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森田 実の「国の実力、地方に存(あ)り」⑬

コロナ対策、生活・経済支援、未来のまちづくりに全力投球中の金子ゆかり諏訪市長訪問記

「御神渡り」で有名な諏訪湖
「御神渡り」で有名な諏訪湖

みずうみの氷は解けてなお寒し 三日月の影波にうつろう 信濃路はいつ春ならん夕づく日 入りてしまらく黄なる空のいろ(――島木赤彦)

「諏訪」への個人的思い

 1945年の終戦の直後から私の読書生活が始まった。東京の大学を出て教師をしていた二人の姉が帰郷のたびに持ち帰る本を読んだ。岩波文庫が多かった。旧制中学、新制高校、大学生活、かなり長い失業生活の間、岩波書店発行の本と雑誌を読み続けた。この過程で岩波書店の創始者・岩波茂雄の出身地の諏訪市は私にとって一種の〝聖地〟となった。大好きな歌人の島木赤彦の出身地も諏訪市であることから諏訪への思いは倍加した。

 東京の住人になってから70年経つ。この間に交際した信州出身の先輩、友人、知人は、皆、真面目で誠実で信頼・尊敬に値する紳士淑女だった。今の友人も同じである。独立心が強く誇り高く、優秀である。

 岩波茂雄の出身校である旧制諏訪中学=現諏訪清陵高校の「校是」は「自反而縮雖千萬人吾往矣」(自らを振り返り、自分が正しいと信じるなら、たとえ相手が千万人いても敢然と自ら道を進もう)であり、これを自らの生き方として貫いている卒業生が多い。

 この諏訪清陵の近くに、旧制諏訪高等女学校=現諏訪二葉高等学校がある。教育目標に「国家並びに社会の有為な形成者として『真理と正義を愛し、勤労と責任を重んじ、自主、協調の精神に満ちた、心身共に健やかな人間』の育成をめざす」を掲げる。平林たい子、藤原てい、中山和子らの英才を輩出し、金子ゆかり諏訪市長も同校の卒業生である。

金子ゆかり市長
金子ゆかり市長

金子ゆかり諏訪市長のプロフィール

 慶應義塾大学法学部を経て服部セイコー入社。1994年母重病の報を受け看病のため退職して帰郷。父である金子松樹県議会議員の秘書を務める。1999年4月長野県議会議員選挙に出馬し初当選。2003年の県議選に落選。2005年早稲田大学大隈記念大学院公共経営研究科修了。2007年の県議選で返り咲く。2011年3期目当選。2015年諏訪市長選挙に無所属(自民・公明推薦)で出馬し無投票で長野県初の女性市長に就任。2019年無投票で再選。

 金子市長はいま62歳。政治家として働きざかりである。倫理的卓越性と知的卓越性をあわせ持ち、慈悲の心と強靭な精神力を持つ傑出した政治家であることを、金子諏訪市長の知人たちは認めている。

 200年前、江戸時代末期、日本全体が経済危機に直面した時、米沢藩主上杉鷹山は抜群の政治力を発揮して米沢藩を繁栄に導いた。

 高い能力をもつ金子市長が諏訪市を繁栄に導き、全国の地方自治体の模範になる可能性は高い。金子市長はコロナ禍と闘いつつ、まちづくりに取り組んでいる。長野県初の女性市長として注目を集めたが、いまは「女性市長」としてではなく、高い政治運営能力に大きな期待が寄せられている。私には上杉鷹山の姿が重なる。

「文化・観光」と「科学技術」の二つの顔を持つ諏訪市

 諏訪市は諏訪湖畔の美しい都市であり、諏訪湖の恵みを受けて古代から繁栄している古い都市である。1000年以上の歴史をもつ諏訪大社には全国からの祈りの旅人が集まる。温泉もある。諏訪市は国際的に知名度の高いすぐれた観光文化都市である。これが第一の顔である。

 もう一つは高い技術力をもつ「ものづくり」都市の顔である。もともと生糸産業の中心地であったが、繊維産業が下火となった時、技術力を生かし精密機械産業のメッカとなる。そして今、半導体・ICT・人工頭脳の時代になると諏訪の産業人は、この分野でも世界の最先端に立とうと努力している。

 金子市長は、「文化・観光」と「科学技術によるものづくり」の二つの顔を生かし、文化力と技術力を発展させつつ、最も住みやすいまちづくりに取り組んでいる。いま最も魅力的な市長の挑戦である。

オフィス製紙機「ペーパーラボ」
オフィス製紙機「ペーパーラボ」

金子市長の推進する「オフィス製紙機」

 金子市長が推し進める政策の一つに、自治体の環境負荷を劇的に低減する「オフィス製紙機」の導入がある。1970年代、汚染が進んでいた諏訪湖の浄化が課題となり、県・諏訪湖圏域とも一体となり対策に取り組んだ歴史が諏訪市にはあった。諏訪市は隣の岡谷市とともに環境先進都市である。

 金子市長は2017年4月から、地元セイコーエプソンが開発したオフィス製紙機「PaperLab(ペーパーラボ)」をいち早く市庁舎に本格導入し、庁舎内で古紙リサイクル、再生紙生産に乗り出した。

 金子市長は「諏訪市民や市職員の高い環境意識の高さが、市庁舎内の使用済用紙を環境に負荷をかけることなく再利用しようという気運を支えています」と語る。

 金子市長との懇談の後、「ペーパーラボ」を見学したが、驚くべき優れものである。機械はそう大きくない。幅約2・8メートル、奥行約1・5メートル、高さ2メートル程度で、使用済の紙を機械に入れると、中で紙を細かく粉砕し、紙の繊維を圧着して新しい紙に造り変える。1時間に915枚のA4用紙を処理し新たに720枚の再生紙ができる。再生過程において紙に着色することも可能である。

 これにより、紙輸送におけるCO2の大幅削減ができ、ほとんど水を使わずにオフィス内での再生紙利用ができる。諏訪市の場合、毎日3000枚?5000枚程度の使用済用紙が出るという。新たな紙の購入量を低減して地球環境を守り、製紙工程で文書情報を完全に抹消するため、セキュリティー保護にも資する。ただ、使用済用紙を止めている金属針などの除去は必要となる。諏訪市では、この作業を障害者の方々にしてもらうことで、障害者の新たな雇用創出を果たしている。

 ここには金子市長のすばらしいバランス感覚の働きがある。諏訪地方の方言に「まてに」という言葉がある。「細かな心配りで、ていねいに」という意味だそうだが、そうした諏訪人の物事に対する丁寧さを体現した製紙機だと思う。

 第二次大戦から75年が過ぎたが、この間二人の女性政治家がリーダーとなった。一人は新自由主義革命を主導した英国のサッチャー首相、もう一人は新自由主義革命が行きづまった21世紀初頭に登場し、安定した世界の構築を目指して奮闘するドイツのメルケル首相である。

 金子ゆかり諏訪市長を私は、「信州のメルケル」と呼んでいる。同時に日本の地域社会再生のリーダーの役割を担う「21世紀の上杉鷹山」になってほしい。日本の再生は諏訪から始まる。諏訪湖周辺には、日本の危機を救う神秘の力があると思う。

(月刊『時評』2021年3月号掲載)

森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。
森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。