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【森信茂樹・霞が関の核心】安藤久佳(経産事務次官)

グリーン&デジタルは、世界共通の大成長戦略

昭和35年4月24日生まれ、愛知県出身。東京大学法学部卒業。58年通産省入省、平成20年経済産業省経済産業政策局経済産業政策課長、大臣官房総務課長、21年内閣総理大臣秘書官、22年資源エネルギー庁資源・燃料部長、25年関東経済産業局長、27年商務情報政策局長、29年中小企業庁長官、令和元年7月より現職。
昭和35年4月24日生まれ、愛知県出身。東京大学法学部卒業。58年通産省入省、平成20年経済産業省経済産業政策局経済産業政策課長、大臣官房総務課長、21年内閣総理大臣秘書官、22年資源エネルギー庁資源・燃料部長、25年関東経済産業局長、27年商務情報政策局長、29年中小企業庁長官、令和元年7月より現職。

デジタルの推進とカーボンニュートラルの実現、この二つは今後の日本社会の在りようを占う大きなテーマだ。しかも、安藤次官の解説によるとそれぞれ個別独立した問題ではなく、実は極めて親和性が高く、デジタルで覇権を握れば脱炭素でも世界をリードできるという。そのためにも産業界からの思い切った投資が不可欠だという安藤次官の言葉に耳を傾けたい。

経済産業事務次官
安藤 久佳

社会を変容させるデジタルの進展

森信 現在、日本のあらゆる分野・領域で進展しているのがDXことデジタル・トランスフォーメーションです。一方で、これまで、わが国経済のデジタル化が遅れ、今般の新型コロナウイルス感染対策でも広く認識されたように、〝デジタル敗戦〟とも指摘されております。このようなデジタル化の遅れについて次官はどのように展望されておられますか。

安藤 〝デジタル敗戦〟という指摘の背景にあるのは、むしろコロナ禍以前からの、エレクトロニクス産業凋落に始まる日本の停滞に対する認識ではないかと思われます。ことに、今後はデジタルがすべての産業、社会生活、家庭等々における基幹インフラとなることは間違いなく、モノづくりの現場や流通、エネルギー、教育現場などあらゆる社会機能がデジタルで統御される、そういう時代が確実に到来します。

森信 エネルギーのデジタル化、というとどのようなイメージでしょう。

安藤 例として電力を挙げてみましょう。従来は各種発電所など大型の電源施設が必要とされてきましたが、おそらくは今後、2050年カーボンニュートラル実現を目指すという潮流の中で、再生可能エネルギーを最大限導入していく方向になると思います。そうなるとかなり分散型の、しかもその時その場の気象状況等も含めて変動幅が大きい、ある種フラジャイルなエネルギーの比重が高まることになります。従って安定供給を図るためには、場合によっては一挙に出力を上げられるよう発電機能も具備する巨大な蓄電所が求められます。さらに、その出力を瞬時に統合制御するようなシステムもまた不可欠です。

となると、言わばバーチャル発電所、あるいはバーチャル発電変電機能へと進化していくことが想定されますが、現実的にこれらバーチャルを統御するにはそれこそ膨大な量の情報処理が必要となります。必然として、従来型の電力会社のイメージが大きく変容し、巨大なデータ管理とデータセンターを併せ持つような組織体に移行していくのではないかと思われます。電力需要とデータ処理が一体化した世界です。デジタル化というのはまさにそうした進展を指すわけですし、脱炭素化の流れが強まる以上、デジタル化による変化もそれに合わせて加速化していくことでしょう。

森信 なるほど、環境対応が進むほどにデジタル化も進んでいくと。

安藤 雨量・風況などの細かな気象情報をAIで予測し、それに合わせて出力を統御するといった未来が現実になった時、これまでとは全く異なるエネルギー供給の風景が出現すると思われます。各家庭の電力使用量も需要に合わせて最適供給量をフィットさせていく、等々の近未来社会が到来するのではないでしょうか。エネルギー分野にとどまらず、あらゆる社会・産業分野で日常生活を大きく変え得る変化を、デジタル化はもたらすと考えられます。

森信 デジタルというインフラを進めるためには、周辺各機能の整備も必要ですね。

安藤 はい、インフラを担う産業群、その産業群が運営していくインフラ周りの機能、それら双方の進展も欠かせません。例えば5Gやデータセンターなどですし、その中に搭載されるのが、さまざまな種類の半導体、ということになります。従って現在、生産拠点の誘致合戦が激化するなど世界が半導体を巡ってしのぎを削っているこの状況は、取りも直さず、これから国家の活動を支える機能が半導体にかかっているということの証左にほかなりません。

