
2025/08/06
日本の最大の問題は少子化です。人口が減るのは先進国の自然な傾向かもしれませんが、日本の場合、出生数の減少があまりにも急激です。去年生まれた日本人の子どもは1899年以来、初めて70万人を下回りました。予想より深刻です。異常事態です。出生数が年間70万人以下というのは、私の母国フランスの現在の出生数とほぼ同じですが、フランスの人口は日本の半分ぐらいに過ぎません。そのフランスでも少子化傾向にあるのです。
現在、日本が直面しているのは、単純な少子化問題ではありません。社会にとって最大の危機と言ってもいい。緊急の対策が必要なのに、政府の対応は「追加対策を実施し、様子を見よう」といった冷静すぎる受け止め方です。これでは弱すぎます。政府は状況の深刻さを理解しているとは思えません。
出生数が70万人を切るのは2039年だと予測されていました。コロナ禍で出生数が一時的に下がるのは仕方がありません。ただ、その後もコロナ禍の悪影響が多少残っているとしても、24年の下げ幅の主な原因にはならないと思います。では、主な原因とはなんでしょうか。政府はいまだにきちんと把握していないと私は思っています。経済の不安定や収入の低さ、あるいは仕事と子育ての両立の難しさがいつも指摘されています。確かに、これらの問題もインパクトが大きいことは否定できません。でもよく考えたら、海外でも同じような背景があっても必ずしも深刻な少子化につながっている訳ではありません。子ども手当などを強化してもあまり効果はなさそうですし、いくら親に経済支援をしても少子化に歯止めがかからないなら、他にもっと重大な原因があると考えられます。
日本とフランスを比較してみると、女性の待遇や男女関係において非常に目立った違いがあると思います。子どもが生まれるかどうかは、本来であれば女性の選択肢および男女関係の状況によります。政府の少子化対策は、そういった「女性の待遇」や「男女関係」をどれぐらい配慮に入れているのでしょうか。
子どもを作ることは、人生を大きく左右する決断です。特に女性にとっては。
世論調査などで「子どもが欲しいですか」あるいは「何人欲しいですか」と聞かれた際に、独身者や夫婦の多くは「欲しいです」とか「二人くらい」などと答えますが、現実は違います。いくら複数の子どもが欲しいと答えても、誰とも交際していないなら、子どもを産む可能性があるかは分かりません。本気で子どもが欲しいかどうかを考えるのは、交際相手がいる、またはすでに妊娠していることに気づいた時、つまり相手がいることが条件で、それには出会いが必要です。日本人は出会いの機会を自分で制限しているように思えます。欧米人と比べて、多くの日本人は交際相手ではなく、いきなり結婚相手を探そうとするので、厳しい条件(年齢、年収など)を最初からつけています。条件に合わない人を避けるので、偶然の出会いをほぼ排除してしまうのです。また日本人は、喫茶店やコンサート、スポーツイベントなどで知らない方に声をかけることをあまりしません。もっと自然な男女のコミュニケーションができれば良いと思います。
特に気になっているのは「男性の年収」の条件です。女性の年収が十分なら、男性の年収はそれほど重要にならないのではと私は思います。つまり、日本人女性は今の社会状況では自分の経済的な独立性が保障されていないことが分かっているから、結婚相手の収入を重視しているのではないでしょうか。同じように、男性は自分の収入が少ないから出会いがない(条件から外れる)と判断して、諦めてしまうのです。
女性の自由度と権利の問題もあります。独身時代は基本的には完全に自由ですが、結婚して子どもを産むと、女性の自由度は大きく狭まります。50年前なら当たり前の人生だったかもしれませんが、今は辛すぎると思う女性がほとんどです。経済の独立性(フルタイム職)、自由、そして子ども――同時に三つとも欲しい。けれど、今の社会で実現するのは難しいのです。
社会と政治のタブーを超えることも必要ではないでしょうか。その一つは性教育です。例外を除けば、子どもを作るには性行為が必要です。結婚(交際)相手と出会えば、性行為をするのは一般的には当たり前です。でも正しい性教育を受けていなければ、上手くいかない可能性があります。場合によっては相手を傷つけることもありますし、子どもが欲しいと思っていても実現できないこともあるでしょう。
また、女性の体の管理は女性自身の判断によってなされるべきですが、残念なことに、日本の法律は女性の権利を阻んでいます。妊娠したら、子どもを産むかどうかを早く判断すべきです。自分の体だから、最終判断は女性本人がするべきですが、日本では中絶手術を受ける際は配偶者(パートナー)の同意が必要です。それが不安です。もっと安心して、自分のペースで出会い、性生活を選ぶことができれば、自然な流れとして子どもを生みたくなる女性が増えると確信しています。
(月刊『時評』2025年7月号掲載)