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行政デジタル化新時代 第1回/デジタル庁・楠正憲氏

くすのき まさのり/昭和52熊本県生まれ、平成13年神奈川大学経済学部卒業。14年マイクロソフト株式会社入社、21年日本マイクロソフト株式会社技術標準部長、24年ヤフー株式会社入社、26年同社決済金融カンパニー情報セキュリティID戦略室長、29年JapanDigitalDesign株式会社CTO。傍ら、内閣官房政府CIO補佐官(24年)、東京大学情報理工学研究科非常勤講師(25年)、東京都デジタルトランスフォーメーションフェロー(令和元年)、ISO/TC307国内委員長なども務め、令和3年9月より現職。
くすのき まさのり/昭和52熊本県生まれ、平成13年神奈川大学経済学部卒業。14年マイクロソフト株式会社入社、21年日本マイクロソフト株式会社技術標準部長、24年ヤフー株式会社入社、26年同社決済金融カンパニー情報セキュリティID戦略室長、29年JapanDigitalDesign株式会社CTO。傍ら、内閣官房政府CIO補佐官(24年)、東京大学情報理工学研究科非常勤講師(25年)、東京都デジタルトランスフォーメーションフェロー(令和元年)、ISO/TC307国内委員長なども務め、令和3年9月より現職。

2021年9月「デジタル庁」が発足し、大規模な民間人材起用が注目されている。今回話を聞いたのは、官民両方の立場を熟知する楠正憲氏。民間のITアーキテクトとして活躍しつつ、政府や自治体へ政策助言を行う重責を担ってきた。自治体システム標準化など当面の課題や、政府のデジタル関連政策を一挙に推進していく組織づくりについて、さらに長期的な展望も語ってもらった。(本誌:重田瑞穂)

「社会構造変革が使命
デジタル庁・官民混成チームの夜明け」


デジタル庁統括官
(デジタル社会共通機能担当)
楠 正憲

なぜ今、設置されたのか

――早速ですが、統括官として同庁へ参画される直前はどのようなお立場におられたのでしょう。

 デジタル庁の構想が発表された2020年、私は「政府CIO補佐官」として特別定額給付金のオンライン申請や、接触確認アプリ「COCOA」の立て直しを担当していました。CIO補佐官という役職は、当庁の前身と言われる内閣官房IT総合戦略室(以下、IT室)で起用された民間人材が非常勤で専門的支援をしていたものです。
 他方、3年ほど前に銀行からスピンアウトして設立した企業のCTOとして金融分野のオンラインサービスを内製する事業を進めてきたところでした。そこへ今回のデジタル庁登用の話を頂いたため、志半ばでしたがリスクをとってでも国のデジタル行政を担う当庁に専念する覚悟を固めました。

――約1年間という短期間で同庁が設置された背景について、コロナ禍によって行政でのIT対応の課題が浮き彫りになった点が大きな理由であると言われますが。

 確かに、例えば給付金申請の大部分が紙で行われ手作業で膨大な事務費がかかったことや、雇用調整助成金のオンライン申請のように情報漏洩を起こした問題が指摘され、その度に緊急時の対応について各国政府と比較するような論調がありましたが、むしろ過去を振り返ると要因がよく見えてきます。
 私が携わってきたマイナンバーにも共通することですが、これまでIT政策においては個人情報保護を重視した議論が中心で、反面「いざというときに対応できるか」という視点からの議論はほとんどありませんでした。また、既存のガイドライン群は一様に「間違いがないように」「時間をかけて」作る状況を想定していたのですが、コロナ禍では特別定額給付金の申請システムを2週間程で作り、「COCOA」は3週間程、ワクチン接種記録システムも2ヶ月余りで作りました。短期間での構築が求められ必要な制度も要員も整っていない中、無理して急いだため問題が顕在化したわけです。

