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【森信茂樹・霞が関の核心】枝元 真徹(農林水産事務次官)

「みどりの食料システム戦略」推進

(資料:農林水産省)
(資料:農林水産省)

森信 政府は2050年カーボンニュートラル実現を打ち出し、各種政策に気候変動対応の要素を取り入れています。この点、農林水産省ではどのような政策を打っておられるのでしょうか。

枝元 温暖化を中心とする気候変動問題は、まさしく待ったなしの状況だと認識しています。特に農林水産業は農地や森林、海洋など自然資本を相手にしていることから、気候変動のさまざまな影響を受けているのは確かで、温度によっては従来の作物が今後作れなくなる恐れさえ指摘されています。他方で農地や森林はCO2を吸収するという重要な機能を有し、農林水産業はCO2の排出と吸収の両方を併せ持つ唯一の産業とも言われています。

 このような特性を背景に、農林水産省では現在「みどりの食料システム戦略」を推進しています。これは政府全体の2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略にも位置付けられています。

森信 同戦略のあらましをお願いします。

枝元 ポイントは、生産だけでなく調達から加工・流通、消費に至るまで一連の流れを一つの食料システムとして捉え、その各段階でカーボンニュートラルを目指し、行動変容を図る点にあります。全プロセスの一部だけで対応していても限界があります。同戦略では、2050年に向けて、農林水産業のCO2ゼロエミッション化を実現する、化学農薬をリスク換算で50%、化学肥料を30%削減する、地産地消型のエネルギーシステムを構築する、有機農業の取組面積を日本の耕地面積の25%に高めるなど、意欲的な目標を掲げ、それぞれ実現へ向け着手しています。

森信 再生可能エネルギーとしてバイオマスなども注目されていますね。

枝元 地域によっては、バイオマスの利用率を高めて発電設備等を上手く稼働させているところも出てきました。むろんまだ、地域の売電状況との関係で思うように広がらないなど課題も少なくありません。ただ、肥料などは現在ほぼ全て輸入に頼っていますので、こうした農業生産を構成する要素をできるだけ地域の資源で賄っていくという発想は非常に大事です。

 その点でバイオマスなどは、将来的に大きな可能性を秘めていると思います。例えば、コストはひとまず置いておくとしても、技術的には家畜ふん尿から電気や熱、さらには肥料の原料も分離できるので、これら地域の資源を活用することで購入に充てていたコストを内部化できるでしょう。さらに環境面での付加価値も消費者に対してアピールできれば、これから増えていくと想定されるESG投資なども、農業や林業、水産業に取り込んでいける可能性が高まります。こうした大きな好循環を形成することを目指しています。

スマート農業は多角的な切り札に

森信 担い手の問題はいかがですか。若者層は概して環境への関心が高いと言われますが、農業に新規参入する人材の確保は実際のところどうなのでしょう。

枝元 まず、農業人口全体は高齢化の進展とともに確かに減少しています。ただ、新規就農者も年間約2万人単位で増えているなど明るい兆しも見えていますので、問題は地域や作物によって偏在が見られるということです。

森信 どのような作物が伸びていますか。

枝元 端的に申せば所得の上がる作物ですね。

森信 そういえば、北海道ではホタテ漁で漁師の所得が年間数千万円と言われたり、畜産でも高所得が見込める地域があるなど、かなりバラつきがありますね。

枝元 加えて、個々の農家による工夫や改良による成果が多々見られます。青森県のあるコメ農家の方は、平地でスマート農業を進め低コスト・効率的なコメ作りを実現する一方、機械の導入が難しい中山間地域で、付加価値の高い有機農法のコメを育てて大きな収益を上げています。とはいえ、こうした成功例はごく一部にとどまり、例えば、多くの中山間地域で使えるスマート農機については、まだまだ開発の余地があり、こうした地域で多くの耕作放棄地が発生しているのが現実です。

森信 そうした成功例などを集め、農林水産省として発信を?

枝元 はい、啓発活動は積極的に実施しています。

森信 農業のスマート化によって、高齢生産者の負担を軽減したり、また若者の参入を促すことも期待されますね。

枝元 そうですね、スマート農業は色々な意味で切り札になり得ると思います。スマート農業に先駆的に取り組んでいる農業法人には、工学部や理学部出身の若者が就職する傾向も出てくるなど、人材確保の面で幅が広がりつつあります。

 現場においても、最近ではドローンで農薬を撒くのもだいぶ一般的になりつつありますが、農家で一台ずつドローンを保有するのではなく、地域の農協がドローンを揃え、若い職員の方が各農地でドローンを操り農薬を散布する、といった支援サービスも見られるようになりました。また農業生産に関する各種データに対して、まさにいろいろな分野の方が分析に参画し、収量の増加や品質の向上につなげる動きが出始めています。

森信 効率化の良い例が各地で生まれつつあると。

枝元 スマート農業を進めることによって、明らかに労働時間が減少し、生じた時間を販売への注力に振り向けて所得が上がったという例も聞いています。こうしたモデルを全国182地区で進めていますが、着実に効果が出ています。

森信 スマート化を進める上での課題としては。

枝元 機械によってはかなり高額で、個人ではコストがかかることなどが挙げられます。それに対しては前述の通り農協などの支援サービスを通じて個々の農家で所有しなくても済むようにすること、また機器を扱える若い人材を確保することが求められます。人材については現在、農業高校や農業大学でもスマート農業のカリキュラムを設けていただいており、今後農業を志す若者たちにとってはスマート農業がごく当たり前、という状況へ環境整備していくことが大事だと思っています。

