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【森信茂樹・霞が関の核心】『競争の番人』公正取引委員会委員長 古谷 一之氏

公正で自由な競争を求めて守備範囲を拡大

ふるや かずゆき/昭和30年5月16日生まれ、長崎県出身。東京大学法学部卒業。53年大蔵省入省、平成10年大蔵大臣秘書官、13年財務大臣秘書官、財務省主税局税制第二課長、14年税制第一課長、15年総務課長、17年米・コロンビア大学客員研究員、18年財務省大臣官房審議官(主税局担当)、21年主税局長、24年国税庁長官、25年内閣官房副長官補(内政担当)、令和2年9月より現職。
ふるや かずゆき/昭和30年5月16日生まれ、長崎県出身。東京大学法学部卒業。53年大蔵省入省、平成10年大蔵大臣秘書官、13年財務大臣秘書官、財務省主税局税制第二課長、14年税制第一課長、15年総務課長、17年米・コロンビア大学客員研究員、18年財務省大臣官房審議官(主税局担当)、21年主税局長、24年国税庁長官、25年内閣官房副長官補(内政担当)、令和2年9月より現職。

 公取委こと公正取引委員会の活動は年々、その守備範囲を広げ、新しい経済・社会の動きに積極的にかかわっている。国際的な巨大デジタルプラットフォーマーを前に、自由な競争と公正な市場を確保するため、新たな課題に対峙するなど、「競争の番人」たる公取委に求められる役割はますます複雑化の一途をたどる。その最新動向について、古谷一之委員長に解説してもらった。


競争政策の動向

森信 公正取引委員会は、この夏放送の民放テレビドラマの舞台として話題となるなど、注目を集めているようですね。ドラマでは、不当廉売についての解説もあり、これまで知られていなかった公取委の仕事が、多くの人に認知されるきっかけになったのではないでしょうか。

古谷 そうですね。テレビドラマで公取委が取り上げられたのは初めてだそうで、ドラマの内容も、エンターテインメントとしては評判もよく成功したようですね。ご指摘の通り公取委は霞が関の官庁の中でも、これまでその仕事が詳しく紹介される機会もそれほどなかったと思いますので、ドラマを通じ公取委への認知度が上がったのは大変ありがたかったと思います。

森信 国民生活のあらゆる場面で公取委が関わっていることが、知られるようになっただけでも大きな効果ですね。まず最近の競争政策の動向からお伺いできますか。

古谷 私は委員長に就任して2年になりますが、競争政策をめぐり国際的にも大変動きの激しい、論争的な局面で、この役目に就かせてもらっていることを実感しています。経済・社会が大きく変化する中で、競争政策への期待が増大している。言い方を変えると、競争政策の守備範囲が拡大している。そうした中でデジタル分野での新しい規制の模索があったり、関係する政策分野と協働する場面が増えていたり、ということではないかと思っています。

森信 少し具体的に紹介していただけますか。

古谷 公正取引委員会は、杉本前委員長の頃からここ数年、デジタル経済の進展や働き方の多様化などの新しい経済社会の動きに競争政策サイドから積極的に関わって、守備範囲を広げていまして、独占禁止法を厳正に執行する「取締り官庁」としてだけでなく、さまざまな規制や制度の見直し、新たなルールメイクに関して提言するなど、関係省庁と連携して競争政策を進める「政策官庁」としての役割も担うようになってきています。

森信 その背景や原因としてはどのような点が。

古谷 グローバル化やデジタル化の進展により、社会の分断や格差の拡大、ビッグテックなどの大企業への市場支配力の集中、環境危機など世界中で大きな変化が起きています。そうした中で、競争法や競争政策の在り方をめぐっても、各国それぞれに大きな変動が始まっている。特徴的なのは、競争法の母国であるアメリカのバイデン政権下での動きですが、競争政策の役割を、これまでのように資源配分の効率性や「消費者厚生」だけでなく、格差拡大の是正や民主主義の維持などの、社会や政治の課題解決も含めて多様な価値へ貢献するんだ、と考えようという動きがあります。

森信 反トラスト法を専門とするリナ・カーン連邦取引委員会委員長の主張がまさにそうした点ですね。

古谷 はい、彼女は私のカウンターパートですが、「新ブランダイス派」と言われていて、反独占の歴史から見ると先祖返りみたいな面もありますし、競争政策に荷物を持たせすぎているようにも思いますが、競争を通じてそのメリットが広くさまざまな市場参加者に享受される必要があるという、「公正な市場」という考え方がより強調されるような歴史的な状況が国際的にも生じているということかもしれません。

