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森田 実の「国の実力、地方に存(あ)り」⑰

長崎幸太郎山梨県知事の挑戦―山梨県を世界と日本の「可能性の窓口」にする

長崎幸太郎・山梨県知事。(提供:山梨県)
長崎幸太郎・山梨県知事。(提供:山梨県)

「為せば成る 為さねば成らぬ なにごとも 成らぬは人の為さぬなりけり」(上杉鷹山)

つねに一生懸命の長崎幸太郎知事

 山梨県知事の長崎幸太郎氏とは、二階俊博前自民党幹事長の紹介で知り合い、この10年以上の間、交際を続けてきた。大変優秀な、魅力的な政治家である。長崎幸太郎氏と会った時、いつも頭に浮かぶ言葉が三つある。

 一つは、はじめに引用した上杉鷹山の言葉。長崎氏はつねに前向きに挑戦を続けている、たくましい指導力ある政治家である。

 二つは、「明るい性格は財産よりももっと尊いものだ」との米国の鉄鋼王・カーネギーの言葉。長崎氏は非常に明るい性格の持ち主である。明るい性格は指導者としての大切な資質である。

 三つは、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」空也上人の言葉。長崎氏は、尊敬する人物の高杉晋作の「おもしろきこともなき世をおもしろく」の辞世の句が好きのようであるが、長崎氏の行動には「潔さ」が感じられる。

 長崎氏が中央政府にいれば、最有力の総理総裁候補になると私は思っているが、今は山梨県知事として一生懸命働いている。非常によくやっていると私は感じている。山梨県にいて日本を引っ張っている。

 去る9月22日、山梨県庁に長崎知事を訪ねた。

 東京から中央高速で山梨県に入ると、美しい山々が目に入る。空気に清潔さが感じられる。甲府市内をドライブしたが、街の中は非常にきれいである。塵一つ落ちていない。市民が自分の住むところを大切にしていることが感じられた。

 私はこの60年間、全国各地を旅してきたが、優れた首長のいる自治体の街はきれいである。優れたトップのもとでは市民が自分の住むところを大切にするようになる。すぐれた指導者の役割は大きいのである。

 山梨県庁の中は整然としている。すべての職員も公務員としての自覚と緊張感をもってきびきびと働いている。知事室の職員は、知事を尊敬して働いている。長崎知事は職員から愛されていると私は感じた。

 久しぶりに会った長崎幸太郎知事には、トップリーダーとしての風格と実力者らしい落ち着きが備わっていた。山梨県民は良い知事を選んだと改めて感じた。

「高付加価値化」を目指す長崎知事の県政

 最近、私の知人の中に「山梨県ファン」が増えていて、山梨県産の果物やワインを贈ってくれる。皆、素晴らしい。サクランボも桃もぶどうも野菜も菓子類も肉類もすべて超一流である。山梨県の力が充実してきていると感じている。

 産業面では、成長が見込まれる「水素・燃料電池産業」「医療機器産業」が注目されている。

 長崎知事が目指しているのは、山梨県の産業、農業、観光などすべての面での「高付加価値化」である。長崎知事は「これが山梨県のキーワードです」と語った。

 長崎知事は、特に医療機器に力を入れている。目指すは「医療立県」だ。長崎知事は語る。

「実は隣県の静岡県長泉町を中心に医療機器産業が集積している。山梨県と静岡県の医療機器の集積地は高速道路で結ばれている。この一帯を『メディカル・デバイス・コリドー』と呼んでいる。静岡県と連携して、山梨県の機械電子産業と静岡県の医療機器産業との連携を進めている。

 富士山の東側の静岡県との連携は進んでいるが、次は西側の関係が中部横断自動車道がつながったことによって、密接になる。山梨県にとっては東富士五湖道路もあり、静岡県裾野市、長泉町の医療産業地域と山梨県の医療機器産業集積地を接合する」

