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探訪/海上・港湾・航空技術研究所・栗山善昭氏

着目すべき、「高度空気潤滑法」

――では、数ある研究内容のうち、代表的な事例について教え ていただければ。世界の潮流としてはやはり2050カーボンニュートラルへの対応が目下の命題と思われますが。

栗山 はい、気候変動対応は 当研究所でも力を入れている分野です。

 例えば洋上風力発電。ご存じのように、洋上風力発電には、浅い海域に適している「着床式」と深い海域に適している「浮体式」があります。「着床式」で用いられる杭は、港湾構造物でも使用されているため、港湾空港技術研究所が得意とする研究分野であり、一方「浮体式」の方は船舶などの研究を行っている海上技術安全研究所の得意分野です。つまり、当研究所ではいずれの方式についても得意分野である、というわけです。

――「着床式」の方は、ヨーロッパで長年にわたり先行しているため、技術的に新たな研究を行う余地が少ないのではないでしょうか。

栗山 まさに日本ならではの特性、すなわちヨーロッパでは少ない地震や台風の影響について研究しています。現行の「着床式」の技術基準はヨーロッパの状況をベースに作成されているのですが、必ずしも地震や台風への対応が十分とは言えません。しかし日本では自然災害の影響も考慮し、技術的な対応や基準の整備も図っていく必要があります。港湾空港技術研究所はこの点に注目し、研究を進めています。

――他方、「浮体式」は世界で技術開発の競争が盛んだと聞きました。

栗山 はい、日本国内でも産官学問わず多くの研究組織が技術開発に携わっています。海上技術安全研究所ではそうした 数々のプロジェクトに参画しつつ、これまで培った知見をお示ししながら、将来的には「浮体式」の技術を日本から世界に売り込めるような発展に貢献していきたいと考えています。

(資料:拾井隆道,川北千春,濱田達也,若生大輔:高度流体制御技術によるゼロエミッション船の実現,令和2 年(第20 回)海上 技術安全研究所研究発表会資料,19p., 2020.)
(資料:拾井隆道,川北千春,濱田達也,若生大輔:高度流体制御技術によるゼロエミッション船の実現,令和2 年(第20 回)海上 技術安全研究所研究発表会資料,19p., 2020.)

――飛行機や船のGHG(温室効果ガス)削減も大きなテーマですが、この点は。

栗山 船舶の「高度空気潤滑法」の開発を進めています。車両と同じで、船もあまり速く走り過ぎると燃料消費もCO2排出も余計にかさむため、減速して航行するのが世界的な流れとなっています。それによってCO2の排出量を、通常速度の航行より20%ほど削減できるとされています。

 その上で、当研究所で開発している「高度空気潤滑法」は、船底から気泡、つまり空気の泡を吹き出して水の摩擦や抵抗を抑えることで航行効率を向上させ、燃料消費とCO2排出をさらに抑制するという方法です。その泡も終始吹き出し続けるのではなく、むしろ一定のインターバルのもとに吹き出した方が、より効率が良いことが分かってきました。この方法が実用化されれば、さらにCO2を10%ほど削減できるものと想定されています。

ブルーカーボンの可能性に期待

――近年では、船舶航行時の化石燃料削減のために、代替燃料を使ってみたり、いろいろな燃料同士を混焼させる傾向にあるそうですね。

栗山 それでもやはりGHGが生じるため、その排出を抑制することも重要な研究テーマです。例えばアンモニアは燃えにくい上に燃やすとN2O(亜酸化窒素)が生じる恐れがあるのですが、このN2OはCO2に比べ300倍ほど温室効果が高いと言われ、大きな課題となっています。これに対し、補助燃料である燃料油の噴出方法を工夫すると、アンモニアの燃焼を促進し、N2Oを大幅に削減できることなどが、当研究所の研究で分かってきています。

 また、水素とメタン主成分の天然ガスを混焼させた場合、メタンはやはりCO2の30倍近い温室効果をもたらすのですが、これは少量の水素添加でかなり減らせることも判明しました。 このように、水素専焼船やアンモニア専焼船に到達するのはまだ先のことながら、その途中過程においては、混焼でのGHG排出を抑制させた上で環境負荷の低い船舶の実用化を目指していく、これは非常に大きな意味があると考えています。

