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国土交通省地域交通政策最前線

改正地域公共交通活性化再生法が成立

 5月27日、通常国会にて改正地域公共交通活性化再生法が成立しました。同法は2007年に制定され、14年の改正を経て今回は再度の改正となります。

 これまでの公共交通に関する政策を振り返ると、旧運輸省時代の2000年以降に、規制緩和の流れの中で、鉄道やバスなどの需給調整規制を廃止したことが大きなエポックメイキングでした。それ以前は、バス事業者の新規参入や退出には国の免許等が必要で、全体の需給のコントロールを法律に基づいて国が行っていました。規制の緩和については、LCCなど低廉な航空会社が相次ぎ参入し、国民生活の利便性が大きく向上する一方、鉄道やバスなどにおいては事業者が経営面から支え切れなくなり撤退するケースが発生するという、メリットとデメリットの両面があったと思います。

 地方の公共交通サービスをどうやって継続していくのかを地域全体で考えていくべく07年に制定されたのが地域公共交通活性化再生法です。そのポイントは、市町村が主体となって協議会を設置することなど、初めて自治体を中心に公共交通を検討するという法的なスキームができた、という点にあります。市町村と事業者が一体となって「地域公共交通総合連携計画」を策定し、地域公共交通をどう維持・存続させていくか共に考えていく、という制度が整備されたのです。制定後、トータルで600以上の計画が策定されています。

 次いで2014年の改正時には、交通と「まちづくり」の連携を図ることがポイントになりました。改正前の計画がもっぱら個々のプロジェクト的性格であったのに対し、改正後は対象を広く捉えて、市町村全体の交通ネットワークをどう考えていくかという、より面的な視点に立っています。法定計画となる「地域公共交通網形成計画」をマスタープランとし、その下に地域公共交通特定事業として各種プロジェクトが位置付けられ、その事業計画を国土交通大臣が認定し、法律の特例措置等により計画の実現を後押ししていくことになります。

 地域公共交通活性化再生法の改正とあわせて、コンパクトシティの形成のための都市再生特別措置法の改正を行い、本格的な人口減少社会に対応し、地方公共団体が中心となってコンパクトなまちづくりと連携しながら面的な公共交通ネットワークを再構築する、というコンセプトが制度化されました。コンパクトシティのための計画制度としては「立地適正化計画」が創設されましたが、これは都市全体の観点から、居住機能や福祉・医療・商業等の都市機能の立地、公共交通の充実に関する包括的なマスタープランを作成して、民間の都市機能への投資や居住を効果的に誘導するための土俵づくりとなるものです。これらの計画をさまざまな予算制度で支援することにより、計画の実現を図っています。

 ちなみに、この両法律の改正は、都市計画という旧建設省の政策と交通行政を所管する旧運輸省の政策が、国土交通省として初めて一体となった、という意味でも画期的な改正だったと個人的に思っています。

全ての地方公共団体が計画を策定

 以上のような改正を経て、今回の改正の内容を見てみたいと思います。

 まず、「地域公共交通網形成計画」の名称をシンプルに、「地域公共交通計画」へ改めた上で、今までは計画を策定したい自治体が取り組めばよいとされていましたが、今後は策定を努力義務化し、原則として全ての地方公共団体が計画を策定することとしました。その計画の下に「地域公共交通特定事業」として既存・新設合わせて多様な交通分野のプロジェクトが位置付けられ、それぞれの事業を国交相が認定して法律の特例措置などにより支援するという流れになります。

 現行の地域公共交通網形成計画においては、バスやタクシーなどの交通事業を中心とした交通ネットワークの形成が核となりますが、今改正によってそれに加えて、自家用有償旅客運送、福祉輸送、スクールバスなどの地域の多様な輸送資源も総動員して計画に位置付けるよう求めています。いわば、地域の交通関係をフルセットで包括したマスタープランを策定するということになりますし、地域自らが地域交通の姿をデザインすることとも言えるでしょう。

 また計画策定後は、実現に向けた明確な目標を定め、その進捗をチェックするなど分析・評価の明確化も法律で規定しています。持続可能な計画の実現のためには、事業収支や行政の負担割合など定量的な分析が欠かせないので、計画にしっかり位置付けてもらいたいと思います。さらに、通常、交通計画の効果は自治体の交通部門の所掌の範囲内で捉えがちですが、例えば公共交通の充実は、移動の利便性向上により高齢者の外出を促し、長期的には住民全体の健康維持に資するなどの効果が見込まれるなど、さまざまなクロスセクター効果を含めて考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 次に、法改正に関連する各論を見ていきましょう。まず、乗合バス及び地域銀行に関する独占禁止法の特例法についてです。例えば一つの路線において二つの乗合バス事業者が競合しているケースで、それぞれが自社利益を優先し利用者本位ではないダイヤを組んでいるような場合は、両社が話し合って等間隔ダイヤなどを調整することが望ましいのですが、こうした調整は現行の独禁法のカルテル規制に抵触するおそれがあります。また、複数の事業者共通の定額制運賃などを導入しようとしても、このカルテル規制が制約となって進まないという状況がありました。このため、競争を前提とする独禁法の制限を緩和し、事業者同士が協調し、将来にわたって住民のために路線を維持していく環境を整備するという観点から、今国会において内閣官房から独禁法の特例法案が提出され「乗合バスの共同経営についてのカルテル規制の適用除外」が制度化されました。これによってダイヤや運賃調整について独禁法の適用を外すと同時に、あわせて「地域公共交通計画」の中に「公共交通利便増進事業」としてこのような取り組みを位置付けることによって、交通サービスの向上を促進していきたいと思います。

