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大石久和【多言数窮】

財政破綻論をすり込む経済学者

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す (老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 最近も「日本観念論」を示したばかりだが、この国を意味のない観念論的な議論ばかりが覆っていて、日本国がどんどん沈下している。国民は豊かになるどころか、この20年で世帯所得は100万円も減少したし、名目GDPの世界シェアは、約18%から6%程度という転落ぶりだ。

 経済成長をうながす政策を提言すべき経済学者たちは、「財政が破綻する」という「財政破綻音頭」を歌い続けるばかりで、国民が豊かになるための有効な政策提言をしてきていない。経済とは「経世済民」だということを忘れた経済学者ばかりなのだ。

 2018年のノーベル経済学賞を受賞した『経済学者』のポール・ローマーは、2016年に「マクロ経済学は、過去30年以上にわたって進歩するどころか、むしろ退化した」と言っているが、まさに正論という感じなのである。

 経済学者とメディアは、財政破綻論を国民に刷り込むのに全精力を傾注している感があり、したがって、次のような情報は主権者である国民の知るところとはならないのだ。

 IMF は、2018 年の「FiscalMonitor October 2018 Managing PublicWealth」において、日本の財政について、「一般政府( 中央と地方)と公的部門( 中央銀行含む)=統合政府でみれば、一般政府のバランスシートは若干のマイナスで、イタリア、イギリスよりいい状態だ」と示したが、ほとんどの国民にはこの情報は届いていない。

 また、IMFレポートでは、どのような財政運用をすると、ネット資産がどのように変化するかという分析を行っている。例えば、単に赤字国債を発行するだけでだと、ネット資産は減少するが投資に回せばネット資産は減少しない。その投資が生きれば、ネット資産は増加するというのである。

 つまり、質の高いインフラ投資を行えば、その原資が国債であっても、むしろ資産は増えると言っているのだが、これも主権者の耳に届くようには報道はされていない。

 財政が完全に健全であるとは、歳入ですべての歳出をカバーできるということなのだろうが、これは「国民から徴収した歳入額と同額を歳出として国民に回している」と言うことだ。

 つまり、国民から見ると「とられた分が、ちょうどそのまま戻ってくる」こととなり、歳出項目に経済が成長する項目が含まれていない限り、「まったく経済は成長しない」のだ。

 『現代貨幣理論』を書いたランダル・レイは、「『正常』なケースは、政府が『赤字財政』を運営していること。すなわち税によって徴収する以上の通貨を供給していることだ」と言っている(中野剛志氏による)。こう見ると、赤字財政は、不健全ではなく、むしろ正常な状態なのである。
 また、2017年スティッグリッツ教授は、経済財政諮問会議に招聘され、そこで「日本の財政負債は大半が無効化されている」(つまり、負債が多いという状況ではない)と述べたが、ほとんど紹介されていない。

 先に示したポール・ローマーは、中野剛志氏によると「経済学者の七つの特徴」を列挙している。彼らは以下のような特徴を持っているという。
1 途方もない自信
2 異様に一枚岩の共同体
3 宗教団体か政党のような同じグループとの一体感
4 他分野の専門家から隔絶された強烈な内輪意識
5 他のグループの専門家の思想、意見、業績に対する無視と無関心
6 証拠を楽観的に解釈し、結果に対する大仰あるいは不完全な言明を信じ、理論が間違っているかもしれないという可能性を無視する傾向
7 研究プログラムに伴うはずのリスクの程度に対する評価の欠如
 
 2011年3月の東日本大震災に対して、経済学者たちは徒党を組んで、「現世代に起こった災害復興費用は、その現世代が負担すべき」との意見発表を行い、復興増税の道を開いたのだった。上記の3番目の指摘そのものだ。(しかし、彼らは南海トラフ型地震が関東・東海・近畿・四国を襲って壊滅させた時や、東京直下型地震で東京が崩壊した時にも、「復興増税」を導入しろというだろうか)

 また、このような話もある。2018年6月に、土木学会は「南海トラフ型地震のような国難級の災害が起こると、20年間累計で1410兆円の経済損失と資産被害を受けてしまう危険があり、15年ほどの期間のうちに約40兆円弱程度の対策を講ずる必要がある」と発表した。

 これに対し、経済学者の吉川洋氏は、「現在6兆円の建設国債を増発すると、国難級の災害対策のために亡国の財政破綻が生ずる」と中央公論誌上で自説を展開した。氏が述べているように、2018年の当初予算ベースでは建設国債は6・1兆円だったが、補正予算などの影響で2019年1月には建設国債の発行額は8兆円規模になると見込まれている。

 さて、このように建設国債は増発されようとしているが、「亡国の財政破綻」の兆しはあるのだろうか。むしろ、年が明けてから国債の長期金利がマイナスになるなど利率の低下が著しく、つまり日本国債は買われているのだが、このことを吉川氏はどう考えるのだろう。亡国の危険がある国の国債を誰が買うというのか。まさにローマーの6番目の指摘通りなのだ。

 戦前には、軍人とメディアの煽りによってアメリカとの無謀な戦争に惨めな敗北を喫したわれわれであったが、いま、経済学者とメディアのために、経済は成長せずに世帯所得は減少を続け、インフラは未整備のままで効率的な物流や人流を確保できず、気象が凶暴化しているのに防災施設は未整備のままで人々の命と財産を守れないといった「日本の敗北」が顕在化してきている。

 ローマーの指摘は、戦前の軍部の「素人は黙っておれ」と同じことを、いまは経済学者が言っているということなのだ。20年にもわたって国民が貧困化してきたというのに、国民を豊かにするための具体の政策提言を何一つできなかった経済学者というのは、何のために存在しているだろう。

 財政再建至上主義の誤った原理主義的観念論で崩壊しつつある日本は、原発忌避観念論でベース電力と原発技術力を喪失していっているし、アメリカの軍事技術から生まれたIT環境に囲まれて暮らしているのに、学術会議は観念論的に軍・民に境界を引き、研究の促進を阻害しているのである。
(月刊『時評』2019年3月号掲載)