半導体の失敗を糧に積極的な投資を

森信 その半導体についてですが、かつて日本は半導体を主力産業としていた時期があったにもかかわらず、今、後退しているのはなぜなのでしょう。

安藤 政策的な面も含めてさまざまな理由の積み重ね、と表現するのが適切だと思われます。例えば、かつて日本企業が半導体部門を切り離さざるを得なくなった時に、その受け皿となる国内企業がなかなか現れなかったこともその一因です。

森信 つまり、半導体事業にリスクを取って出資し、事業を展開したいという企業がわが国にはなかったということですね。

安藤 日本国内に既存の製造拠点がある、という大きなアドバンテージを有するにもかかわらず、名乗りを上げる国内企業がほとんどありませんでした。

森信 1998年、長銀こと日本長期信用銀行が破綻した時に、買い手が現れなかったという構図と同じですね。

安藤 しかし例えば半導体メモリー自体は、今後のIoT時代において需要がほぼ無限にあるわけですので、半導体産業の後退が非常に惜しまれるのは確かです。

森信 産業界は、維持する手立てを講じることはできなかったのでしょうか。

安藤 それ以前にも半導体事業が撤退していった経験に対する産業界全体のトラウマが拭いきれず、そしてリスクを取るのをなるべく回避するという日本産業界の特性が影響したのだと思います。しかしそれは世界の企業にとっても同じ条件のはずなのですが、各国企業は日本の半導体事業を自社の経営傘下に収めるべく苛烈な競争を展開しました。その彼我の差が今日の差になっているのかもしれません。

森信 その日本産業界を覆う特性は、冒頭のデジタル敗戦にも通じるものがありますね。

安藤 信頼性に関する議論はありますが、いずれにしろファーウェイが5G時代の担い手として確固たる地位を築いているのは、製品の質と価格の対比において優れているからだと認めざるを得ません。同社はまさに売り上げの15%などという大変な額を、しかも継続的に、研究開発に投資します。研究開発投資とはすなわち、人への投資にほかなりません。国家資本主義的な政府の関与はもちろんあるかもしれませんが、私はそれがファーウェイ躍進の全てだとは思えません。背景を検証すると、やはり経営陣が大胆にリスクを取れるか、人に対し潤沢に投資できるか、強烈なハングリー精神を維持しているか、社内の競争環境を整備しているか等々の点が明確に表れてきます。

前述の、デジタル産業群とそれらが手掛けるインフラ、さらに基盤となる半導体は全て企業が主体となるものです。従って今後、日本におけるデジタル産業群の成長においては、企業の経営者が社運をかけた投資をできるかどうかにかかっていると思います。むろんわれわれ行政も、これまでの常識にとらわれず政策的な支援を行っていきたいと考えています。

森信 ご指摘の点、私が経済産業省企業行動課と行っている研究会でも同様の課題提起がありました。日本の産業界が競争力を失っている主因の一つは、無形資産、つまり人に対する投資が脆弱であると認識されています。人への投資を政策的に支援していくことの重要性は認識されていますが、税制などでどう支援すればよいのか必ずしも明らかではありません。わが国の文化や社会構造の問題もからみ、大変むつかしい問題です。

安藤 最終的には経営者の心構えや気合など、メンタル面での議論に落ち着いてしまいがちですので、われわれとしては今後できるだけエビデンスに基づいた具体的な政策手段に落とし込んでいきたいと考えています。

森信 その点、最近は産官学連携のオープン・イノベーションなどに対し税制優遇が措置されていますので、今後は無形資産の投資につながることが期待されますね。

安藤 おっしゃる通りです。われわれとしてももっと政策をブラッシュアップしていかねばなりません。それと同時に、日本の名だたる企業経営者の方々が、デジタルであれグリーンであれ、半導体の二の舞にならないようアクションを起こしてもらうよう期待したいところです。デジタルやグリーンの方向へ世界全体が向かっていくのは確実視されていますので、一歩でも早く先手を打って思い切った投資をしていただきたい。現在、産業界に資金が無いかというと決してそういう状況ではないと思いますから。

森信 そうなんです、企業の資金はだぶついていますからね。

安藤 逆に欧州の経営者はこうした機を見るに敏な経営手法に優れ、例えば世界全体で3000兆円と言われるESG投資も、主体となるのは欧州のグリーンを指向する企業群です。その企業群に重点的に情報が廻っていくような開示ルールや会計基準などを含め、トータルで構築を図るわけですから。

森信 そしてカーボンニュートラルも、大きな政策的テーマになるということですね(……続きはログイン後)

(聞き手)森信茂樹氏
(聞き手)森信茂樹氏

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