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「国土強靱化」はすなわち「経済強靱化」国土学総合研究所長 大石久和氏

インフラ整備を重要視する諸外国

――社会資本整備に対する、諸外国の状況はいかがでしょうか。

大石 端的には、本年3月1日に発せられた米バイデン大統領の一般教書演説が象徴しています。インフラに関する部分を要約すると、バイデン大統領は米国のインフラが世界13位に落ち込んでいることを前提に、〝これからはインフラを構築するときだ。(略)われわれは、米全土の道路、空港、港湾、水路を近代化し、何百万人もの米国人に雇用を創出する〟と、その意義を強調した上で、今後は〝荒廃した6万5000マイル超の高速道路と1500の橋の修復を開始する〟と発表しています。

重要なのは、この一般教書演説が、2月24日のロシアによるウクライナ侵攻の直後に為されたことです。世界を震撼させる出来事が発生した中であっても、ロシアへの非難と並んで、国内インフラ整備への言及がありました。むしろ限られた演説時間の中、その頃ミサイルを次々と発射していた北朝鮮に対して演説で触れなかったことを批判されたほどなのに、インフラ整備には具体的な構想を掲げたのです。それほどこの問題は、大統領および政権にとって重要な意味を持っていることを示しています。

――米国をはじめ、各国は社会資本整備にどれくらい予算を投入しているのでしょう。

大石 96年を起点として現在まで、先進国における一般政府公的固定資本形成費の推移をみると、インフラを整備すると言った米国が2・4倍に伸ばしてきたように、各国とも大幅に予算を増やしているのに対し、日本は0・64と唯一下がっています。しかも年によって上下するのではなく、ほぼ一貫して漸減傾向をたどり、それが国土強靱化によってここ数年、ようやく一定の歯止めがかかるようになりました。

 ドイツは2004年ごろ、一時、公的資本の注入が落ち込みました。この事実を重く見たメルケル首相(当時)は13年、これまでインフラに対する過少投資が続いてきた、これからは交通分野を中心にインフラの質をもっと向上させないとドイツは競争力を失う、と指摘しました。あの、世界でも競争力が高いドイツがなお、インフラ整備を、と唱えているのです。

(資料:国土学総合研究所)
(資料:国土学総合研究所)

――つまり各国トップはいずれも、インフラ整備の重要性を理解、認識していると。

大石 翻って近年のわが国で、インフラ整備の重要性を明確に指摘した政権、党首、派閥の長がいるでしょうか。あまりに諸外国トップとの認識に彼我の差が大きいと言わざるを得ません。その認識の差が国土強靱化対策のありように反映されていると言えるでしょう。5カ年計画ではありますが、その5年の間にどこで何をどこまで整備するのか、どの地方に対しどのような手当てを行うからどう災害に強くなるのか、どのように経済活性化に寄与し暮らしが変化していくのか等々が、一切と言ってよいほど示されていません。それを示すのがまさしく政治の仕事です。

 インフラ整備の中長期計画が形成されていないのは先進国の中で日本だけでしょう。計画が作られなければ実現に向けた予算が付かないのも必然です。もちろん、計画も予算もこれ以上は不要、というほど、防災対策や物流などあらゆる面で日本の社会資本は整備されたかというと、全くそうでは無いのが衆目の一致するところでしょう。

――物流や移動の非効率性については、所長もこれまでたびたび指摘されてきましたね。

大石 考えてみても、片側一車線しかない高速道路など、先進国はもちろん主要国にはまず無いでしょう。しかも日本の高速道路の3割が暫定二車線、さらに時速70キロメートルの速度制限がかかっているので輸送効率が非常に低く、自動車交通を一般道と分担することができていません。欧米では総交通量の3割以上を高速道路が分担しているのに対し、日本ではわずか10%台です。

 相対的に一般道では渋滞、事故多発、また停止が多いため燃費効率が悪くCO2を余計に排出するという課題もあります。全国平均で1時間当たり何キロ先まで走行できるか比較すると、日本は60キロであるのに対し、ドイツやフランスは95・6キロ先、すなわち移動効率が1・5倍です。逆に180キロ先の目的地まで日本は3時間要するところ、独・仏は2時間弱で済みますからインフラによる競争力の差は歴然としています。

 一部では、物流の中心が道路であること自体が問題、との声もありますが、現実としてトンベースでは日本の物流の90%以上が道路で運ばれています。確かに米国では大陸横断鉄道を使った大規模貨物が物流の主役ですが、欧州では日本以上に物流に占めるトラック輸送の比率が高いのです。日本ではその点、内航海運が発達しているものの、各港から全国津々浦々、各家庭までモノを届けるには道路を走るほかはなく、とくにコロナ禍以後、日常的に宅配の需要が高まりを見せている一方、ドライバー不足が深刻化している現在、今や道路交通を主体とした物流効率の改善は国民的課題です。