(資料:農林水産省)
(資料:農林水産省)

「品目団体」を認定する仕組みの創設

森信 21年末に、農林水産物・食品の海外輸出額年間1兆円を無事達成されましたね。達成の原因は主にどのような点にあるとお考えですか。

枝元 生産者はもとより、流通や貿易など各関係者が地道な努力を積み重ねてきたことが結実したと考えています。いよいよ1兆円到達が見えてきたころにコロナが発生し、現地の和食レストランなどが相次いで休業を余儀なくされたので達成が危ぶまれたのですが、この点は食品事業者がいち早く海外の巣ごもり需要に対応したため、従来からの日本の農産物・食品の品質や安全性の評価も加わり、コロナ禍でも輸出が堅調を維持したのが大きな要因です。

森信 どのように海外の需要に対応したのでしょう。

枝元 例えば和牛では、米国に建設した加工工場を活用し、巣ごもり需要拡大を背景に業務用だけでなく家庭用にも需要の裾野を広げるべく、スライスして販売するなど、事業者さんは現地の需要の変化に上手く対応していきました。そのベースには、日本の食品に対する海外市場での高い評価があると言えるでしょう。結果、世界がコロナに見舞われた20年でも、わずかではありますが輸出額は伸びました。それにより昨年21年では無事、1兆円を突破したという次第です。

森信 輸出に関する次の目標としては?

枝元 2025年2兆円、30年5兆円を目指しています。5兆円と聞くと、目標の高さに驚かれる向きもあるのですが、あながち困難な数値ではありません。そもそも生鮮と加工を合わせ食品関連産業の生産額が約50兆円に上り、その1割を輸出で確保しよう、ということですから目標としては現実的な範囲です。海外でも、対外輸出額が自国の食品産業の1~2割を占める国はそれほど珍しくありません。

 むしろ日本ではこれまで、国内需要が中心だったため、需要や消費に関する各種仕組みが国内中心の仕様になっていました。この点、次期通常国会において、オールジャパンとして品目ごとに強みを発揮させるような仕組みへ、法律改正を図りたいと考えています。

(資料:農林水産省)
(資料:農林水産省)

森信 具体的にはどのような仕組みでしょう。

枝元 「品目団体」という、生産から販売までの関係者が一体となって輸出に取り組む団体を認定する仕組みを新たにつくり、国全体として一つの品目を海外に売り出す体制を強化します。各国では既に一般的な仕組みで、例えばノルウェーと言えばサーモンを日本でも誰もがイメージできるのと同様、日本のリンゴなどが、海外市場ですぐイメージされるようブランドの確立を図ります。また、今でも地方の空港や港湾に冷蔵設備が乏しいことから、国交省と連携して関連施設を設けることなどにも取り組む必要があると考えています。海外の需要はまだ掘り起こせるので、融資や税制も含めて総合的に輸出を促進する体制を整備していきます。

森信 現下のように経済活動が縮小する中で、輸出を伸ばせるほど競争力が高いとは大変頼もしい話ですね。品目としてはどのようなものが?

枝元 果物、肉類などさまざまです。ただその中で、コメはまだ伸びが今一つですので、これは工夫の余地が残されています。

森信 確かにコメが輸出品目として確立できれば、大変助かりますね。

枝元 米菓や日本酒などコメ加工品は伸びているのですが、コメそのものや麦などの穀物は、大量の流通には対応できていない状況です。しかし、前段でも申し上げましたが、輸出を活性化させていかないと食料安全保障にも関わりますので、ここは一丸となって取り組まねばなりません。

森信 最近、農林水産省さんの対外発信は各方面で大いに注目されていますね。YouTubeなどでも話題になっているとか。

枝元 はい、若手職員が主体となって企画・撮影・編集する省公式のYouTubeチャンネル「BUZZ MAFF(バズマフ)」はおかげさまで多くの視聴者に人気を博しています。

 また農林水産省では、21年度より、食料・農業・農村基本計画に基づき、食と農のつながりの深化に着目した新たな国民運動「食から日本を考える。ニッポンフードシフト」を実施しているのですが、その一環として先ごろ吉本興業とコラボし、「よしもともニッポンフードシフト」と題して、「食」にまつわるコンビ名を付けた多くの「食」芸人の方々に、さまざまなイベントやキャンペーンを行ってもらい、その活動を通じて、農業や農村に対する国民の皆さまの意識や興味を喚起し生産者と消費者をつなげる活動を展開しています。

森信 次官は週末、どんな気分転換をされているのでしょう。

枝元 十数年前から漢詩を嗜んでおり、月に一度、日本の漢詩界の第一人者である石川忠久先生の講義に参加して、いろいろなテーマをもとに詠んだり作ったり、また発表などもしています。

森信 本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

 枝元次官から、筆者にはなじみの薄い農林水産省の業務内容やかかえている課題を、とつとつと、大変わかりやすく、かみ砕きながら教えていただいた。次官の実直な人格がにじみ出るようなインタビューであった。農林水産物・食品の輸出が1兆円という政府の目標を達成したことについて語られる際には、大変うれしそうに力を込めて説明されたことが印象的であった。今後のますますのご活躍を期待したい。