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海上保安政策最前線

海上保安体制の強化に向けて

――近年、自然災害が激甚化・頻発化しているだけに、そうした対応も重要になってきますね。さて、日本の海を取り巻く現状を鑑み、海上保安庁では2016年12月に閣議決定された「海上保安体制強化に関する方針」に基づく体制強化に向けた取り組みを実施しています。これまでの取り組みと今後の方向性についてお聞かせください。

上原 体制強化については、2016年12月に海上保安体制強化に関する関係閣僚会議が開催され、「海上保安体制強化に関する方針」が決定されました。現在、本方針に基づき、巡視船、航空機、測量船などの整備を進めています。16年以降、これまでに最大級6500㌧型の巡視船3隻を含め、大型巡視船12隻について予算措置をいただき、建造にかかっています。このうち4隻(れいめい、しゅんこう、みやこ、つるが)は、既に就役して現場で任務にあたっています。また大型測量船についても2隻が予算措置され、うち1隻(平洋)は既に就役しています。さらに航空機につきましては、これまで13機が予算措置され、そのうち新型ジェット1機を含む4機が既に配備され、任務にあたっています。

――海上の治安を維持していくためには国際的な協力も不可欠だと思います。昨年末(2019年11月)に「第2回 世界海上保安機関長官級会合」が開催されましたが、海上保安に関する国際的な取り組みとしてはどういったものがあるのでしょうか。

上原 2017年9月、海上保安庁は日本財団と共催で世界初となる世界海上保安機関長官級会合を開催しました。コーストガードではなく海軍が領海の法執行を行っていた国もありましたので、当初は、世界海上保安機関長官級会合という名称に違和感をもつ国がなかったわけではありませんが会合が始まると、議場では法の支配に基づく海上秩序の維持という価値観に賛同しない国はありませんでした。各国とも海洋の秩序とは力と力のぶつかり合いではなく、制度に裏打ちされた法とルールが支配するものであり、これは「平和で豊かな海」を実現するために不可欠な基盤であるとの認識を共有しました。

 さらに昨年11月に開催された第2回の会合では、コーストガードの位置付けについて議論し、海上で「最初に」「最前線」で活動し、平和・治安の安定機能としての役割を担う機関“thefirst responders and front-lineactors”という認識を共有するまでになりました。世界75カ国84の海上保安機関などが認識の共有を行い、フェアウェルパーティでは安倍内閣総理大臣にも主賓としてご出席いただき、各国トップとの相互理解と信頼醸成が大きく進みました。今後ともマルチの場を活用して海上保安機関の人材育成など各国のニーズの高い解決策を示していきたいと考えています。

 それ以外にも、アジア諸国における海上保安機関の相次ぐ設立に伴う技術指導などの支援要請の質的向上・量的増加を受けて17年10月に外国海上保安機関の能力向上支援の専従部門である「海上保安庁モバイルコーポレーションチーム」を発足させ、インド太平洋地域の海上保安機関に対する能力向上支援を推進しています。また、国際法の知識を共有し、海上保安政策についての高いレベルでの認識を深めるために「海上保安政策プログラム(修士課程)」を政策研究大学院大学や国際協力機構(JICA)と連携して実施しており、アジア各国の海上保安官幹部候補生が、一年間同じ釜の飯を食しています。

新型コロナウイルス対応とオ リンピック開催に向けた備え

――近々の話題として、「新型コロナウイルス感染」への対応があります。世界的に猛威を振う新型コロナウイルスですが、海上保安庁としての対応や今後の対策についてお聞かせください。

上原 海上保安庁は全国各地で新型コロナウイルス対策に関しても所要の対応を行っています。まず陽性患者、あるいは陽性が疑われる方の搬送についてですが、テレビでも報道されたようにダイヤモンドプリンセス号では10名の陽性患者を搬送しました。また離島にお住まいの方や外国船の乗組員で発熱している方についても、海上保安庁が巡視船やヘリを使って搬送しています。海上保安官はこれまでも感染防止のための各種訓練を行っていますが、二次感染を防ぐために防護服などの保護具の着用を徹底するなど、マニュアルに沿って非常に注意を払って職務にあたっており、現時点(6月5日)で職員に感染者は出ていません。

 また外務省からの要請を受け、外国船舶から巡視船を使って邦人を日本に連れて帰るといった支援を5件(6名)行っています。

――また新型コロナウイルスの影響を受けて、本年開催予定であった「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会」が延期となりました。大会開催に向けて海上保安庁ではどういった取り組みをされてきたのでしょうか。

