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森田 実の「国の実力、地方に存(あ)り」㉓

21世紀型地方創生を先導する埼玉県川島町の飯島和夫町長と同県美里町の原田信次町長の忠恕一筋の誠実行政

重要文化財・旧遠山家住宅(写真提供:公益財団法人遠山記念館)
重要文化財・旧遠山家住宅(写真提供:公益財団法人遠山記念館)

「日の光を藉りて照る 大いなる月たらんよりは 自ら光を放つ 小さき灯火たれ」(森 鴎外)

 コロナ禍はわが国行政のデジタル化の遅れを露呈させた。デジタル化の1丁目1番地であるマイナンバーカードの普及の遅れと、「住民の便利さ」追求への行政の鈍さが大きな要因だ。私はマイナンバーカードを、交付の始まった2016年に作った。原稿料を振り込んでくださる出版社からの要請による。文筆で生計を立てる人間は、早々と必要に迫られた。

 国はマイナポイント付与という「アメ」の一方、保険証との一体化という「ムチ」も打ち出した。自治体は申請を手伝う職員を役所入口に配置している。だが、今年9月末時点の取得率は49%にとどまる。

 旧国鉄時代は、駅に着き、財布からお金を出し、窓口で行き先を告げ、切符を購入し、改札で駅員が切符に鋏を入れて、初めてホームに入れた。オレンジカードを経て、22年前の12月にはSuicaが登場。交通系ICカードの発行枚数は昨年9月に2億枚を超えた。最大の推進力は「便利さ」だ。キャッシュカード、クレジットカード、IDなど、さらにはスマホが極めて勝手の良い通信・決済ツールとして「便利さ」をもたらしている。普及が進むわけだ。この間、行政の窓口はどうだったか。

 住民票・戸籍謄本・戸籍抄本・身分証明書・印鑑証明書・母子手帳などの各種証明書を申請し、転入・転出・転居届などを提出する際には役所へ行き、窓口でそれぞれの用紙に手書きで必要事項を書く。名前と住所は用紙ごとに書かなければならない。しかも、記載台で立ったまま手書きだ。職員は住民が書き終えるまで待っているだけだ。Suica、スマホなどが普及していく間、住民へ「便利さ」を提供する行政の対応といえば「押印廃止」「土曜開庁」くらいしか思い浮かばない。

 今こそ行政のデジタル化によって、住民に「手書きしない」「待たない」「役所まで行かない」「いつでも」できる行政手続きの簡素化改革を進めなければならない。その基礎となるのがマイナンバーカードである。

 東京、神奈川、埼玉、千葉の首都圏1都3県のマイナンバーカード取得率のベストスリーは①東京都御蔵島村61・2%②東京都中央区61・1%③千葉県浦安市59・4%。今回取り上げる埼玉県川島町は6位の58%である。

衆院選、参院選の投票時にも申請呼びかけ

 9月末に比企郡川島町の飯島和夫町長と児玉郡美里町の原田信次町長にお会いした。川島町のマイナンバーカードの申請・交付率が埼玉県トップであり、昨年10月にデジタル庁がガバメントクラウド先行事業で選んだ全国8団体の中に美里町・川島町が入ったからだ。

 美里町・川島町の採択理由は、クラウド移行について複数の方式を検討・試行し、費用、移行時間、品質、セキュリティ、作業負担などの観点から比較を行うことで、他団体が移行方法を検討する際のモデルとなりうるからである。

 また、二人の町長のひたむきさ、時代を先取りする行政手腕、さらに両町が高速道路のインターチェンジの近くに位置することにも興味をひかれた。

 川島町の昨年3月21日時点での交付率は20・7%だった。交付開始から5年でこのていたらく。埼玉県平均は25・5%であり劣等生だった。

 これを約1年5カ月後の今年9月末には58%に引き上げ、埼玉県トップへと躍り出た。

 秘訣は町役場に来る人だけを相手にするのではなく、「ともかく人の集まるところ」へ職員が出向き、出前で申請手続きを手伝ったことだ。

 税の申告会場を皮切りにワクチン接種会場、昨年の衆院選と今年の参院選の当日および期日前投票所でも投票を終えた人が申請できるようにした。

 出前で申請受付に取り組んだ町役場の職員の情熱が驚異的な伸びをもたらした。行政のデジタル化といっても、推進するのは行政マンの真剣さ、人であることを改めて教えられた。