 さらに、過疎地域における課題についても対応を図ります。既存の事業者による路線バスなどの維持が困難と見込まれる段階で、地方公共団体が関係者と協議してサービス継続のための実施方針を策定し、公募による新たなサービス提供事業者を選定する「地域旅客運送サービス継続事業」を創設しました。乗合バス事業者は路線維持が困難となった場合は、道路運送法に基づく廃止届を提出し、その後6カ月で廃止されてしまいますが、自治体はこれを受けて廃止までの6カ月という短い期間で路線継続のための対策を講じなければならず、必ずしも十分な対応ができない場合があります。このため、事業者は路線の継続が難しいと見込まれる場合は早めにSOSを発信するようにしてもらい、それを受けて自治体を中心とした関係者が交通サービス継続のための議論を始めることとします。

 代替交通手段としては、以下のようなメニュー例が考えられます。①路線の縮小・変更を含めて他の事業者による継続、②コミュニティバスによる継続、③デマンド交通(タクシー車両による乗合運送(区域運行))による継続、④タクシー(乗用事業)による継続、⑤自家用有償旅客運送による継続、⑥福祉運送、スクールバス、病院や商業施設等への送迎サービス等の積極的活用、です。このようなメニューの中から地域の実情にあった交通サービスを選択し、継続の実現を図っていくこととしています。

資料提供:国土交通省
資料提供:国土交通省

実現が期待されるMaaS

 将来的な施策として実現が期待されているのが、MaaS(Mobility as a
Service)です。その概念と特長は、◎地域住民や旅行者のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス。◎手段としてスマホアプリ等を用いることが多い。◎シェアサイクル等の新たな移動手段や移動目的に関連したサービス、例えば観光チケットの購入等も組み合わせることが可能、というものです。欧州でいち早く取り入れられた概念で、既にわが国でもさまざまな形で実証実験が進んでいます。

 実証の一例を紹介すると、静岡県伊豆地域ではIzukoというアプリを作成しましたが、これは鉄道やバスの別を問わず運賃がアプリ上で一括決済できるフリーパスとなっています。

 異なるモビリティについて運賃がまたがる場合、従来は鉄道、バスなどそれぞれの事業法に基づく運賃の手続きが必要でした。今回の法改正ではMaaSに参加する交通事業者等が策定する「新モビリティサービス事業計画」の認定制度を創設し、交通事業者の運賃設定に係る手続きのワンストップ化を可能としました。

 さらに、MaaSのための法定協議会を創設しています。この協議会のポイントは、自治体や交通事業者が参加するのはもちろんですが、それに加えて観光施設や小売店など、交通以外の分野の方々も幅広く参加していただくことを想定しています。例えば、MaaSを使って目的地で降りてから、近隣のホテルのクーポンを使えるとかレストランの割引券がセットになっているなど、乗り物を起点に他のサービスへさらに広がっていく、そういう地域全体へのMaaS効果の波及を期待しています。

公共交通のインバウンド対応

 地域公共交通は地域の経済的活性化と密接なつながりがあります。前述のMaaSのように観光振興と結び付くことでより利用度が高まることが想定されるように、観光振興は地域経済において近年、大きな比重を占めるようになってきています。とくにインバウンド(訪日外国人旅行者)は年々右肩上がりで増加していますが、これらの旅行者から寄せられた要望などを踏まえて、さらなる公共交通の利便性向上が図られています。以前はツアーが中心だった中国など東アジアからのインバウンドも近年は個人旅行の比重が高まり、旅行者自身で移動や宿泊予約を行うケースが増えてきたため、その行動過程におけるサービス改善のニーズが多々寄せられるようになったのです。

 2018年10月に施行された改正国際観光振興法において、公共交通事業者等は外国人観光旅客の利便を増進するために必要な措置を講じるよう努めなければならないとされました。その上で、鉄道、バス、飛行機、船などの交通機関において、①外国語等による情報の提供、②無料Wi-Fiの整備、③トイレの洋式化、④クレジットカード払いができる自動券売機の設置、⑤交通系ICカードの利用環境の整備、⑥荷物置場の設置、⑦インターネットによる予約環境の整備、などを適宜組み合わせて路線全体で整備する「公共交通利用環境の革新事業」が進められています。同時に、日本の出国者から1000円を徴収する国際観光旅客税を創設し、その財源によりこれらの施設整備を支援しています。

新型コロナウイルスを乗り越える

 今般の新型コロナウイルスにより、他のさまざまな事業と同様に公共交通も大きな影響を受けています。一方で、公共交通は社会の安定の維持に不可欠なサービスであることから、緊急事態においても必要な機能を維持することが求められています。

 調査によると、中小民鉄のうち輸送人員が50%以上減少したという事業者は5月にほぼ8割に達し、乗り合いバス業界では運送収入が前年比50%以上減少する事業者が約6割にのぼります。最も影響が深刻なのは航空で、国際線の輸送人員は100%近く減少、国内線も90%以上減少しました。航空に対しては空港使用料や税の支払い猶予や融資により支援が進められています。

 4月に決定した新型コロナウイルス感染症緊急経済対策においては、分野を問わず資金繰り対策や税制措置などによって雇用の維持と事業の継続を図るとともに、次の段階として官民を挙げた経済活動の回復を、さらには強靱な経済構造の構築を図ることとしています。

 公共交通の新型コロナウイルス対策を支援する制度としては、まず「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」の活用が期待されます。地方自治体が公共交通も含めてさまざまな分野での対策を講じることが可能な仕組みとなっています。また、国土交通省においても、公共交通事業者への新型コロナウイルス対策補助金を創設し、感染防止対策や運行支援を進めてまいります。
(月刊『時評』2020年7月号掲載)