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大石久和【多言数窮】

評論ばかりの国家

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す (老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 前回は、国家の基幹インフラとでもいうべき公務員制度が毀損されつつある現状を、他国と比較したデータとともに示した。最初に、少しその補完データを示しておきたい。

 公務員でなくてもやれるではないかと一番先に削られていったのは、政府の現業職員であった。現業職員は1967年の37万3000人から2005年には5226人となったが、失ったものも大きい。

 たとえば、官用車の運転手である。人材派遣で運転手を求めると、何年か後には職員化する必要があるため、ほとんどの場合、役所が保有する自動車を車両管理業務として民間委託し、その会社が運転手付きで官庁にサービスを提供する形を取っている。

 そこでは漫画のようなと言えば、漫画に失礼に当たるようなことが起こっている。つまり、車を利用する職員は運転手の職務上の上司ではないからとして、行き先変更があった場合に利用職員は運転手に変更を指示できないことになるというのだ。

 この場合どうするかといえば、車利用の職員は官房などにいる車両管理業務委託の担当者に連絡し、その担当者が委託された会社の運転手の上司に当たる人に対して「運転手に行き先変更を指示してくれ」と依頼する。こうすることで、やっと行き先変更が成就するのである。

 現に某省の某課長が予定されていた会議会場が変更されていたため、行き先変更を余儀なくされたのだが、以上の手続きに時間を要して遅刻したという。

 これは一言で言えば「バカか」ということだ。これは「運転手は自分の会社の上司から、利用する職員の指示に従え」という包括命令を受けていることにすればいい話だ。これがなんとか法に反するというのであれば、その法律を直せばいいのだ。

 こうして、官庁のほとんどの車には、「運転手に直接行き先の指示をしないで下さい」という涙が出るような情けない注意書きがぶら下げられているのである。

 また、こうした運転手が大地震などの非常時には出勤してこなくなり、危機管理官庁がいざというときに機動力を喪失した事例も前回紹介したところである。

 次は統計の話である。

 統計は数学の一分野だが、統計の意味が理解できていない職員が統計を扱っていたのではないかという事件があり、統計職員数が議論となった。政府の統計担当職員は1967年の1万9000人から、2009年には3916人となり、その10年後の2018年には1940人となった。また、都道府県の統計専任職員も3200人から1671人に半減しているともいう。

 2017年の統計改革推進会議資料によると、統計職員数はアメリカで1万4533人、カナダで5039人、イギリス6544人、フランス2761人、ドイツ1664人となっているが、ドイツには各州に統計局が存在する。

 いろいろな局面に存在する問題を見てみると、山積する問題の指摘はあるが、この国はその解決のためには何もしていない国なのだなということがしみじみと実感させられる。国民の方も、20年で100万円からの家計所得の減少があったというのに、イエローベストのような抗議もなく世論調査では70%の国民が現状に満足と答える始末なのだ。

 問題の指摘だけがあって、その解決への具体の対策が何もとられていないことばかりと言ってもいい。項目を羅列すると、それぞれの問題の大きさと無策ぶりに唖然としてしまうのだ。

①成長しない経済、したがって伸びてこなかった税収
 経済成長のために有効な施策を経済学者は何か提案したのだろうか。デフレによる賃金減少が続いているというのに、さらにデフレを促進させる消費税率引き上げばかりを叫んできたのが、経済学者の行ったことだった。
 国連の統計によると名目経済成長率で見て、直近の22年間で経済成長がマイナスだった国は、内戦の続くリビアと日本だけだった。

②総人口減少時代に入ってもまだ続く東京・首都圏一極集中
 総人口に対する一部地域の人口のシェアが、上がり続けている唯一の先進国だが、この傾向は今も止まることがない。しかし、その最大人口圏に壊滅的な災害が確実に起こると予想されている唯一の国もまた日本なのだ。

③世界に先駆ける超高齢化社会の到来
 人生100 年時代を説いた『LIFESHIFT』の著者たちは、世界中が高齢化する時代を前に、「先頭を進む日本の施策を他国は見ている」というのだが、世界に見せる施策など何もないというのが現状だ。

④歯止めのかからない少子化
 厚生労働省の有識者会議で、「子供を産まないのは、教育などに費用がかかりすぎるから」との発言があったが、この人は何を見ているのだろう。有配偶出生率は1980年からというロングスパンで見ても下がってはいない。有配偶率が貧困化などのために下がっていることが原因なのだ。
 2018年に2120万人にもなった非正規雇用(全体の雇用の37・9%)を正規化することが、解決の第一歩なのだ。

⑤気象の凶暴化
 世界的にも砂漠地帯で洪水が起こったりしているが、わが国でも毎年各地で大きな災害が発生している。房総を襲った強風被害は、山林の手入れを怠ってきたこと、先進国などとはとてもいえない電線類の地中化の遅れ、発送電の分離などによる送電線管理費の極端な削減などが相まって、大惨事となってしまった。
 ここでも、何もしてこなかった日本の姿が顕著に現れている。

(月刊『時評』2019年11月号掲載)