――問題点の表出はコロナ禍以前からの、日本のIT技術の方向性が遠因ということですね。

 20年6月に政府内で通称“マイナWG”と呼ばれた「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」が立ち上がり、当時の菅義偉官房長官と共に官邸で上述のような実情を踏まえて、どうすればできなかったことをできるようになるのかという課題整理を進めてきました。同年9月の首相就任時には既に何をすべきかが頭に入っておられたからこそ当庁創設までのスピード感についても強い意思を持っていただけたと受け止めて、発足後われわれも迅速に動いてきました。
 直近では「ワクチンパスポート」の年内リリースを目指して進行中ですし、12月中下旬には新重点計画の策定も控えています(図1)。
図1(資料:デジタル庁)

政府初の内製可能な組織が誕生

――既存の省庁ではできなかったことを実現する環境が用意された。

 とりわけ、システムの内製も出来る組織を作ろうとしている点は注目に値するでしょう。
 国のデジタル化を進めるために政府が専門部局を置く動きは10年ほど前から各国であり、イギリス政府が内閣府にGDS(政府デジタルサービス)を設置したのは11年です。そこで民間のエンジニアを起用した取り組みが成功したことを受けてアメリカの政府機関でも14年にUSDS(米国デジタルサービス)のチームをつくり、15年にはGSA(共通役務庁)の下に設置した「18F」でも民間人材を活用して国民が使いやすいようにデジタルサービスを開発しています。
 日本ではそういった事例を把握しつつもこれまではIT室で大規模な技術部隊を持つという議論にならずにいたのですが、私はある程度の物は自分たちで作れる体制が国に必要だと確信していましたので、デジタル庁設置が決定されてすぐ平井卓也大臣(当時)から「内製も出来る体制が必要」と発言があったときは、まさに“わが意を得たり”という思いでした。同時に、いよいよ大変だ、と。

――同庁のような組織の必要性と共に困難も予期されたのですね。

 17年に政府が運営するオンラインサービスとして立ち上がった「マイナポータル」の出来栄えは当初、期待していた使いやすさとは乖離した代物で、設計段階からレビューしていた私でさえログインするのに10分以上もかかってしまうほどでした。それを改善して正式リリースへ辿り着くまでにも大変な労力がかかったのですが、なぜこうした苦労をせねばならないのかと悩みました。
 結局、テック企業が使いやすいポータルサイトも作れる理由は「内製できる」ことに他なりません。つまり、エンジニアが内部にいれば納得がいくまで作り直すことができますが、政府が外注したものをベンダーが契約書通りに作ってきたのに「気に入らない」「思ったよりも操作が煩雑」というだけでは作り直しを指示できないし、契約当初と環境が変われば、予定通りに進行できないリスクもあり得ます。

――ITベンダーにお任せだけしていても思う通りに作れなくなってきたと。

 近年、ITの世界では「コンシューマライゼーション」と言われる現象で、最先端のものは最初に消費者向けに登場し、官庁や企業は二歩も三歩も遅れてついていくというトレンドがあります。既にスマートフォンで民間企業による汎用的かつ高品質なサービスを使える日常を10年以上経験してきた国民は目が厳しくなって「国のアプリは出来が悪い」と違和感を持つので、国が最低限応えなければならない基準がますます高まっているわけです。
 ただ、当庁が進めていくDX(デジタルトランスフォーメーション)の意義は「デジタル化を前提とした変革」が本質であって、単なる「作業のデジタル化」ではありません。横断的な規制改革等も含めた司令塔的役割を果たすためにこそ、非常に強い権限である他省庁への「勧告権」などの総合調整機能を持たされているのです。

