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緊急提言:危機下における明日への展望/小長啓一

一極集中解消と 地方活性化が実現する未来像

BCPの観点からも地方に拠点を

―――産業界の観点はどのように想定されるでしょう。

小長 今回のコロナ問題では、サプライチェーンの分断という問題が大きくクローズアップされました。多くの企業が、中国をはじめ海外に生産拠点を移していましたが、今後はリスクマネジメントの観点から国内回帰を図る動きも現れつつあります。そうすると、その受け皿として都市圏にリソースを集中させるのはBCP(事業継続計画)の観点からやはりリスクが大きい、従って地方に拠点を分散させるという考え方も必要になると思います。政府も、地方へ移動・立地する企業に対して法人税の減免措置などを検討すべきだと思います。

―――他方、教育分野においてはこの機会に、新学年の9月始まりという制度改革論が具体性をもって浮上していますね。

小長 そうした改革案についていち早く声を挙げたのは、大阪の吉村知事をはじめとする地方の知事各位です。すなわち、これから地方が脚光を浴びる以上、地方の知事が世論をリードしていく機会が増えるでしょうし、またその役割を担えるよう、積極的に情報発信すべきです。実際にこの間、地方の知事の会見や発表が連日開かれ、一般の生活者にもかなり知事の存在が身近になったのではないでしょうか。

―――新学年の9月始まりについてはどのようにお考えでしょうか。

小長 国際社会では9月始まりが一般的ですし、グローバル化が進む現在では日本もできるだけ早くこれに平仄を合わせるべきだと、私個人は前々から思っておりました。確かに開始時期を改めるにはタイミングが難しいところではありますが、図らずも今回、4月からの新学年がスタートできないという事態に迫られた以上、これを制度改革の好機と捉えるべきだと思います。

 とはいえ教育に関しては休校が続いている間、オンライン授業などが一部導入されていましたが、学校や家庭によっては必ずしも均等なネット環境を整備できず、授業の進展に差が出たり将来的な教育格差が発生する懸念が指摘されています。教育においては「機会の平等」維持は必須であることを鑑みると、なるべく早期に9月始まりを決定し、スタートまでの移行期間の間にオンライン授業の整備を図ることが機会均等の実現にも資すると言えるでしょう。実際に教育現場からそうした要望が発せられているという点において、これまでもたびたび浮上してきた新学年9月開始論に比べ、現実感の伴う議論が進むと想定されます。逆に、このチャンスを逃すと、また9月始業の制度改革の機会を逸することになりかねません。

医療現場の体制整備「備えあれば憂いなし」

―――パンデミックが起こる前は、各地にインバウンドが訪れ、観光地は活況を呈していました。

小長 近年のインバウンド推進は、地方が海外に独自の魅力を発信し、独自に経済力をつけていく基盤をつくったという点で、非常に効果的だと思います。終結後は各地方ともより一層、情報発信して観光産業の早期回復を図るべきでしょう。また観光に限らず、都市から地方へ、人々を受け入れるため環境整備を積極的に展開すべきですね。また国からのさまざまなバックアップが望まれます。

―――世界的には、欧米が深刻な事態に見舞われています。コロナ禍によって国際社会の枠組みが変化する可能性などはいかがでしょう。

小長 やはり影響なしとは言えません。国際社会は長年、米国一極集中の構図でしたが、コロナ問題で経済が打撃を受けている間に中国がさらに台頭していく、かといって中国が新しい一極になるとは考えにくい、すなわち極が無い状態がしばらく続くという、現代の国際社会が経験したことの無い構図に直面するのではないでしょうか。であるからこそ、その中で日本が果たすべき役割は非常に大きくなるでしょう。

―――安倍政権のコロナ対応については。

小長 想定できない事態が毎日のように起こっている中で、現政権とこれを支える官僚機構もよく頑張ってきたと思います。SARSなど、過去の感染症拡大による影響が日本では比較的少なかったことから、パンデミックに対応する体制が十分ではなかったことは明らかです。終息後は、政府は地方とより一層連携して「備えあれば憂いなし」の考え方をベースに保健所の体制整備、地方自治体、保健所と医師会との連携強化、感染防護具等の常備、検査要員の確保とトレーニング等の対策を講じていくことが大いに期待されます。

 また、今回の「ステイ・ホーム」の厳しい体験から、ネットを通じる助け合い、共助 ― 現代版 向こう三軒両隣り ― の試みが進み、また、安倍政権も従来の考え方では想定できなかった一律10万円の交付に踏み切りました。この機会に改めて自助、共助、公助の在り方を吟味すべきでしょう。


(月刊『時評』2020年6月号掲載)

小長 啓一(こなが けいいち)
昭和5年12月12日生まれ、岡山県出身。岡山大学法文学部卒業。28年通商産業省入省、46年通商産業大臣秘書官、47年総理大臣秘書官、59年通商産業事務次官。平成3年アラビア石油株式会社取締役社長、15年同取締役会長、AOCホールディングス株式会社 取締役社長、16年同相談役、17年財団法人経済産業調査会会長、19年弁護士登録(第一東京弁護士会)、20年東急株式会社社外取締役、一般財団法人産業人材研修センター理事長。