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大石久和【多言数窮】

人と国土・ウェストファリア条約の視点から

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す (老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 タイトルの「人と国土」は旧国土庁の広報誌の名称であった。現在でも国土交通省の一部では使われているようだが、国土庁の設置理由を良く表わした名称だ。国土政策の目標は、国土の有効利用と適正管理だが、それは住む人々(地域であれ全国であれ)の安全性・効率性・快適性の向上を目指して行われるものだからである。
 
 最近では、観光などで訪れる人も対象に入れていいだろう。いずれにせよ、「人と国土」は、国土庁(だけではなく、国土政策を行う全省庁)の行政目的を端的に表現している。
 
 この「人と国土」は、30年戦争の結果結ばれた世界で初めての多国間条約の精神でもある。1648年、ドイツ領内を中心に戦われた30年に及ぶ戦争が終結した。ブルボン家とハプスブルク家の争い、カソリックとプロテスタントという宗教戦争などという複雑な戦争であり、スウェーデンまで参戦したという広域性・多国性を持った戦争だった。
 
 また、過去の歴史に例を見ない犠牲者を出した戦争でもあった。アメリカ人のMatthew White 氏の研究(「殺戮の世界史」・早川書房)によると、この戦争での死者数を750万人としているが、1000万人説もある。また、この犠牲の多さがドイツ近代化の遅れの原因ともなったとも言われている。
 
 この戦争の結果、史上初の多国間条約であるウェストファリア条約が結ばれ、オランダ、スイスが独立を果たしたが、なんといっても大きいのは、ここで主権国家概念が成立したことだった。国家は、「領土(国土)と、国民と、人々の主体的統治意思の総体としての他から侵されることのない主権とによって構成される」という概念である。
 
 かつては国家の間に宗教的干渉が頻繁だった時代の反省も込めて、このような主権概念がまとまったのだ。この戦争は、最後の宗教戦争だったとも言われているが、宗教戦争の常として膨大な数の犠牲者が生じてしまったが、その結果、主権国家(概念)がわれわれにもたらされたのである。
 
 陸上に国境があるヨーロッパ・ユーラシアの国では、国土・領土への関心がきわめて強いが、わが国は海上にしか国境を持たないために、国土や領土についての関心が低く、認識もきわめて浅いのである。
 
 その証拠はいくつもあり、最もわかりやすいのは全国の土地の地籍が確定していない(所有者や区画などが明確でない)唯一の先進国がわが国であることである。そのことが土地の絡む事業の効率的な執行を大きく妨げているのだが、現在全国平均で約52%(全国最低は京都府の8%)の確定率は、最近でもきわめてわずかずつしか向上していない。
 
 しかし、国土や領土に関心が低いことを示す最たるものは、「外国人が日本の領土をほとんど自由に購入することができること」だろう。実は、日本には1925年制定の「外国人土地法」があって、「日本における土地の権利の享有について、その外国人が属する国が制限している内容と同様の制限を政令によってかけることができる」と規定されている。
 
 また、国防上の観点から特別の制限や条件を付けることができるとの規定もある。ところが、現在に至るも政令の制定がなく、この法律は機能していないのだ。最近では、WTOの規定から外国人による土地取得の制限はできないとの意見もあるようだが、それはこの法律にあるように、本来、互恵主義で処理すべきものなのだ。
 
 日本人は中国の土地を買えないが、中国人は日本の土地を自由に買うことが許されるというのは互恵主義に反するというもので、WTOに優先すべき原則だと考える。
 
 主権行使の主体として「人と国土」については、どう考えればいいのだろう。日本海側の各地域は、需要追随が交通インフラ整備の根幹的本質としてきたことから、新幹線もない、高速道路もつながらないといった貧弱で劣悪なインフラ状況のまま放置されてきた。そのため人口減少が続き、東京首都圏などに人材を放出し続けている。
 
 ここで、島根県・鳥取県と東京都を比較してみよう。島根・鳥取からの衆議院議員数は、小選挙区4人、衆議院議員の中国比例代表のなかで両県に事務所を置く議員2人、合計6人となっている。これは、総定員465人の1・29%にあたる。一方、東京は小選挙区25人、東京比例代表17人の合計42人となっており、総定員の9・03%となっている。
 
 国土面積の方は、島根県と鳥取県を合わせて1万215平方㎞で、国土面積の2・70%となる。東京都は2194平方㎞であるから、これは国土面積の0・58%となる。
 
 島根県・鳥取県は、何かと緊張を強いられる朝鮮半島の前面に位置しており、不審者侵入などの事案に直面し、もちろん国と協力してではあるが、領海・領土保全のフロントに立っていると言えるのである。
 
 わが国の利害に直結するこの地域の領土保全や、広大とも言える両県の国土管理のツールの在り方について、衆議院において地域を代表して主張すべき議員の数が、全議席の1・29%のシェアしか持たないことは、何の問題もないことなのだろうか。
 
 そのようなことはあり得ないとしても、両県議員からの国土管理の提案について「そんなことは東京都に関係ないよ」と10倍以上のシェアを持つ東京都選出議員に一蹴され無視されるとしたら・・。衆議院と参議院の両方がとまで言わなくとも、どちらかが「人と国土」を代表する議会であるとすることは、荒唐無稽なデタラメな話なのだろうか。
 
 主権国家が生まれるきっかけが、厖大な人材を消耗して終結した30年戦争終結時に結ばれたウェストファリア条約だった。そこでは、主権は国民と国土・領土の上に成立するとされたのだ。国土なくして国家はあり得ない。広い意味で、つまり安全保障から防災まで含めた国土保全・領土保全なくして国家は存立し得ない。
 
 丁寧に手入れされた国土のうえでこそ、国民が安心して、安全に、かつ快適に生きていくことができる。十分な国土管理なくして国民生活は存在し得ないという観点から、《国会議員は「人と国土」を代表する》という意味が生まれると考えるのである。

(月刊『時評』2019年7月号掲載)