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【森信茂樹・霞が関の核心】髙嶋 智光氏(法務事務次官)

コレワークの活用で社会復帰を促進

(資料:法務省)
(資料:法務省)

森信 性犯罪をはじめ再犯率が高い犯罪の場合はどのような対応を?

髙嶋 性犯罪に関しては従前より再犯防止プログラムを実施しております。受刑者が犯した罪や問題性に応じて、服役中だけでなく、仮釈放中も再犯防止プログラムをしっかり受けることになります。他には薬物など、類型に応じてさまざまな再犯防止プログラムを設けています。ただ、満期釈放後は法律上、何かを強制することが出来なくなりますので、やはり服役中もしくは仮釈放中の対応が重要になります。

森信 外国では性犯罪者など出所した後もGPSを埋蔵させて、行動をチェックしたりするそうですが、日本では。

髙嶋 確かに米国では、GPSを付けて監視できるようにしている州もありますが、日本における現状としては、そうした行動のチェックは簡単ではない面があります。

森信 暴力団など反社会的勢力に属した場合、刑期を終えて出所しても社会から前科者等の視線で見られ、社会復帰がままならないという説も聞きますが、実際のところは。  

髙嶋 これは暴力団の構成員に限らず、一度罪を犯して服役した人は、釈放後の就労先が見つからないなど大変な思いをされていることが多く、就労の確保に向けた支援が必要とされています。暴力団構成員については、古巣の組織と完全に関係性を断ち切るよう、改善指導等による働き掛けを関係機関と連携を図りながら実施しています。

 また、矯正就労支援情報センター室、通称〝コレワーク〟を全国8カ所に設置し、受刑者等の求職ニーズと出所者等の雇用を希望する事業主の求人ニーズをマッチングする活動も行っています。これにより今春までに1060件の矯正施設在所中の内定につなげました。

 法務省では現在、出所後2年以内の再入率を16%に抑えるという目標を立てており、現状ではこれを達成できている状況ではあるのですが、さらなる低下に向けた取り組みが求められています。犯罪数の減少とともに初犯者の割合も下がっているので相対的に再犯者の割合が高くなる、従って再入率の低下は、これからより難しくなるかもしれません。やはり仕事と住むところを丁寧に探していく、斡旋するという作業に取り組むのが大事であろうと思われます。本省の20階に再犯防止推進室を設けており、関係局から人を集め、ヨコの連携を取りながら進めていく体制を取っています。私も以前は同室で担当を務めておりました。

補完的保護対象者の新設を

森信 入国管理法の改正に向けた動きも大きなトピックですね。

髙嶋 昨年2月、通常国会に法案を提出したら、その直後の3月に被収容者が死亡するという事故が発生したため、法務委員会で争点の一つとなりました。死亡された方も長期収容だったので、そもそもこうした長期収容を無くしていくための方策も盛り込んだ改正入管法ではあったのですが、死亡の原因に焦点が当たり、法案そのものの議論はなかなか進まず最終的には衆議院の解散もあり、廃案となりました。

 難民認定申請をすると、法律上ではその間は退去強制手続が取れず、最終的に申請が認められなかったとしても、またすぐに申請すればやはり退去強制手続ができない仕組みになっています。従って難民認定申請を繰り返せば本国に送還される可能性が事実上ありません。しかも現在、この種の難民認定申請が増加しているほか、就労を目的に難民認定申請する人も少なくありません。申請を繰り返すことで本国へ送還されず、結果として収容期間が長くなる、長期収容の主な原因はこの点にあります。

 そのため難民認定申請中の者の在留資格に係る運用を見直し、結果として以前に比べて減ってはいるのですが、それでも年間1万件くらいの申請があり、入管審査の現場が非常に疲弊しているのが現状です。もちろん、真に救済すべき難民の方もおりますので、もっと審査のスピードアップをすべきところ、前述のような形だけの申請も多々あるため本来業務に滞りが生じています。しかも送還拒否を目的とした申請は、審査の結果認定されなくてもまたすぐに申請できますので、なかば延々と審査を繰り返すことになります。

森信 前回廃案になった改正法案は、提出し直すのでしょうか。

髙嶋 いずれ出し直します。現場が困っている状況は早く改善しなければなりません。

 入管に関して付言すると、廃案になった改正法案には、補完的保護対象者という新たな概念を導入していました。通常、難民として認定されますと入管法上は定住者として日本での在留資格を取得することになるのですが、そもそも難民として認定されるには、人種、宗教等を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するなどの難民条約上の定義に該当しなければなりません。それに対して例えば今回のロシアによるウクライナ侵攻における紛争避難民は必ずしもこの定義に該当せず、条約上の難民とは認定されません。しかしこれら紛争避難民に対しても、難民と同様に在留資格を与えるべき、という議論が以前からありました。

 そこで改正法案に取り入れたのが、補完的保護対象者の枠組みです。当初は中東などの紛争地域からの避難民を想定していました。彼らは条約の定義上、必ずしも難民に該当しない場合があるので在留特別許可という、大臣の裁量により在留資格を出していますが、実態はほぼ難民と変わりありません。そこで、こうした紛争避難民を対象とする枠組みを設けようという議論が省内で高まり、法案に盛り込むこととなったのです。

特定技能の見直しに向けて

森信 それは非常に重要な法案ですね。廃案になったのが惜しまれます。

髙嶋 本国に帰ってもらうことばかり厳しくするのではなく、在留が必要な人々に日本に居てもらう政策をパッケージで提出したつもりだったのですが、その点に焦点が当たることなく廃案となったのは残念です。が、先ごろ岸田総理から難民に準じた保護の仕組みの創設を盛り込んだ改正法案を求める発言がありましたので、われわれも大いに勇気づけられました。

