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スマート農業推進政策最前線/農林水産省 齊賀 大昌氏

スマート農業推進に向けた取り組みと今後の展望

さいが だいすけ/昭和47年10月生まれ、香川県出身。東京大学大学院農学生命科学研究科博士後期課程修了。平成14年農林水産省(食糧庁)入省。19年大臣官房環境バイオマス政策課、22年在イタリア日本国大使館、25年農林水産省生産局技術普及課、30年生産局総務課、令和2年農林水産技術会議事務局研究推進課産学連携室長、4年大臣官房みどりの食料システム戦略グループ持続的食料システム調整官を経て、5年7月より現職。
さいが だいすけ/昭和47年10月生まれ、香川県出身。東京大学大学院農学生命科学研究科博士後期課程修了。平成14年農林水産省(食糧庁)入省。19年大臣官房環境バイオマス政策課、22年在イタリア日本国大使館、25年農林水産省生産局技術普及課、30年生産局総務課、令和2年農林水産技術会議事務局研究推進課産学連携室長、4年大臣官房みどりの食料システム戦略グループ持続的食料システム調整官を経て、5年7月より現職。

 人口減少に伴う担い手不足が多くの産業で問題になっている。もともと高齢化率の高い農業分野は、このままでは20年後の農業従事者が現状の4分の1になるといった予測もあるという。このような状況にあって農業生産の水準を保つためには、生産性の向上が必須であり、限られたリソースでいかに効率化・省力化を図っていくかが非常に重要になる。深刻化する課題の解決手段として「スマート農業」に関心が高まっているが、ロボットやAI、IoT といった先端技術を活用したスマート農業の現状、そして今後のさらなる推進に向けた取り組みについて農林水産省の齊賀室長に話を聞いた。

農林水産省大臣官房政策課技術政策室長
齊賀 大昌氏


わが国の農業を取り巻く現状と課題

――人口減少や少子高齢化に歯止めがきかない中、他産業と同様に、わが国の農業分野においても担い手の減少、高齢化の進行など労働力不足が深刻化しています。改めて、わが国の農業を取り巻く現状についてお聞かせください。

齊賀 わが国の農業分野における現状と課題についてですが、人口減少や高齢化による担い手不足、そして農業従事者の高齢化があります。農業はもともと高齢化率の高い産業ですが、2022年の基幹的農業従事者の年齢構成をみると、従事者数は約123万人、平均年齢は67・9歳になっています。そのうち50代以下、いわゆる20年後の農業を支えていく従事者は25・2万人と、人口構成で21%しかいないこともわかっています。新規就農者の増加も考慮しても120万人といわれる農業従事者が20年後には30万人になるといった急激な減少が予測されていますので、こうした農業従事者の減少が直面する最大の課題といえます。

 また、「食料・農業・農村基本法(以下、基本法)」の検証の中で、経営耕地規模別経営体数の推移をみると、大規模農家がより大規模化していることがわかりました。これは人口の減少に伴い、それを支えるために地域の担い手である農業者が大規模化していることを表しています。しかし大規模化したからといって、これまでのやり方の踏襲では生産性の向上は限定的で、労働力にも限界があります。そのため、大規模化した農業者の課題も労働力の確保といえます。

 そして、もう一つ。基本法の検証作業では、農業が環境に与える影響についても触れています。これまで農業は環境に良いとか、自然と共生しているという印象をもつ方が多かったと思います。しかし、農業機械や農業用ハウスなどでの化石燃料の使用、化学農薬や化学肥料の過剰な使用などにより温室効果ガスが発生するなど、農業が自然に悪影響を与える面もあるということです。農林水産省では、基本法の検証に先立ち、持続性と生産性向上の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」を21年5月に策定し、環境負荷低減の取り組みを推進しています。これら二つの課題に対処する有効な手段がスマート農業だと考えています。

スマート農業とは

――農業の抱える課題解決の一つとして関心の高まるスマート農業。ではスマート農業とはどういった農業なのでしょうか。

齊賀 一言で言ってしまえば「農業の世界に異分野の先端技術を導入する」、これがスマート農業です。では先端技術とは何かということになりますが、われわれはロボット技術、AIやIoTのような情報通信技術を農業の世界に取り入れた新たな農業をスマート農業と呼んでいます。