「水素・燃料電池産業」の集積と育成

 長崎知事が力を入れているもう一つの分野が「水素・燃料電池産業の集積と育成」である。

 燃料電池は、水素と酸素を反応させて電気を作り出す装置である。次世代クリーンエネルギーとして期待されている。いまこの分野は全世界で市場が急速に拡大している。山梨県には、山梨大学燃料電池ナノ材料研究センターをはじめ水素・燃料電池に関する研究・開発施設が集積している。長崎知事は山梨と世界を結ぼうと考えている。

 もともと山梨大学には渡辺政廣教授という水素・燃料電池の大権威者がいて、渡辺教授の指導のもとで高度な研究が行われてきた。

 燃料電池は水素から電気を作る。この反応を逆向きに応用し、太陽光発電の電気を使って、「グリーン水素」を作る。これを大規模に行っているのは、山梨県と福島県だけである。

 長崎知事は語る。

「われわれとしては研究を積み重ねて巨大出力を出そうとの構想を持っている。これが実現したら、われわれはこれを中東諸国に輸出したいと考えている」。

 長崎知事の構想のスケールは大きい。中東には太陽光が無尽蔵にある。中東諸国は石油に代わる輸出資源を探している。今後、山梨県のグリーン水素生成システムは極めて重要な価値を持つ。中東諸国にとって日本は、山梨県のシステムをもって作り出した「グリーン水素」の安定した供給先になり得る。ここに山梨県と中東諸国が組む可能性がひらけてくる。

 長崎知事は、山梨県と静岡県が連携して「水素・燃料電池地帯」をつくるとの構想を持ち、静岡県との協力を進めている。

「薄利多売」でない観光を

 今後の観光の在り方について長崎知事は語った。

「観光について、かつての『薄利多売』はもうやめようと考えている。このことを確信したのは、コロナ禍になりインバウンドの観光客がゼロになったが、山梨県の観光消費額は、その当時においては1割しか落ちなかった。インバウンドの観光客が山梨県でいかに消費していないかが如実に示された。

 薄利多売では従業員に十分な給料を支払うことはできない。観光業はブラック職場の代名詞だった。旅館の仲居さんたちはきつい仕事の代名詞だった。だから、皆嫌がってこの仕事に就こうとしない。

 いま山梨県は人口減少に苦しんでいる。この主な原因は、就職期の若い女性が県外に出てしまうからだ。女性の75%はサービス業に就職する。

 山梨県には若い女性の就職先がない。山梨県内にはよいサービス業がない。だから東京へ出ていく。これが人口減少の構造的原因である。

 これから山梨県は、観光業の働き方改革を実行する。このために、観光業を高付加価値化する。少ないお客さんにしっかりとしたサービスをし、高い対価をいただき、従業員に高い給料を支払うようにすることが必要である。このための体質改善に取り組む。

河口湖から富士山を望む。(提供:富士河口湖町)
河口湖から富士山を望む。(提供:富士河口湖町)

 富士山観光も改善したい。鉄道を敷き、登山を改革したい。いま国とも協力してこの問題に取り組んでいる。観光業を高付加価値化することによって、就職期の女性たちが地元で働くことができるようにしたい」。

「農業の高付加価値化」についても長崎知事は次のように語った。

「農業に関しても、キーワードは高付加価値化である。『日本スモモ』という品種のスモモをアメリカから輸入するという話になったが、もう価格では勝負できない。いろいろ議論したが、結局日本は高品質の作物に切り替えざるを得ない。このための植え替えを、県主導で行うことにし、国に対しても協力を要請した。ブドウも桃も高付加価値化を目指す」

 さらに「教育と介護」についてこう語る。

「山梨県の産業人口が減少している。このため産業の高付加価値化が遅れている。山梨県として今後力を入れたい分野は『教育と介護』である。これが山梨県を支える社会的な基礎的条件だ。大胆な手を打たなければならないと考えている。

 教育については、公立の小中学校で計画的に1クラス25人の少人数教育を行いたい。国は35人を打ち出しているが、山梨県は25人でいきたい。25人教室で一人一人に先生の目が行き届く教育環境を作りたい。

