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【時事評論】デジタル庁への期待と課題

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国民の疑念や不安に向き合った取り組みを

 9月1日、デジタル庁が発足した。

 1年前の9月、自民党総裁選で「行政の縦割りを打破する」「複数の役所に分かれる政策を強力に進める」と訴えて打ち出されたデジタル庁構想は、わずか1年で実現したことになる。

 背景には、新型コロナウイルス禍で明らかになった行政のおそまつさがあった。

 国民全員への現金10万円給付や休業した店舗への支援などの手続きが旧態依然として煩雑で分かりにくく、あまりにも長い時間がかかる状況が、諸外国に比べてもあまりに遅れた日本の実情を如実に示し、国民を唖然とさせたのだ。

 こうした中、「すべての行政手続きがスマートフォンで60秒以内にできる」ことを目指すと高らかにうたってスタートしたデジタル庁は、各省庁にまたがる情報システムについて勧告する権限を有し、予算も取りまとめるという。マイナンバーカードの普及と活用を進め、ばらばらだった自治体システムの標準化にも取り組む。

 発足に際して、総理大臣訓示で「行政のみならず、わが国全体を作りかえるくらい」という意気込みを求められたデジタル庁への期待は大きい。

 しかし、当然ながら、組織を作っただけで問題は解決しない。

 「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を」というメッセージはよいとして、具体的に何をどのようにしていくのかが問われる。

 マイナンバーを銀行口座とひも付けて給付金等を迅速に支給する、運転免許証や健康保険証をマイナンバーカードに集約するといった断片的なイメージを語る段階はもはや過ぎた。

 すでに政府は、今年6月18日に閣議決定した「骨太の方針」において、デジタル時代の官民インフラを「今後5年で一気呵成に作り上げ
る」と明記したところであり、その具体的かつ詳細なプログラムを早急に示すことがデジタル庁には求められる。

 他方、デジタル庁が担当するデジタル化の推進には、多額の予算を要する。

 実際、デジタル庁の2022年度概算要求額は5400億円を超え、うち5300億円を「情報システムの整備・運用に関する経費」(民間企業等への外部発注になると考えられる)が占める。

 この予算を執行する際に、透明性を確保し、かつ有効性を確保する、という点にいささかでも疑問符がつけば、日本のデジタル化は頓挫してしまうことになろう。

 デジタル庁の「母体」とも言うべき内閣官房IT総合戦略室については、東京オリンピック・パラリンピック向けアプリの入札が不適切であったため、調達の公平性に国民の疑念を招きかねないとして幹部ら6名が訓告や厳重注意の処分を受けた経緯がある。

 デジタル庁は、約600名の職員のうち、約200名が民間出身者で、非常勤で民間企業との兼業者も認めている。

 もちろん、民間人材の活用を図る上で必要な手立てであり、霞が関全体の人事改革の手本ともなることが期待されるが、他方で、調達業務における疑念を徹底的に払拭する必要がある。

 さらに、デジタル庁の創設と同時に大きな議論となった個人情報保護の問題については慎重な配慮が必要だ。

 個人情報保護のルールは、国の行政機関や自治体によって異なり、関連法令の数から「2000個問題」と呼ばれてきた。統一されてい
ないルールの存在が、さまざまな場面で円滑な行政執行の阻害要因となっていたことは否めず、ルールの統一を図ることは基本的によいことだ。

 国民の不安ないしは疑念は、統一されたルールの下で国がさまざまな個人情報を一手に管理できる状況が実現したとき、それが円滑な行
政の名の下に、実質的には国民を「監視」することにつながるのではないかという点にあるだろう。

 現代社会において、デジタル技術による国民監視社会は、SF小説の中の話ではない。特定の個人がどこで何をしていたかを国家が把握
できる状況が、すぐ隣の国で実現している。

 そうした個人情報や「監視」に関するセンシティビティが人々の間で大きく異なることを十分に理解して、個人情報保護に配慮したデジタル化をいかに進めるかは、極めて機微にわたる課題だ。

 デジタル庁は、デジタル技術に関する専門性を追求する一方で、社会が技術をいかに受容するかという点についても高度な検討をせねば
ならない。特定の専門性が高いほど、その専門性を持たない人々の考えを理解しにくい傾向があるため、この点は特に注意すべきだ。

 あわせて、デジタル庁という強力なデジタル化推進の仕組みを作った以上、デジタル化による「監視」をチェックする強力な仕組みを整
備する必要がある。

そうした機能を担うべき個人情報保護委員会は、法令上の権限や、実際の予算および職員といった体制から見て、必ずしも十分とは言え
ない。より強い権限を与え、予算および職員を増強するべきだ。

デジタル庁が、国民の疑念や不安に正面から向かい合い、その使命を適切に果たすことを期待したい。
(月刊『時評』2021年10月号掲載)