(資料:Kuwae,T.and Crooks,S.:Linking climate change mitigation and adaptation through coastal green-gray infrastructure: a perspective.Coastal Engineering Journal,63,188-199,2021. https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/21664250.2021.1935581)
(資料:Kuwae,T.and Crooks,S.:Linking climate change mitigation and adaptation through coastal green-gray infrastructure: a perspective.Coastal Engineering Journal,63,188-199,2021. https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/21664250.2021.1935581)

――ブルーカーボン(藻場・浅場等の海洋生態系に取り込まれた炭素)についても研究を進めておられるとか。

栗山 はい、ブルーカーボンは2009年の国連環境計画の報告書で示された、新しい言葉です。ただ、その段階ではまだ海がCO2を吸うのか吐くのか明確には分かりませんでした。それに対し当研究所では世界でもいち早くブルーカーボンの研究に取り組み、海がCO2を吸収することを突き止めています。現在はさらに進んで、日本の海では年間何百万トンのCO2を吸収できるかなど、世界各国の海が、どのくらいのCO2を吸収できるのか、かなりの精度で計測できるようになりました。  

 ただ、いま国際社会には、「温室効果ガスインベントリ」という、一国がどれくらいCO2を排出あるいは吸収しているのか登録する制度があるのですが、例えば藻場がこれくらいのCO2を吸収します、と正式に登録できるようになるまで、もう少し研究の精度を上げたいと思っています。また、当該の藻場でもっと吸収力を強化することができればこれまで以上にCO2の削減につながります。これら2点について、今後の研究をさらに強化していくつもりです。

――島国・日本としてはブルーカーボンでぜひ世界の先陣を切りたいところですね。

栗山 取り組み自体は現時点でも世界の先端を走っていると認識しています。先進的な研究もさることながら、2年前からジャパンブルーエコノミー技術組合においてカーボン・クレジット制度の試行を行うようになりましたので、取引が活発化すれば、得た収益をさらに研究開発投資に回すことも可能となります。

ヴァーチャルで一般公開

――多様な研究に取り組んでおられますが、これらの成果をどのような形で対外発信を? また産学官の他の研究機関との連携などはどのように。

栗山 うみそら研を構成する各研究所では、関係機関や事業者を対象に年に数回、研究成果報告会を実施しています。それが、新たな相談や共同研究の契機となります。特に港湾分野では、各地方整備局が港湾を整備する業務を担っていることから、港湾空港技術研究所では積極的に各地方整備局に赴き、官民問わず技術者各位に対して講演や成果の紹介などを行っています。

 またコロナ禍以前は、うみそら研として年に一回、研究所の一般公開を行っていました。ありがたいことに毎年お越しになる熱心なファンの方などもおり、また多くのお子さんが来てくれて科学や研究の魅力をお伝えする良い機会だったため、早期の全面再開が望まれます。対面の代わり、とはいかないまでも現在、ヴァーチャルで一般公開を行っていますので、研究施設のイメージをつかんでいただければ何よりです。また、港湾航空技術研究所ではこの8月初旬の平日に、小学生を対象に事前予約制のもと公開を再開する予定です。

――では、今後に向けて理事長から官民各方面へメッセージなどございましたら。特に民間との連携という意味で産業界などへ。

栗山 はい、企業の皆さまとはいろいろな面でぜひ協力させていただきたいと常々思っています。研究所というものは敷居が高いと思われがちのようですが、いつでもお気軽にご相談や簡単なご質問をお寄せいただければ何よりです。ぜひ、頼ってください。頼られるような存在にならねば、と常日頃から考えており、そのために日々、研究力、技術力を磨いておりますし、企業の皆さまと協働できれば社会実装への道筋もより具体化していくと想定されます。

 また、こうした研究成果の社会実装を為せば、それが国民生活向上につながるものと考えています。うみそら研の日々の活動を国民の皆さまがそう頻繁に目にする機会も多くありませんが、前述のようなヴァーチャル一般公開などを利用して、ぜひ一度、覗いてみてもらえればと思います。

――本日はありがとうございました。
                                              (月刊『時評』2022年8月号掲載)