 東京では家庭の経済力の差によって生徒の学力に差が出るような状況だが、山梨県ではそういうことがないようにしたい。教育格差のない公教育を実現したい。

 介護に関しては、『介護待機ゼロ』を目指している。山梨県内で今約1400人が介護待機をされていると言われているが、第一段階では、県内のどこかの施設でサービスが受けられるようにしたい。

 山梨県では、教育とならんで介護に重点投資し、介護待機をゼロにする。第一段階で待機ゼロ、第二段階で、好きな地域の施設に行けるようにしたい。これをやり遂げるためには財源問題を解決しなければならないが、困難でも全力を尽くしたい」。

コロナ対策「山梨方式」が日本を救った

 政府をはじめ全国の地方自治体がコロナ対策で混乱している時、山梨県の長崎知事は明確な方向を打ち出し、すぐれたリーダーシップを発揮した。長崎知事が打ち出した「山梨方式」は、その後全国の地方自治体において取り入れられ、日本全体が落ち着きを取り戻した。長崎知事は日本を救ったのである。長崎知事は日本のトップリーダーとなった。

 コロナ対策について、長崎知事は語る。

「山梨県においては、積み上げ型の施策を考えた。目標にまず『超感染症社会に脱皮しましょう、進化しましょう』を掲げた。「第二波、第三波がきても日常生活の感染症耐性を限りなく高めて、感染症対策と日常生活が両立できるような地域社会の体質にしようと訴えた。

 緊急事態宣言のあと、休業要請を行った。このあと出てきたのが協力金の問題だ。東京都は出したが、山梨県は出さなかった。これについては批判が起きたが、『山梨県は出さないが、代わりにこういうことをやる』と言い、『感染症対策をきっちりやっていただいたら、休業要請は個別に解除する』との方針を打ち出した。

 一番最初がパチンコ店だった。感染防止対策をやるのであれば、それにかかる費用は補助することにした。これが山梨方式の第一だった。

 感染防止対策をきちんとしたら『認証マーク』を出すことにした。これは県の責任で出した。これが『グリーンゾーン認証』で山梨方式と言われた。これは『行政がリスクをシェアします』ということである。これは店を守るやり方である。

 店をチェックすることにしたが、これは店を罰するためのチェックではなく、コンサルティング的なやり方で、店を助けるものであった」。

 長崎知事は県民を信じ、山梨県庁職員を信じ、現場での話し合いを徹底的に行った結果、大きな成果を上げることができた。

 長崎知事のコロナ感染症対策の成功を見て、私は江戸時代に米沢藩を建て直した上杉鷹山の改革を思い出した。人を信じ、自ら現場に足を運び、誠心誠意を尽くした対話によって解決を図るというやり方である。長崎知事は「令和時代の上杉鷹山」というべき偉大な政治指導者であると私は感じた。

山梨大学燃料電池ナノ材料研究センターと米倉山メガソーラーにみる山梨県の大いなる可能性

 長崎知事との面談のあと、知事政策補佐官の藤巻美文氏に案内していただき、山梨大学燃料電池ナノ材料研究センターと米倉山メガソーラーを見学した。

 山梨大学では飯山明裕センター長と吉積潔教授から燃料電池と水素について詳しい説明をしていただいた。水素の利用は地球温暖化の抑制に大いに寄与することである。さらに脱炭素化を目指す「水素社会」の実現は人類の大いなる希望である。山梨県はこの研究によってカーボンニュートラルを目指す日本の産業をリードする最先進県となる可能性がある。

 米倉山メガソーラー(米倉山太陽光発電所)見学に際しては、山梨県企業局電気課新エネルギーシステム推進室長の宮崎和也氏から詳しい説明をしていただいた。山梨県・東京電力・東レ株式会社・株式会社東光高岳の共同事業による「グリーン水素」製造プロジェクト(パワーツーガスシステム技術開発事業)に大いに期待したい。長崎幸太郎知事のもと山梨県は日本のみならず世界を新たな方向へ進める先導役を果たすであろう。山梨県の長崎知事に注目していきたい。

(月刊『時評』2021年11月号掲載)

森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。
森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。