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虎ノ門政策研究会企業研究/ダイキン工業専任役員 香川謙吉氏インタビュー

協創が芽吹く“世界のダイキン” 教室を守る選択肢を示す

ダイキン工業株式会社テクノロジー・イノベーションセンター テクノロジー・イノベーション戦略室 技術戦略担当部長(東京大学駐在)委嘱 専任役員 香川 謙吉氏/かがわ けんきち 昭和43年生まれ、兵庫県出身。神戸大学工学部卒業、平成4年ダイキン工業株式会社入社機械技術研究所配属、空調生産本部商品開発グループ主任技師、株式会社ダイキン環境・空調技術研究所主任研究員、空調生産本部商品開発グループ開発信頼性グループ主席技師等を経て令和3年より現職。
ダイキン工業株式会社テクノロジー・イノベーションセンター テクノロジー・イノベーション戦略室 技術戦略担当部長(東京大学駐在)委嘱 専任役員 香川 謙吉氏/かがわ けんきち 昭和43年生まれ、兵庫県出身。神戸大学工学部卒業、平成4年ダイキン工業株式会社入社機械技術研究所配属、空調生産本部商品開発グループ主任技師、株式会社ダイキン環境・空調技術研究所主任研究員、空調生産本部商品開発グループ開発信頼性グループ主席技師等を経て令和3年より現職。

2021年10月12日にダイキン工業と東京大学、日本ペイントHDが共同発表したプレスリリースによれば、既存の学校教室内環境整備のために導入できる呼吸器感染症の感染リスク低減のための参考ガイドを3者の知見を合わせて策定し、既に公開しているという。従前、エアコン設置率がようやく100%に近づいた全国の学校で、コロナ禍では感染対策のために季節を問わず授業中に窓を開けるという逆行を余儀なくされた。しかし、空調分野で世界トップの売上高を誇るダイキン工業の香川氏は、窓の開放以外に「他の選択肢もあると知ってほしい」と語る。
(虎ノ門政策研究会事務局:重田瑞穂)

――今回のガイド策定に至った背景を教えてください。


 香川 かねてより弊社と東京大学は「産学協創協定」を結んで共同研究を進めてきましたが、その流れの中で2020年6月、東京大学の五神総長(当時)から“宿題”を頂いたことがきっかけとなりました。当時はコロナ禍が始まって半年程が経過しており一時的に小康状態とも見える状況でしたが、次の冬の時期に大きな波がやってきたら、全国で学校が閉鎖されるといったことが想定され、教育の継続を守るために「すぐ打てる手はないだろうか」と。
 そこで、教室の安全・安心を科学的に担保するためのプロジェクトが始動しました。当ガイドを完成させるために同大学から大学院工学系研究科の大宮司啓文教授、産学協創推進本部の加藤信介特命教授、生産技術研究所の菊本英紀准教授ほか多くの先生方による尽力がありました。さらに同年、日本ペイントHDが同大学との連携を開始させた直後に、これも東京大学の教職員の方々のご尽力で、早速プロジェクトへ参画していただいています。

――当ガイドの構想段階で3者による産学協創体制が生まれたのですね。


 香川 はい。折しも日本ペイントHDの田中正明会長(当時)と弊社社長の十河政則とが知己であったご縁から、共同研究の可能性を検討する機会を得ました。ダイキン工業は空気の専門家であり、日本ペイントグループには抗ウイルス・抗菌塗料など接触感染に関する技術があります。当ガイドで両者の知見を併せて参照できるようにしたいと考え、お声掛けしてみたところ二つ返事で了承していただき、大学院工学系研究科の脇原徹教授など同社とつながりがあった先生方からも協力を得られることに。東京大学の教職員の方々にハブとしての役割を担っていただき、3者共同でアウトプットしたものが当ガイドです。

――ガイドを拝見すると、どの学校でも直ちに採用できそうな具体性があります。


 香川 ガイドの目的は、教室内でのウイルス蔓延によるクラスター発生を防ぐことです。もし私たちが空気の専門家として、例えばCO2濃度の管理などまで含めた万全の空気環境をと問われたら「全熱交換器」などの換気装置を、工事を伴ってしっかり導入することだとお答えするでしょう。しかし、全国の学校に一気に導入するということは容易ではありませんし、現在設置されている換気設備に何をどれだけ足せばいいのかまで、まとめたガイドがありませんでした。
 ウイルス蔓延防止には、空気中のウイルスの量を低減する必要がありますが、換気で外に捨てる以外に、「空気清浄機」などのフィルターで捕捉するという選択肢もあります。したがって、換気装置の設置工事が完了するまでの間は窓開け換気をするしかない、現在設置されている換気設備では換気量が足りないから窓開け換気するしかないということではなく、「空気清浄機」などフィルターを備えた機器も、感染対策として教室の窓開け換気に代わる選択肢になり得ると言えます。空気清浄機は換気機器ではないのでCO2濃度を下げることはできませんが、適切な台数、適切な設置場所に置いた空気清浄機のフィルターでウイルスを濾し取ってやれば集団感染予防の目的に足りますし、一定量、市場で流通していますので、どの学校でも迅速に設置可能なはずです。
 ガイドの中で教室の広さに合わせて空気清浄機を何台置いたら効果があるか、どこに置くべきか等、具体的な方法を確認できるようにしました。シミュレーションの結果だけでなく実際の教室で行った実験結果も掲載しています。皆さんに“物差し”としていただける信憑性のあるガイドにするために。