 このように考えてみると、「国土強靱化」の追求はすなわち、「経済強靱化」の実現にほかならないことがご理解いただけると思います。

基幹インフラ施設は国の所有に

――一方で自然災害は年々、激甚化の度を増しています。

大石 この夏、東北北部等を襲った豪雨では、雨量観測地点の約2割が過去最高を記録しました。宮城県大崎市を流れる名蓋川では今年も含め過去7年間で3回破堤したとのこと、それだけ局地的、集中的な豪雨が頻発する時代でありながら、今もって十分な対策が打たれていない、これが国土強靱化の現実です。

 しかも地方ほど高齢化が進み、緊急時に迅速な避難ができるともかぎらない、それだけにより一層、事前防災の重要性が増しているのですが、前述のように補正予算にとどめたまま、地域住民にとって将来の安心を担保する計画無きままでははなはだ心もとないと言わざるを得ません。国民に対して具体的ロードマップを示し、今はまだ整備の過程であり、その間は減災に万全を尽くしますが数年後には安心・安全が確保されます、という発信があれば多くの理解が得られるでしょう。しかし、計画策定も情報発信もおろそかなままでは、政府の無策を問われても仕方がないところです。

――インフラ維持という点では、JRの在来赤字路線についても、将来に向けて決断を問われるところです。

大石 かつてイギリスも鉄道路線の民営化に踏み切りましたが現在では鉄道基盤は国の所有としています。逆に言うと、基盤整備は国の責任で行うこととなります。日本でも道路公団の民営化議論が起こった時、経済人からは道路の資産も民間移行させるよう要求されたのですが、当時、私たちは大反対しました。フランスでも有料の高速道路は数多くあるが、高速道路そのものはフランス国の所有であり、民間にあるのは利用権だけである、という例を挙げてその後の国の日本高速道路保有・債務返済機構発足につなげていきまました。

 道路に倣えば鉄道も、レールそのものは国の保有とし、それを旅客会社、貨物会社に貸し出す、という構造にしておくべきでした。しかし現実に、レールを旅客会社に持たせてそこから貨物会社に貸し出す図式にしてしまったがために、今日のような沿線住民の生活の足であるにもかかわらず採算を焦点に廃線議論が起こるようになってしまったのです。

 電力自由化においてもそうです。電力供給を民間企業に委ねて料金が下がった国などありません、民間会社が儲かるための自由化なのですから。信じがたいことですが、この令和の世に電力供給が不安定化し、エアコンの使い方について経産大臣が国民に要望するような事態を招いたのは、利益重視の運営へと移行した結果です。ウクライナ問題のような例は別として、エネルギー供給の安定化は先進国の必須要件です。わが国はその要件を失いつつあるのです。

着実に進む建設現場のICT化

――深刻化していく人手不足を補うため、政府はIT化、デジタル化の進展に取り組んでいますが、国土強靱化、社会資本整備を担う建設業等のIT化状況はいかがでしょう。

大石 これは着実に進展しています。実際に地面を掘削し鉄骨を組み立てたりする現場は、コンピューターだけに委ねるわけにはいきません。一定の人手が必要となります。しかし現在、i-Construction( アイ・コンストラクション:建設現場でICTを活用し、生産性アップを目指す取り組み)が浸透しつつある今、現場の無人化、省力化や、AIによる建設機器の効率的使用等がかなり進んでいます。2016年熊本地震発生後、復旧の現場で既に遠隔操作による無人のパワーショベルが駆動していました。一昔前に比べて現場の光景は、だいぶ様変わりしていると言えるのではないでしょうか。

――それは非常に、将来へ向け期待の持てる傾向ですね。

大石 この点はもっと国民に広く発信されるべきだと思います。9月初旬、とある番組で、人気アイドルグループと藤井聡・京都大学大学院教授のMCによる、インフラについて学ぶ情報バラエティー番組が放映されたのですが、そこではAR(拡張現実)による完成予想技術、リモートで現場作業の監督や指示を可能とするリアルタイム施行表示システム、組み込まれた設計に基づき建設機械がリアルタイムに自動制御施工を行うMC(マシン・コントロール)等々、ICTを駆使した最新の建設技術について紹介されていました。現場の人手不足、技術面での経験不足をICTが補うことで、建設業に対し明るいイメージを発信できたのではないでしょうか。

 しかもこうしたICT化は、大手ゼネコンによる都市部の現場の話ではなく、むしろ人手不足がより切実な地方の現場において先んじて実践されています。これからは人口減で現場を担う人手も足りなくなるから公共事業はできなくなる、というのはインフラ整備の不要を主張するための議論であり、現実と乖離しています。

 番組では、徳川家康による利根川の東遷を解説していました。それに対しアイドルグループの一人が、自分も400年後に評価される仕事がしたい旨をコメントしていましたが、それこそ現在の政治家に発してもらいたい言葉です。山手線を現代人が当たり前のように日々使えているのも、明治の先達が後世のために建設したものですから。インフラとは現在の価値基準ではなく、ずっと後の世代のために整備するものなのです。

――本日は、ありがとうございました。
                                            (月刊『時評』2022年11月号掲載)