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行政デジタル化新時代/三木浩平(総務省統括アドバイザー)

自治体が今できる作業は

 自治体がシステム標準化に向けて現状すぐに着手できるのは、まず導入している既存システムの固有カスタマイズ部分とその理由の特定です。これら団体固有部分を標準版に変更する場合、業務の変更が必要になります。それには、業務マニュアルの変更だけで済むのか、条例改正まで必要か? 早めにカスタマイズした理由を把握して検討しておかなければなりません。次に、データの棚卸作業です。各自治体で持っている固有データや、いわゆる登録外字などのデータについては、今後もどうしても残さなければならないデータなのかどうか、方針を決める必要があるでしょう。

 ガバメントクラウドでも既に先行事業として共通基盤を使った実証が始まりましたが、全体では2025年をターゲットにしたスケジュールで基幹業務システムのクラウド移行に向けて進捗しています。併せて、対象17分野以外であっても密接に連携する業務システムはガバメントクラウド上に構築できることになります。町や村など小規模自治体は「統合パッケージ」と呼ばれるさまざまな業務がオールインワンになったシステムを使ってきているので、クラウド版の統合パッケージを採用する可能性が高いのではと思います。

 クラウド移行に備えて自治体側で進めておける準備はデータクレンジングです。対象17分野で複数のシステムを使用してきた自治体では住民1人に対し複数のユーザー番号を振っているケースが多いので、名寄せして統合宛名にひも付けていくなどの作業をしなければなりません。以前、マイナンバー制度準備の際にもデータクレンジングを実施しましたが、住民数の何倍もの統合宛名番号を発行していると判明した事例が散見されました。

 自治体システム標準化に当たって自治体に発生する経費に対し、国が財政措置を講じることになっており、現在1500億の基金をJ—LIS(地方公共団体情報システム機構)に積んでいます。調査など準備段階の経費にも広く対象範囲に含まれますし、100%補助で25年ま
での複数年度使えます。

                      自治体が現状着手できる作業(資料:三木)
                      自治体が現状着手できる作業(資料:三木)

ガバメントクラウド環境

 標準化されたシステムを搭載する環境としてのガバメントクラウドは国が契約するクラウドサービスを利用します。また、調達の際のセキュリティ要件として、ISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)への対応が求められています。令和3年度分の調達は21年10月にAWSとGCPの2sa サービスで決定したものの、単年度契約で毎年更新されるので今後は他のサービスにも選択肢が広がる可能性はあると考えています。 

 一部誤解されている点ですが、国がクラウド上に単一の業務システムを構築し、全ての自治体がそれを使うというのではなく、各ベンダーはガバメントクラウド上に標準仕様に対応したクラウド版アプリケーションを搭載していきます。従って、引き続き複数のベンダーが自治体に業務システムを提供できますし、自治体も複数の選択肢から選ぶことができます。ガバメントクラウドは、ベンダーから見ればコンピューティングリソースの提供を受けるIaaS からPaaS の間と考えられ、自治体から見ればこれにアプリケーションを加えたSaaS サービスだと言えます。

 間違いなく、基幹系のシステムをクラウドで動かすためには相応な容量のネットワーク回線が必要です。ただ、回線の整備方針が発表されるのはこれからで、現時点では事業形態や仕様は不明です。いずれにせよ現在オンプレで運用している団体は、運用の考え方を見直さなければなりません。例えば、住民への通知の印刷用にPDFイメージを数万人分打ち出す、などという使い方をクラウド環境に持ち込もうとした場合、回線がひっ迫するリスクが高まります。

                      クラウドをベースとしたモデル転換(資料:三木)
                      クラウドをベースとしたモデル転換(資料:三木)