 われわれはスマート農業を農業が抱える課題、ミクロ視点からは経営課題であり、マクロ視点では日本の農業課題を解決するためのツールだと認識しています。そしてスマート農業が①作業の自動化、②情報共有の簡易化、③データの活用――といった効果をもたらすことで農業の抱える課題、つまりは労働力不足の解消や環境負荷低減につながると考えています。

 では、具体的なスマート農業の取り組みについても触れておきます。スマート農業の取り組みとして代表的なものがロボットトラクターです。当初開発・実証されたロボットトラクターは、例えば、耕うんを無人、播種を有人で行うといった有人・無人協調作業を想定していました。これまでは耕うん、播種という2回の作業が必要でしたが、この自動走行トラクターでは、一人でも1回の作業で完了する、つまりは約半分の時間で作業することができます。すでに実装されている技術ですが、今後の農業を象徴するような研究開発の事例であり、同様の研究や取り組みはますます広がっていくと思っています。なお、トラクターの運転を含む農作業において、年間300人ほどの農業者が作業中の事故で亡くなっています。そのため、ロボット技術を農業現場に実装する際には、安全性を確保するためのガイドラインを策定・公表しています。

 また、本年6月には、無人自動運転でコメ・麦の収穫が可能なコンバインが発表されました。このコンバインは、安全性を確保しつつ、完全無人でのコメや麦などの収穫が可能なものであり、気候や地域によって時間的な制限がある収穫作業を高効率に行うことが可能になり、今後の普及が期待されています。

 さらに、田植えの部分では、土壌センサ搭載型可変施肥田植機が登場しています。この機械は、前のタイヤにセンサが付いていて、左右のタイヤの間で土中の電気の通り具合を測ることで土壌の栄養度合いを判断し、苗を植えるのと同時に必要な量だけ肥料を施す機能を有しています。これまでは田んぼ全体に一様に肥料をまいていましたが、広い田んぼになると場所によって土壌の肥沃度も異なってきます。その点、本機を使用すれば、どの場所でも生育が揃うような施肥が可能となり、また、必要に応じた肥料散布により化学肥料の使用量を減らすこともできますので、その点からも非常に有効な技術といえます。

 これらトラクター、コンバイン、田植機は農業界では水田作の「トラ・コン・タ」と呼ばれていますが、すでに機械化が進んでいますので、その先にある自動化のために先端技術を活用するスマート農業もイメージしやすいのではないでしょうか。また、水田作ではこれら以外にも、多くの労力がかかる水管理の自動化、ドローンによる農薬や肥料の散布にも取り組んでいます。

――では、水田作ではない果樹、野菜などでは状況が異なるということでしょうか。

齊賀 野菜などにおける機械化・自動化も一定程度進んでいます。例えばAIによってキャベツを認識して自動収穫し、収穫したキャベツをコンテナに収納。またコンテナ交換も自動で行い、収穫と運搬作業にかかる時間と人手を縮減するといった技術開発が進められています。しかし、そのベースとなる機械は、20年ほど研究と試行錯誤を続けてようやく実用化した技術です。キャベツ以外にも大根や人参などでも同様に機械化が進められているところですが、われわれとしては、労働集約的でありながら機械化も進んでいない野菜(特に果菜類)や果樹において、スマート農業技術の開発と実用化を進めていかなければいけないと考えています。

 そういった観点で注目しているのが、ピーマンの自動収穫ロボットを開発したAGRISTのようなスタートアップの取り組みです。最盛期のピーマンは、収穫しきれないと翌日には適正規格を超えるほど大きく成長してしまいます。そのため収穫期には大量の労働力を必要としますが、このロボットはハウス内に張られたワイヤー上を移動し、AIで収穫適期のピーマンを判別・収穫することができます。またハウス内をロボットが巡回しながらデータを収集しますので、そのデータを基により良い管理ができるようになりますし、昼夜を問わず作業してくれますので、人の作業負担を減らしてくれます。

 それ以外にも、熟練農業者のをスマートグラスでAI解析して適切な作業を指示してくれる技術など、技術の習得に時間がかかったり、負荷の高い作業の省力化に向けた取り組みの後押しができればと考えています。

(出典: 農林水産省「スマート農業をめぐる情勢について」)
(出典: 農林水産省「スマート農業をめぐる情勢について」)

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