強い権限は、社会課題解決のため

――同庁の設置は、日本が抱えている社会課題解決の一歩となり得ますか。

 逆に言うと、日本社会で後回しにされてきた諸問題に取り組んでいくのがわれわれの役割です。特に期待されているのは、少子高齢化で労働人口が減っていく未来でもサステナブルな社会の実現に必要な方策を示すことであり、この第一段階としてデジタル化に伴う“労働移動”の問題に直面しています。日本は雇用保護が非常に強い国で、ITに投資をするより今ある仕事を維持しておくほうが良いという感覚が長らく根っこにありました。そもそもわが国でデジタル化が遅れた一番の要因はそこだと思います。
 例えばクラウドにデータを上げていくと今までシステムを保守していた人たちの仕事はどうなる、といった足元で生じてしまう葛藤が役所でも民間でも大きな悩みでした。いずれ働き手は減っていくし、省力化していかなければ社会機能の維持にさえ窮すると分かっているけれど、だからといって目前の人たちに新しく何の仕事をしてもらえば良いのか分からないまま急に仕事を減らすような手は打てない…、このギャップを埋めなければ日本社会はITを利活用する構造へ移行できません。
(取材時撮影)
 必要なのは、成長セクターとして新しい仕事をきちんと生み出していくという認識共有と、既存業務の省力化を進めればその分豊かになっていけるというグランドデザインです。安心して新しい技術をどんどん使っていけるようにしないと、ベンダーも物を作りづらい。

――同庁が主導する、“2025年度末までに自治体システム標準化を整備”という方針が波紋を広げましたね。

 以前から自治体システム標準化については総務省の「自治体戦略2040構想研究会」等でも議論されていて、スタート地点は“少子高齢時代に社会はどうなる”という課題認識でした。実は情報化がかなり速く進んでいた自治体もあったのです。国として2000年に示した「E-ジャパン」など、IT社会の実現を目指す全体戦略ができ始めるよりも前から、多くの自治体が創意工夫で進めてきました。その必然として、今になってみると各自治体で仕様その他がバラバラな部分が存在しているため、コロナ禍において国と自治体のシステム間連携ができず、国民が満足するような成果を挙げられませんでした。本年5月に菅政権下で「地方自治体情報システム標準化法」が成立し、当庁のミッションとして1700超の全自治体で政府が決める標準規格に沿ったシステムを導入しよう、さらにその期限は2025年だと決められたわけです。
 今後の焦点は具体的に何をどこまで進めるか。一度に何でもやろうとしすぎるという不安の声が自治体からもベンダー側からも聞こえてきますが、システムはだいたい5年でリプレイスして10年でフルチェンジといった繰り返しの中で運用するものですから本件でも本質的に終わりはありません。2025年までに何もかも完璧に作り上げるわけではなく最初のステップだと考えると、このロードマップは今の担当者たちにとって自分ごとと捉えられる絶妙な間隔でしょう。
 さらに、自治体の実情をみると顕著なのは地域特性よりも規模による違いです。既に小規模自治体ではシステム共同化が進み、この20年間程でほとんどオールインワンのパッケージが導入されてきたので、多少のカスタマイズによる枝葉の違いはあれ、大部分は共通しています。
 大変なのは政令市。お金も労力もかけて独自にしっかりしたものを築いてきた側面があるので、場合によってはデータをクラウドに乗せ直すのが大変な作業になるケースも想定されます。例えば私は複数の自治体のアドバイザーを務めてきましたが、中には税関係等一部でまだメインフレーム(大型コンピューター)が残っているんですよ。そのためA社からB社にそっくり移行せよとか、全国で完全に同じ仕様に揃えよということになればそれは大変な難作業になるでしょう。しかし実際は、まず公共団体間で円滑に必要なデータが連携可能になれば良いのでそれほど複雑な話にはならないと思われます。ここまで1年ほどかけてようやく各分野で標準仕様を作りましたので、今後は現実的に優先事項を絞り込み、さらにその後の定期的な節目でそれぞれ成し遂げるべき内容も具体化していく作業をします。2025年に足並みをそろえて着地できるように。