上原 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会への対応としては、昨年6月に開催されたG20大阪サミットでの経験が参考になると思います。G20大阪サミットは会場が海に囲まれた人工島の中にあって、周辺は海上交通が錯綜する海域でしたので、関係機関や地元事業者、民間団体と緊密に連携して、官民一体となったテロ対策を進めてきました。また期間中は最大で60隻を超える巡視船と千数百人規模の海上保安官を全国から大阪に集結させて万全の警備態勢を敷きましたが、地域の方々のご理解・ご協力をいただき、大きな混乱もなく無事サミットを完遂することができました。

 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で来年に延期されましたが、本大会も選手村や競技会場の多くが臨海部に位置しています。G20と同様に、大会期間中は全国から巡視船艇や航空機を大規模に集結・配備し、また東京湾内には、監視カメラを設置して監視警戒態勢を強化する予定になっています。これまでもテストイベントに合わせて訓練や研修を行い、来るべき本番に向けて体制を盤石にしてきましたが、ポイントはG20で学んだ官民一体となったテロ対策であり、また、これが成功のカギになると考えています。

 海上保安庁では2017年度から、海事や港湾業界、それから関係機関が参画する「海上・臨海部テロ対策協議会」を開催して、連携体制を構築しています。これまで欧米諸国で発生したテロは、公共交通機関や集客施設などソフトターゲットが標的になっていましたが、そうした施設のすべてに目配せするためには海上保安庁の力だけでは十分とは言えません。したがって民間の方々の協力を踏まえた対策を講じていく必要があるでしょう。大会の開催にはあと一年ありますので、官民一体の連携を万全なものにしていきたいと考えています。

――最後に令和という時代を迎える中、海上保安庁の新たな取り組みなどについてお聞かせください。

上原 海上保安庁の体制強化という面もありますが、必要な職員を確保するために学生の採用数を大幅に増加しています。幹部候補生を育成する海上保安大学校では、2016年から採用数を45人から60人に増加。基幹職員を育成する海上保安学校では400人から600人に増加しています。現状は5~6倍の競争率を維持していますが、少子化の進む中にあっては、それでも十分とは言えません。そこで今年度から二つの取り組みを実施しています。まず一つ目が、幹部職員不足を払拭するための大卒者を対象とした海上保安官採用試験の新設で、現在、来年度から第一期生を受け入れられるように準備を進めているところです。二つ目が近年、若者の転職など労働市場の流動性が非常に高くなっていますので、それに対応すべく今年度から海上保安学校受験の年齢制限を大幅に緩和し、概ね30歳まで受験できるようにしました。この二つの取り組みによって今後とも必要な体制を確実に確保できるようにしたいと考えています。

 もう一つのトピックとして昨年、海上保安庁では聴覚や発話に障がいをもつ方を対象として海上保安庁へ緊急時の通話が可能となる「NET118」サービスを開始しました。本サービスは氏名や住所などの情報を事前に登録していただければ、例えば海難事故時にスマートフォンなどを使用して通報ができるというものです。開始直後の昨年12月に呉海上保安部管内において聴覚に障がいをもつ方がプレジャーボートの運行中にエンジンが故障、「NET118」を通じた救助要請がありました。結果として海上保安庁の救助艇が現場に到着して無事に乗組員を救助できたという実績も挙がっています。

 わが国周辺海域の緊張感の高まり、自然災害の激甚化、新型コロナウイルスの脅威、そして人口減少など海上保安庁を取り巻く現状は明るいものばかりとは言い難い状況にあります。しかし海上保安庁は「正義仁愛」の精神にのっとり、今後もコーストガードのパイオニアとして時代を切り開いていきたいと考えています。

――本日はありがとうございました。

上原 淳(うえはら あつし)
昭和39年6月生まれ、兵庫県出身。東京大学経済学部経済学科卒業。昭和62年運輸省入省(大臣官房国有鉄道改革推進部管理課)、平成19年国土交通省自動車交通局貨物課長、20年国土交通大臣秘書官、22年内閣官房総合海洋政策本部事務局内閣参事官、25年国土交通省総合政策局公共交通政策部交通計画課長、26年観光庁総務課長、27年海上保安庁総務部政務課長、28年国土交通省大臣官房総務課長、29年海上保安庁総務部長を経て、令和元年7月より現職。