――実証実験ではコロナ禍が障害になりませんでしたか。


 香川 今回はコロナ禍の今だからこそ、協力を得やすかったケースかもしれません。例えば実測データを取るために教室をお借りしたのは東京都心部にある中高一貫教育校ですが、こちらで非常に協力をいただけたことがプロジェクトの推進力になりました。信用できるガイドが完成すれば日本中の学校で環境整備に活用できる、という同じ理念を共有できた結果だと受け止めています。
 おそらく現場の皆さんこそ、既存の状況に教育環境としての不安を感じられてきたことでしょう。コロナ禍では全国の教室で、季節によってはむしろ生徒の体調不良を引き起こしかねないと分かっていても感染対策のためにやむを得ず窓を開けるしかありませんでした。「窓開け換気」なら感染対策を講じたという事実が誰の目にも明らかなのに対し、これまで他の選択肢が取られなかったのはおそらく信頼できる判断基準が示されていなかったからでしょう。
 しかし生徒に犠牲を強いてしまう点以外にも、窓を開けながらエアコンを稼働させ続けると消費電力が増加して電気代がかさむなどの弊害が起こり得ます。
 当ガイドの公開に当たっては東京大学のホームページなどから誰でもダウンロードできる形式をとっており、実用のために「空気清浄機使用台数計算用ワークシート」などの付録もついています。今年の冬期からは1件でも多くの教室に、合理的な選択肢が浸透することを切に願います。

――本件以前から同大学と進められていた連携についてもご解説をお願いします。


 香川 2018年に東京大学との産学協創協定を結び、弊社からは私を含め常時18名程が東京大学に駐在しています。駐在メンバーが立案した共同研究テーマについて五神総長(当時)からのレビューを受ける機会を得た際、当ガイド作成の発端である冒頭の“宿題”も頂いたわけです。
 東京大学と弊社は正反対に近い特徴を有していて、空調機専業メーカーとしての野性味を持つ弊社に対して総合知の源泉となる国内最高の頭脳集団としてのスマートなイメージのある同大学、両極端の協創からどんな化学反応が起こるのかと五神総長(当時)と弊社会長の井上礼之が意気投合し、高い期待の中でスタートを切りました。背景には、ダイキン工業がこれからの時代でも成長し続けるためには自前主義の社内開発にこだわるだけでなく外の力を借りた挑戦も必要だという問題意識もあります。この協創で掲げたメインテーマが、「空気の価値化」。“空気で答えを出す”と標榜している弊社は、空気そのものの価値を具体的にどう高めて世に伝えていくかという課題を持っていました。また、人の周りに必ず存在する空気の価値の追求は東京大学にとっても重要で、東京大学が持つ知識や知恵、研究成果を「社会実装」して人々の暮らしに役立てることにもつながります。

――連携を軌道に乗せるプロセスにおいての要諦となるものは。


 香川 私自身は、正式な連携協定が始まる半年前から東京大学へ駐在してきて、やはり前進の要となるのは信頼関係だ、と確信するようになりました。結局、最後に物事を動かすのは人対人です。どんなに便利なツールがあるかより、どれだけ関係者間の対話を尽くして「よし、やろう」と同じ方角を向けるか。
 この3年間で生まれたいくつかのプロジェクトから今回のガイドをはじめアウトプットが出つつありますが、もっと本協創のアウトプットを「社会実装」していかないといけない、もっと社会実装へつながる空気の研究を前進させていきたいと考えています。その点で、私たちがどれだけ空気に対して真剣なのか問われていると思いますし、最近では同大学と共に「空気の価値化」に取り組む社会連携講座も発足しました。

――産学官などさまざまな立場を超えた社会連携の今後の展望についてはいかがでしょうか。


 香川 私たちはコロナ禍以前から気候変動問題への対策はグローバル企業の責務だと考え、省エネの技術開発にも尽力してきました。コロナ禍では安全・安心の確保が最優先となり、ややもするとその他の問題は後回しとされる見方もありましたが、私たちの考える「空気の価値化」は安全・安心を基本としつつ、同時に室内の快適性やカーボンニュートラルへの貢献などあらゆる価値の両立に真剣に取り組んでいくものです。空気は生活空間そのものであり、人々が求める価値は多岐にわたりますが、私たちの役割はそこに答えを出すことに他なりません。
 他方、アカデミア側の明確な問題意識を共有できたからこそ今回のガイド策定を実現できましたし、その過程では、事前に社外の有識者の方に構想をお伝えしたところ、良い情報がまとまったら積極的に発信していくと良いでしょうと励ましてもらうなど新たな方策を認識する機会が得られました。社外との連携の意義について改めて実感しているところです。
 コロナ禍は今また小康状態と見えるものの予断を許さない状況であり、同じ危機感が産官学とあらゆる立場で共有されています。振り返ってみれば、一連のコロナ対応というのはこれまでの慣習に囚われることなくオールジャパンで一つの課題に取り組めた、新たなモデルケースになったのではないでしょうか。今後、脱炭素などの社会課題においてもあらゆる役割、あらゆる専門家から柔軟に集約された意見を生かせば、国民にとっても実に意義深いアクションを積み上げていけると思います。

今回策定された「呼吸器感染症の感染リスク低減対策のための教育現場向け参考ガイド」は、東京大学のホームページから誰でもダウンロード可能:東京大学 産学協創推進本部


(本記事は、月刊『時評』2022年1月号掲載の記事をベースにしております)