 自治体システムベンダーのビジネスモデル変換

 これまでの官公庁ITビジネスにおける事業モデルは受託開発という特徴を持っていました。個別の要望に応じたシステム開発を行うと自然にカスタマイズが発生しますし、任意工数による課金の見積書を出して予算を確保するという労働集約型の事業になりがちです。個別開発や運用のためにはベンダーが地域ごとに拠点を置かざるを得ず、汎用機(大型コンピューター)を持っている自治体の開発においては、古いプログラムをベースとした増改築を繰り返すなど、技術者や組織体制の硬直化を引き起こしてきました。

 次年度は標準仕様書が全て出揃い、ガバメントクラウドの実装環境も一層明らかになっていくので、多くのベンダー企業にとって〝ついに本番〟という段階に差し掛かってくるでしょう。ガバメントクラウド移行に向けてベンダーのビジネス転換が求められる一方で、ユーザーである自治体からは従来の内容を維持してほしいと要望されるジレンマが想像されます。すなわち、固定額で複数年度の契約や標準仕様では満たされない条例で規定されたサービス処理のための機能などです。また、内部管理系のシステムなどガバメントクラウドに移行しない部分については引き続き従来型のオンプレ需要が存続します。

 1700の自治体が同時期にクラウド移行するわけですから、ベンダーのリソースがひっ迫することが想像されます。標準化対応したクラウドベースでの業務アプリ開発、オンプレからの移行ツールの開発、データ移行作業、新環境での設定、そしてローカル残存システムとの連携、ユーザートレーニング等の作業が発生する一方で、回線やサーバー等の環境は従来ほど自社のコントロール下にはないという状況です。全国展開している大手ベンダーのみならず、協力企業も含め体制を見直さないとさばききれない可能性があります。

 クラウドベースの事業モデルは、例えば地図とか法令検索といった、どのユーザーでも必ず使う部分を共通ツールとして提供し、自治体ごとの差分は規模ごとにいくつかのタイプへ集約して、ユーザー間の差異はパラメータ設定やモジュールによって対応していくイメージで、統合運用による集約的な対応も可能になります。

 ガバメントクラウドでは、さまざまなクラウドツールや運用を自動化するマネージドサービスも採用することも可能です。構造を整理した上で、積極的にクラウドツールを採用してクラウド親和性の高いシステムにすることにより後年度の運用や改修を容易にしたり、運用を自動化することによりコストダウンを図っていく方策が考えられます。一方で、ツールの積極採用はクラウドロックインのリスク、そしてマネージドサービスには動作確認等のリスクがあるので、最適なバランスを検討しなければなりません。

デジタル3原則の展望

 従前から国がデジタル手続法などで示してきた「デジタル3原則」は、デジタルで完結できる〝デジタルファースト〟と、一度提出した書類は再提出不要となる〝ワンスオンリー〟、1カ所であらゆる手続きができる〝コネクテッド・ワンストップ〟です。これらの方針に基づいて国民の利便性を高めるためには行政手続きの要衝となるデータを複数分野で連携させることが重要ですが、今回の自治体システム標準化でこの点に大きな進展が見込まれます。標準仕様書を策定する制度所管府省でも、国民向けの電子私書箱「マイナポータル・ぴったりサービス」を活用して関連する申請を同時にできるようにしたり、プッシュ型の通知を導入したりと、自治体システムと連携した新たなサービスが進展します。例えば、既に予定されているのは引っ越しに伴う手続きのワンストップサービス化。転出元と転入先とそれぞれで市役所へ届け出るなど煩雑だった手続きを、マイナポータルからオンラインで転出届と転入予約ができる仕組みにしようと準備を進めています。

 自治体のデータ連携が容易になればBPOなど民間サービスとの連携に大きな可能性が拓けて、周辺産業も伸びていくはずです。例えばAI技術の活用は個別環境ではコストがかさむなど困難ですが、クラウドに置けばどの自治体も共用できるし、技術精度も向上していくメリットが見込めます。

 民間企業にとって新たなビジネス分野が、自治体にとっては行政サービス向上の素地が生まれると捉えられるか否かが、未来で大きな差になっていくのではないでしょうか。
                                                 (月刊『時評』2022年2月号掲載)