対策を講じる必要がある。

霞が関で働く魅力を積極的に広報することは必要だが、裏表無く真実を広報出来る職場にすることも並行してやらねば、その広報は信憑性を失い募集効果も期待出来ない。

止血のためには、職員の本音を聞き出し専門家が正しく処方箋を書くことが肝要だ。患者に問診もせず、医者でもない者に手術させると間違ったところを切除してしまいかねない。今の霞が関離れの問題は、紛れもなく人材マネジメントの問題である。人材マネジメントの専門的知見を駆使して総合的な対策を講じる他ない。人材マネジメントは、誰もが経験していることから、専門的知見が無くとも全員が持論を展開出来てしまう。だからこそ危険が存在する。専門的知見を踏まえて対策を講じなければむしろ悪化させてしまいかねない。

これまでの公務員制度改革は、当事者である公務員を排除して進められた。自分達の利害に関わる改革に公務員を関わらせることは利益相反であること。また、公務員は全体の奉仕者であり、国民の代表である政治家、そして利害関係にない幅広い各界の識者が主導して進めるべきとの考えがその背景にあった。しかし、みんな良かれと思って進めて来たはずの公務員制度改革のゴールにあったのが、優秀な人材に見放される霞が関という厳しい現実であったことは否めない事実だ。

当事者の声を政策に正しく反映することは改革の成否を握る。それは普遍的な真理であり、公務員改革だけが例外であるはずがない。今の霞が関を改革し、魅力ある職場へと再生を図るには当事者の本音をしっかり聞く必要がある。

また、人材マネジメントには営利組織のマネジメントと非営利組織のマネジメントの二つがある。もちろん役所は非営利組織の代表格だ。民間組織とは使命が異なり、組織特性が違う。たとえ営利組織にとってベストなマネジメントでも、役所では機能しないどころかむしろ危険なことも多い。非営利組織のマネジメントに精通した専門家の意見を聞く必要がある。根本的な治療を行うには信頼出来る医者の判断が必要である。どんな優秀な外科医でも内蔵疾患は治せない。公務組織の人材マネジメントの専門家の意見を反映した対策をぜひ講じて欲しい。

ハラスメント防止対策で、人を守り生かす

ハラスメントは、個人を壊すだけでなく組織を壊す。パワハラでは成果も出せない。ハラスメントが横行する組織を目指す若者はいない。霞が関再生には、より効果のあるハラスメント防止対策が必要である。

筆者が長年担当して来た新人研修の参加者の中には採用半年足らずで早くもメンタルダウン寸前の者がいる。個別に相談を受けることもあるが、その中にはパワハラ被害を受けた者もいる。

パワハラ行為者のタイプはさまざまだが、霞が関に多いのが自分自身優秀で成果を上げるタイプだ。そんな上司の中に部下に対して自分基準の高い成果を求め、間違ったマネジメントによってパワハラをしてしまう者がいる。周りはパワハラしていることを知っているが、その上司は成果を上げており、その者を外すと仕事に支障が生じることから組織としての対応を見送る。そのうち、部下がメンタルダウンしてしまう。そんな不幸なケースもある。

パワハラは決して必要悪では無い。現在の貴重な人材と将来の優秀な人材を失う組織に対する背任行為に他ならない。パワハラを行き過ぎた厳しい指導というのは基本的に間違った理解だ。厳しさのレベルでパワハラとなるかならないかが決まると理解してはならない。厳しい指導とパワハラは全く別ものであり、厳しい指導とパワハラ防止は両立出来るし両立するしか無い。禁止行為だけを教えるパワハラ防止研修ではパワハラは無くならない。パワハラ以外の方法で部下の問題行動を改めさせるマネジメント行動を管理職全員に理解し実践させることで初めてパワハラ防止は実現する。

ハラスメント防止はコンプライアンスの課題。そしてコンプライアンスはマネジメントの課題である。この三つをそれぞれ切り離し、方向性が違う内容で研修を提供しても実効性は期待出来ない。ハラスメント防止をマネジメント上の課題と位置付け、個人を変えるだけで無く組織を変える。そんなハラスメント防止研修を実施すべきだ。

残念ながら、セクハラも依然として根絶できていない。服務の観点からも定められた人事院規則が定めるセクハラの定義は広く、公務員のセクハラルールは次の3点で民間より格段に厳しい。さらに周知徹底に努めて欲しい。

・相手が職員(同じ組織に勤務する公務員)であれば、職場以外で行う場合もセクハラとなる。

・職場の場合は、相手が外部の者(職員以外)であってもセクハラとなる。

・ジェンダーハラスメントが含まれる。

公務マネジメント研修の必要性

実効性が期待出来る具体策は、管理職のマネジメントスキルの向上を図ることである。与えられた厳しい条件下で、成果を出しながら魅力ある職場へと再生を図るには、現場の管理職の部下に対する具体的行動の質を向上させるしか手はない。管理職が自分の「勘と経験」だけでマネジメントするのは危険だ。組織全体で人材マネジメントの質の向上を目指すべきであり、管理職のスキル向上の為の人材マネジメント研修の充実が必要となる。

上司が部下を成長させながら、モチベーションを引き出す。そのために取るべき具体的行動を効果的に学ぶには、次の条件をクリアした研修を実施すべきだ。

○内容

以下の要素を含んだものでなければならない。

・公務組織の特性

・公務員として求められる「職業倫理」

・正しい公務員制度に関する知見

・理論に裏付けられた汎用性の高い人材マネジメントスキル

○講師

講師選定が研修の成否を決める。

・霞が関で管理職経験のある者

・公務人材マネジメントに関する専門的知見を持つ者

・最新の研修技法を駆使して効果的な研修を実践出来る者

世界の公務員は、民間のマネジメント「も」学ぶことはあっても、民間のマネジメント「だけ」を学ぶことはない。マネジメントは経営そのものである。経営をアウトソーシングすればその組織は潰れてしまう。スポーツに当てはめると、どんな競技でも実践的スキルはその競技経験者から学ぶ。サッカー選手から野球は学べない。霞が関再生のためのマネジメント研修を研修業者に丸投げし、公務組織で働いた経験も、組織マネジメントした実践経験も無い者だけで講師を構成してはならない。霞が関再生の薬がどこか外国にあると思い、探し回って時間を無駄にすることはもはや許されない。今ある国内資源を活用すべきだ。

霞が関に勤務する公務員一人一人が、「霞が関の自虐ネタの評論家」ではなく、「霞が関再生の実践者」であって欲しい。

(月刊『時評』2022年2月号掲載)