官民混成チームは真価を発揮できるか

――重責を担われています。庁全体で600名規模の組織体系はどうなっていますか。

 当庁の組織構成は、戦略・組織グループ、デジタル社会共通機能グループ、国民向けサービスグループ、省庁業務サービスグループの4つです(図2)。私の共通機能グループが担うのはマイナンバーをはじめとした基盤となる部分で、政府のDXにおける“背骨”です。
 人員はプロジェクトに応じて配分されます。菅総理は従前から役所の組織体系で縦割りを排すべきという議論をしていましたが、当庁に関しては設置に当たってデジタル改革関連法の中で官民問わず適材適所の人材配置をすることとして、目的から逆算してチームを組み立てる方針を最初から据えました。
図2(デジタル庁公式ホームページより引用)

――滑り出しは順調でしょうか。

 あえて課題意識を申せば、やろうとしていることの内容や質に対して全然人が足りていないなと。一人で複数兼務せざるを得ず、あちこちの異なるプロジェクトで同じ人と顔を合わせています(笑)。
 官民それぞれの現状は、まず各府省からおよそ350人に集まっていただいた“官”の皆さん、総じてものすごく忙しく働いています。これは国家公務員ならではの定員管理による事情で既存の業務ごと人を引っ張ってくるため、これまでの仕事もこなしながら当庁の新しい仕事をする、厳しい状態が続いているからです。法で上限を決められているので、すぐに人員を増強するという解決はできないし、むしろ当庁を作るために何十年ぶりかの定員増に踏み切っていただいた上での現状なので悩ましいところです。
 ”民“では最初だということもあってか幸運にも民間からかなり優秀な人材が入ってきてくれましたが、民間でシステム開発の最前線を引っ張ってきた手練れたちが全速力で働ける環境が十分とは言えず、整備を急がねばなりません。

――チーム内での官民連携性については。

 予想されていたことですがやはり官民のカルチャーギャップは大きく、これからさらに何ヶ月か経過していく中では「なんでこうなった」と頭を抱えるようなハプニングも起こるでしょう。まだ“ハネムーン”期である今のうちに折り合いをつけていきたいものですね。
 民間からの出向者が最初に入れ替わるのは2年後。そこが大きなターニングポイントだと見据えています。出向者が多い組織は往々にして、最初は帰属していた組織から様子見を兼ねて良い人を出してもらえてもそこで機能不全が露呈すると、次から優れた人材を得難くなってしまうものですから、最初にコミットした人たちの活躍で「手ごたえのある仕事ができる」と評価される場所にしなくてはなりません。私自身も任期は最短2年です。自分も腕を振るってみたいと皆さんに思っていただけるロールモデルにならねばと責任を感じています。

――組織の持続発展性のためにはスタートダッシュが重要だと。

 ちょうど国会閉会中のタイミングで発足したため庁内で議論をして思考をまとめる機会に恵まれましたが、10月末の衆議院選挙を終えた今、急激に忙しくなりつつあります。“ホワイトな職場”を守る努力を怠らないよう気を引き締めたいですね。コロナ禍をきっかけとしてオンラインで開催可能な会議が増えましたし、国会対応でも議員レクにビデオ会議ツールを活用する、気軽にチャットで連絡を取り合うなど、“やってみたらできた”という成功体験を得たので、これを一過性で終わらせずに定着させるべきです。われわれが変えられるところは自ら変えていかなければ。
 きつい言い方になりますが、自分たちの仕事の仕方すら変えられない人たちが国のDXなんか出来ないだろうと思いますし、社会全体からも同様の目線が向けられているでしょう。国のDXにおいて、具体的には役所の仕事や住民サービスをどう変えていくのかということが問われていますが、これまでと全く異なる“民間と官の混成チーム”で挑戦するので、仕事の仕方一つから新しく作っていかなければならない。これは簡単な話ではありませんが、私たちがやらなければいけない仕事なのです。



(本記事は、月刊『時評』2021年11月号掲載の記事をベースにしております)