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森田 実の「国の実力、地方に存(あ)り」④

海と島の復権を目指す「瀬戸内国際芸術祭2019」

香川ー岡山間に架かる瀬戸大橋。瀬戸内の島々を結ぶ。
香川ー岡山間に架かる瀬戸大橋。瀬戸内の島々を結ぶ。

「玉藻よし 讃岐の国は 国からか 見れども飽かぬ 神からか ここだ尊き 天地 日月と共に足り行かむ(柿本人麻呂)

 瀬戸内海の海と島が大きく変わり始めている。瀬戸内国際芸術祭がこの流れを前に進めている。2019年に4回目を迎える瀬戸内国際芸術祭は、いまでは、世界的に高い評価を受けている芸術の祭典である。
 第1回芸術祭が行われたのは2010年。2回目は2013年。3回目は2016年。3年に1度開催されている。回を重ねるごとに規模は拡大してきている。今年、2019年の祭典は、さらに進化している姿を見せることになろう。
 この芸術祭の目的は「美しい自然と人間が交錯し交響してきた瀬戸内の島々に活力を取り戻し、瀬戸内海が地球上のすべての地域の『希望の海』となる」ようにすることにある。
 主催は「瀬戸内国際芸術祭実行委員会」。会長は香川県知事の浜田恵造氏。総合プロデューサーは公益財団法人福武財団理事長の福武總一郎氏。総合ディレクターはアートディレクターの北川フラム氏。会期は春(ふれあう春)、夏(あつまる夏)、秋(ひろがる秋)の3会期。総計107日間。
 「春」は2019年4月26日~5月26日。
 「夏」は2019年7月19日~8月25日。
 「秋」は2019年9月28日~11月4日。
 会場は、直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、沙弥島(春)、本島(秋)、高見島(秋)、粟島(秋)、伊吹島(秋)、高松港周辺、宇野港周辺。
 プロジェクトの重点は、島の魅力を発見し「あるものを活かし新しい価値を生み出す」アートプロジェクトを推進するとともに、「瀬戸内の資源」「アジアの各地域」「島の『食』」を展開することにある。アートと地域の関わりを広げるため、芝居や舞踏などのパフォーマンスを積極的に行う。
 瀬戸内海の美しい自然と島の伝統文化と風土のなかで現代的アートを展開する大規模なこの芸術の祭典には30の国と地域から184組が参加する。最終的には200組を超えると予想されている。瀬戸内海は現代アートの海となる。

浜田恵造香川県知事の訴え
 『瀬戸内国際芸術祭2016公式ガイドブック』の中で、浜田恵造香川県知事、瀬戸内国際芸術祭実行委員会会長は、次のように訴えている。
 「瀬戸内国際芸術祭は、瀬戸内海の島々などを舞台に、アートを通して地域の活力を取り戻し、再生を目指す活動です。……2013(平成25)年の前回では、107万人もの方々を世界中からお迎えすることができました。芸術祭が契機となって、休校していた島の学校が再開されるなど、この活動が着実に地域に根づいてきていることを実感しています。
 過去2回の芸術祭では、世界から集うアーティストやボランティアと島の人々との協働により、そこでしか見ることのできない奇跡のような数々の作品が生まれ、地域の伝統文化や美しい自然が、その輝きを取り戻しました。……芸術祭は、瀬戸内の魅力を世界に発信し、世界と瀬戸内・香川をアートでつなぐ祭典です。皆さんも、ぜひ、島々に足を運び、その魅力を体験していただきたいと思います。」
 香川県の私の知人の間では、浜田知事の評判は非常に良い。浜田知事はつねに県民の幸せを強く願い、県民のための行政に全力を尽くしている、との評判である。実行力があり、県民に公約したことはきちんと実現している。香川県民の多くは浜田県政を信頼している。
瀬戸内国際芸術祭は回を重ねるごとに進化し、国際芸術祭としての存在感を高めている。さらなる進化を望む。

瀬戸内海は最高に魅力的な内海
 私が初めて香川県を訪問したのは60年前だった。その時は今のように瀬戸大橋を利用できるわけもなく、東京駅から寝台急行「瀬戸」で岡山県の宇野まで行き、宇野港から船で高松港へ渡った。このコースで私は十数回、東京―香川県を往復した。瀬戸内海を船で横断したこともある。高松⇔神戸、大阪⇔高松の船旅も数回体験した。高松⇔小豆島は7回。瀬戸内海を横断して大分へ行ったこともある。
 航空機で東京・大阪から九州へ行く時は、窓際に席を取り、瀬戸内海を窓から観察した。瀬戸内海の地図は頭の中にしっかりと記憶されている。
 小豆島、粟島には何回も上陸した。小豆島にはしばらく滞在したこともある。
 瀬戸内海の海と島は美しい。しかし、高度経済成長の時代のなかで瀬戸内海の海と島は犠牲を強いられた。
 今までの不幸な状況下におかれた海と島を復権させようという意欲的な挑戦の一つが「瀬戸内国際芸術祭」である。

蘇る「スモール・イズ・ビューティフル」思想
 第二次世界大戦直後から約25年間の高度経済成長が行き詰まりを見せはじめた時、イギリスの経済学者、E・F・シューマッハー著『スモールイズビューティフル』がベストセラーになったことがある。この時期、注目されたもう一つの文書があった。ローマクラブの報告書『成長の限界』である。ともに「経済中心」から「人間中心」への社会経済運営の基本方向の転換を求めたものであった。
 しかし、この直後に起こったサッチャー革命、レーガン革命の新自由主義の大波に押しつぶされてしまった。世界は弱肉強食主義が罷り通る時代になり、今日に至っている。
 しかし、『スモールイズビューティフル』の人間中心主義の思想は消滅することはなかった。細々ではあるが生き続けてきた。そして、いま、復活しつつある。
 人間、自然を重視する新しい波が瀬戸内海から起こってきている。これが「瀬戸内国際芸術祭」である。海と島の復権が始まったのである。

(月刊『時評』2019年1月号掲載)

(扉写真:kiyo032672によるPixabayからの画像)

森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。
森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。