 川島町は、マイナンバーカードを持つ人のメリットを増やすことにも急ピッチで取り組んでいる。昨年から川島町DX推進計画を立て、取り組みを加速している。飯島町長は「書かない」「待たない」役場窓口の実現に並々ならぬ意欲を持っている。

 DX推進室は「町民サービスの向上プラス業務の効率化」の観点から検討を加え、「合理化(民間活用プラスシステム活用)」と「必要性の高さ」で優先度を決め、実行に移している。

 昨年4月からはコンビニで住民票や印鑑登録証、課税・非課税証明書、所得証明書を取得できるようにした。また、マイナポータル活用による手続きオンライン化として、児童手当の認定申請などの各種手続き、妊娠の届出、保育施設等の利用申込、要介護・要支援に関わる認定・更新認定など各種手続き、粗大ごみ収集の申し込みなど20の手続きを対象にして順次、実施に移している。住民の便利さを追求する143名の川島町の役場職員の一生懸命さに敬意を表したい。

 一方、デジタル庁が調達するガバメントクラウドへの基幹業務システムの移行については美里町が本年10月に開始した。川島町は12月予定。デジタル庁の先行事業で採択された全国8団体の中で美里町が最も早い。美里町の原田信次町長は、デジタル改革によって、新たな付加価値を生み出すことの大切さを105名の職員に訴えている。

 基幹業務システムは、住民基本台帳、選挙人名簿管理、固定資産税、個人住民税、法人住民税、軽自動車税、国民健康保険、国民年金、障害者福祉、後期高齢者医療、介護保険、児童手当、生活保護、健康管理、就学、児童扶養手当、子ども子育て支援、戸籍、戸籍附票と印鑑登録の計20業務を対象にしている。

 国のガバメントクラウドを活用できれば、毎年のように行われる法改正やアップデートへの対応が原則自動化されるため、その都度、個別対応していた職員と費用の負担軽減につながる。

 町民は手続きの便利さを享受し、役場の職員は業務の効率化によって生み出された時間を、広い視野に立った行政運営と多様化する住民ニーズに寄り添う行政に使える。9年前から始めた埼玉県町村会における情報システム共同化事業の推進協議会の会長が美里町の原田町長、副会長が川島町の飯島町長である。両町のガバメントクラウドへの移行が成功すれば、埼玉県の全町村に波及する。

高速インターは陸の「港」、土地利用の活性化が急務

 続いて川島町、美里町の順に両町と町長のことに話を移す。

 川島町は埼玉県の中央部に位置する。荒川など四つの川に囲まれた面積41・63㎢、人口約1万9千人強の町である。平坦な地形で、かつては見渡す限り水田地帯だったが、14年前に圏央道の川島インターチェンジが開設され、その後、圏央道の延伸が進むにつれて町のポテンシャルは高まり続けている。

 インターに近づくと、ショッピングモールや大規模な工場、倉庫が目に飛び込む。明治の開国の後は神戸港、横浜港が世界への窓口になった。高速道路のインターチェンジは〝陸の港〟である。インター南側が農地のままでは、もったいない。農地保全は大切だが特区扱いして活用すべきであろう。農水省は発想を変えるべきである。

 飯島和夫町長は現在、2期目。埼玉県庁の財政畑で要職を務め、地域政策局長、危機管理防災部長、産業労働部長を経験して退職。当時の高田康男前町長から請われ川島町の副町長を務めていた時に、前町長が次期町長選への不出馬を決めた。飯島氏には出馬の意思は全くなく夫人も大反対した。だが「あなたしかいない」の声の高まりに抗うことができず11年前、町長に初当選した。町長に今年の手帳を見せていただいた。手帳には初出馬の際に自身が書き出した町の懸案が29項目書き写してあった。初心を忘れず毎年、新しい手帳に懸案事項を書き写す。飯島町長らしさのにじみ出る行為だ。23については解決済みとして二重線が引いてあった。