森信 現在は大臣の裁量で在留特別許可が出されているとのこと、では状況は一様でないにしろ、許可が下りる国と下りない国の差が問題視されそうですね。

髙嶋 そのような問題の指摘があることは承知しています。それ故に裁量ではない法的枠組みの新設が必要なのだと考えています。

森信 ウクライナ問題を機に、日本社会も難民、準難民をより受け入れる方向へ傾いていると思われるので、今後の法案再提出に期待したいところですね。

 一方、政府は外国からの高度人材を積極的に受け入れようとしていますね。

髙嶋 はい、従前から広く受け入れる方針を取っており、その受け入れも入管、すなわち出入国在留管理庁が所管しています。実際にビザを発給するのは外務省所管の在外公館ですが、そこに提出してもらうのは入管が交付する在留資格認定証明書となります。この書類を当該国で受け取って現地の在外公館に提出、ビザの発給を経て日本に来る、という流れになります。

森信 経済的な見地から、この高度人材受け入れをより緩和すべきという声もありますが、その緩和も出入国在留管理庁の所管でしょうか。

髙嶋 そうですね、同庁には霞が関各省庁から、こういう分野のこうした人材の受け入れをもっと広げてほしい、という要望が寄せられています。

森信 技能実習生を安価な労働力として使役する事案も社会問題化しています。

髙嶋 本来の目的である技能実習に取り組む企業がほとんどなのですが、中には悪質な企業があり、労働関係法令違反や人権侵害的行為が行われていることも確かです。これには技能実習法に基づき、厳正に対処すると同時に、こうした人権侵害が起こらないような仕組みの構築が以前から課題とされてきました。そして、2018年には、深刻化する人手不足への対応として、特定技能制度をつくり、現在、技能実習制度と特定技能制度は、見直しの時期に来ています。現実として技能を何も持たない労働者を数多く受け入れることは問題がありますので、一定の技術を有する人材をどのような形で受け入れるのか、両制度の関係を含めてその在り方をどうするのか、という有識者による議論がこれから始まろうとしています。それに先立ち本年年頭から夏にかけて古川禎久前大臣の下、両制度に関する勉強会を開いてきました。その論点整理に目途が立ちましたので、今後は関係閣僚会議の下に専門家による有識者会議を設置していく方向になると思います。

相続登記は大切、という意識の醸成を

森信 これも以前から解決が求められている所有者不明土地問題についてお聞きします。登記情報によっても所有者が判明しなかったり、判明しても連絡がつかず、放置されている土地が増えて、法制審でも問題になりました。これについては先ごろ、相続登記等の申請の義務付けと違反した場合には過料を科すという法改正が為されましたが、それを踏まえた上で今後の論点や展望はどのようなものでしょう。

髙嶋 ポイントは所有者不明土地が生じていること自体より、所有者不明土地の存在が新たな土地の有効活用を阻んでいる、という点です。一つの方策としてご指摘の相続登記等の申請の義務付けも行いましたが、過料を設けて義務付けしたからといって、それで皆が必ずしも登記を行うとは言い切れません。従って、自発的に相続登記をしていただくことが大事なのです、という広報・啓発活動に力を入れたり、ナッジ(相手により良い選択を気分よく選べるように促すこと)の要素を取り入れるなどの工夫が求められます。制度整備はもちろんですが、所有者不明土地を作らない、という意識の醸成や環境整備が重要だと思います。それには相続当事者だけでなく、司法書士や各種の民間事業者など、関係者が連携しながら新たな手段・仕組みの構築を検討することも必要かもしれません。新たな制度を設けましたので、これからは運用が問われることになるでしょう。

森信 次官は主に検事として過ごされてきましたが、経済学部のご卒業とか。学生時代は法律ではなく経済の勉強を?

髙嶋 私は、もともと理系の人間でして。将来は核融合の研究をしたいと志を有していたのですが、諸事情により検事の道を進むこととなりました。それ故今でも核融合に対しては、別れた恋人に対する未練のようなものがあります。

森信 今でも週末など余暇の時間にその方面の研究を?

髙嶋 いえ、全くできていないのが現状でして。あの時、研究者の道に進んでいたら核融合はもっと早く実現できていたはず、とは申しませんが(笑)、それでも原子力全般に社会の逆風が吹き、私がその道に進んでいたら何らかの貢献ができたのでは、と思うこともあります。ですので、今でも人と予算を原子力工学に付けてもらうよう願ってやみません。実は核融合は、今の原子力発電の基盤となる核分裂とは全く仕組みが違っていて、かなり安全なのです。原発のように連鎖反応を利用していないので、異常を検知した段階で燃料を止めればすぐに収束しますから。ただ、今でも技術的に炉を製造するのが難しく、これをクリアするべく世界の研究者が傾注しています。

森信 京都大学の研究所で、あと15~20年後に実用化するとの報道を目にしましたが。

髙嶋 フランスと連携して共同開発しているそうですね。現下のようにエネルギーがひっ迫すると、ますます罪の意識が募るこのごろです、身の捧げ方が違っていたのではないかと・・・(笑)。

森信 本日はありがとうございました。
                                                    

インタビューの後で

 髙嶋次官は、さまざまな課題について、実に懇切丁寧にご説明いただいた。誠実さのあふれる対談であった。最後に、理科系志望であったとわかり、納得した。法務省の検事で偉くなった方をいろいろ存じ上げているが、皆さん、気さくで淡々とされており、世でいう検事のイメージとは大層異なることもあらためての発見であった。ご健闘をお祈りしたい。
                                               (月刊『時評』2022年10月号掲載)



もりのぶ・しげき 法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年中央大学法科大学院教授。東京財団政策研究所研究主幹。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。

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