 本年度の施政方針を掲載した町広報誌に掲げた見出しは「愚公移山」。飯島町長は「無理・不可能なようなことでも、根気強く努力し続ければ、ついには成し遂げられる」と書いていた。

 町長就任後、直ちに始めたことの一つが「未来塾」。30名前後の若手を募り、住民の生の声を吸い上げてきた。『第6次川島町総合振興計画(概要版)』を頂戴したが、タイトルは「ここが好き、やっぱり好き」。町に飛来するコハクチョウのイラストをメインに置いて施策を極めて平明な言葉で、大きな活字で短く綴っている。町長が町の職員、住民とともに作成した手作りの総合振興計画である。

 関越道練馬インターチェンジから川島町までは圏央道を経て約25分。日興証券の創始者である遠山元一が建てた昭和の邸宅・遠山記念館は国の重要文化財に指定されている。「川越藩のお蔵米」のほか新鮮なフルーツ、野菜が豊富に採れる町であり、インターに近い農産物直売所は賑わいを見せる。都心に一番近い自然豊かな町である。

イノシシ嫌うエゴマに着目、休耕田畑を蘇らせる

 美里町は、埼玉県北西部に位置する人口1万人強、面積33・41㎢の町である。原田信次町長は、町議4期を経て14年前に町長に初当選し、現在4期目の63歳。県議秘書、代議士秘書として、埼玉県庁各部局と国のほぼすべての省庁と渡り合った経験が強み。国・県の行政にも精通している。

 町広報誌に掲載された「町長からのメッセージ」には、原田町長が自身の思い、町の取り組んでいること、将来の課題などについて、気取らず、偉ぶることなく、真摯に、分かりやすい言葉で住民に語りかけている。

 美里町は町域の約9割が農業振興地域である「美しい里」の町である。中山間地の田畑は何を育ててもイノシシの獣害によって荒らされ休耕地になっていたが、イノシシがエゴマの葉や茎の香りを嫌うことに着目して町が約20軒の農家に働きかけエゴマの栽培に乗り出した。農家のクラブが作られ、エゴマ油の健康ブームの波に乗り、無農薬、無化学肥料での生産も注目を集め、町の特産になった。収穫の最盛期は10月で、ふるさと納税の返礼品にもしている。

 寝ても覚めても美里町の発展を考え続ける原田町長らしい施策の成功事例である。

 ブルーベリーは国内最大規模の約34㏊で植栽される。生産部会が77軒ある中、夏には15戸の観光農園が賑わう。

 一方、関越道寄居スマートインターは昨年3月に上下線とも開通。原田町長はインターから約500メートルの地点に県の力を得て産業団地を造成した。インターから美里町役場までは約1キロ。役場、インター、産業団地、JR松久駅のあるエリアを「まちづくり拠点地区」として位置付け、町内外の交流の場づくりを進めている。

 美里町は埼玉県で古墳が最も多くつくられた(500基以上)地域であり、「埼玉の飛鳥」といわれる。また、源義朝十七騎の一人として知られる猪俣小平六範綱の霊を慰めるための「猪俣の百八燈」は国指定重要無形民俗文化財である有名な祭りであり、地元の青少年がすべてを取り仕切ることが特色である。

 こうした話をなさる原田町長の表情の奥には、「美しい里」づくりへの静かだが揺るぎない情熱が脈打っていた。

 話は変わるが、今年上半期に生まれた赤ちゃんは38万4942人。初めて40万人台割れした。婚姻数は前年同期比では微増の26万5593組だったが、コロナの流行する前年である3年前に比べれば5万組以上減った。

 わが国は内政、人口構造でも未経験の難局に直面している。

 「国が…」「県が…」と言う前に、活路を切り開くことができる行政単位は町や村、人口5万人以下の市であると私は思う。その自治体のトップに誠実さと謙虚さ、一生懸命さがあれば住民と協働することができる。職員もついて行く。飯島町長と原田町長は、小さくても光を放つ素晴らしい町のリーダーである。

 本稿作成にあたり、友人の福永信之前埼玉県議会議員に協力していただきました。感謝します。

(月刊『時評』2022年11月号掲載)

森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。
森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。