成長だけでなく分配についても競争政策で貢献

森信 なるほど、競争政策が関わる範囲が広がってきたということですね。

古谷 公正取引委員会は、人口減少や高齢化という課題に直面する日本経済の成長を維持し、社会の活力を保っていくためには、活発なイノベーションを生む公正で自由な競争環境を確保することが不可欠だという、「競争無くして成長なし」の考え方の下に、さまざまな経済社会の課題に積極的に関わってきていますが、一方で、今申し上げたように、格差問題や環境問題を背景に世界的に持続可能性やインクルーシブ(包摂的)な成長、繫栄が課題になる中で、岸田政権でも、「新しい資本主義」で「成長と分配の好循環」による適切な「分配」が経済成長の原動力になるという考え方が打ち出され、市場に任せず官民が協調して好循環を実現するという政策の方向が示されています。私は、この点に関して、成長だけでなく適切な分配の実現のためにも、競争政策の役割はあると思っています。「分配」という場合、政府の役割としては社会保障制度や税制を通じた再分配が中心でしょうが、再分配の前に、取引の適切な対価とか良質な雇用など市場で実現する分配の適正化のために、公正な競争を確保する競争政策が担える部分は小さくない。それによって経済のパイが拡大し付加価値の分配が適切に行われるという好循環がうまく機能すれば、社会保障等の再分配政策にかかる負荷も小さくて済むという関係にもなり得るのではないかと思っています。

 そういう考え方の下で、イノベーションや新規参入を阻害しないようにビッグテックのデジタルプラットフォームなどの競争上の問題に対処するだけでなく、適正な値決めや価格転嫁などを可能とする取引環境の整備や、フリーランスとして働く環境の整備もそうですが、中小企業や労働者などサプライチェーンを構成するすべての市場参加者が競争のメリットを享受できるような垂直的な競争環境の整備も必要なのだと考えています。

アドボカシー活動の展開

森信 委員長の指摘は「一次分配」が重要だということですね。公取委が多くの社会事象に関わるよう求められ、またその要請に応えている、ということが分かりました。公取委が「政策官庁」にもなってきたと言われた点をご説明いただけますか。規制緩和的な意味において、現行の規制が今の実態に合っていないのではないかと提言することもあるのですか。

古谷 公正取引委員会は、独占禁止法の厳正な執行によりカルテルや談合などの違反行為を取り締まるとともに、競争環境を整備するための政策面でのさまざまな取り組みを行っています。この競争政策面の活動は、アドボカシー(競争唱導)と呼んでいます。耳慣れない言葉で恐縮ですが、この6月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」などの政府文書の中でも、「競争政策の強化」の重要性が謳われ、「取引慣行の改善や規制の見直しを提言する競争当局のアドボカシー機能を強化する」との方針が示されており、競争政策の強化の必要性は、政府全体の共通理解ともなっていると思います。具体的には、経済社会のさまざまな分野で実態調査を行って、独占禁止法上の問題点や競争政策上の考え方を明らかにすることにより、事業者の取引慣行の見直しやコンプライアンスの向上を促すとともに、関係省庁の規制や制度、政策の見直しを提言し、競争促進的な方向での見直しにつなげてきています。私自身、実態調査の件数や対象分野の多様さを、委員長に就任して初めて知って驚きました。(資料掲載:公正取引委員会が実施した実態調査)

森信 これらの実態調査は、消費者の立場に立った見地からのものでしょうか。

古谷 消費者保護は消費者庁の所管ですので、公正取引委員会は、フェアな競争確保の観点から実態調査などを行いますが、消費者政策と連携する場面も少なくありません。

森信 どのような調査、提言内容か例を挙げていただければ。

古谷 この1年では、例えば、今年4月に取りまとめた「クレジットカードの取引に関する実態調査」では、クレジットカード会社間のインターチェンジフィー(加盟店契約会社がカード発行会社に支払う売上交換手数料)を透明化すべき、との提言を行いました。この提言後、国際ブランド3社がインターチェンジフィーの標準料率を公開する方針を発表しましたので、これにより加盟店手数料の引き下げ交渉がやりやすくなり、ひいてはキャッシュレス決済の広がりにもつながることを期待しています。

 2月の「官公庁における情報システム調達に関する実態調査」では、ベンダーロックイン(特定ベンダーの独自技術に大きく依存した場合、他ベンダーの同種の製品、サービス、システム等への乗り換えが困難になること)の改善などを求めてデジタル庁に提言しました。

 スタートアップのIPO(新規上場・新規公開)における公開価格の設定プロセスに関しても、金融庁や証券会社に対して改善策を提言しました。

森信 公開直後に価格が下がることを防ぐ措置などですね。それも公取委の提言によるものとは知りませんでした。それから、米国では大企業によるスタートアップの吸収・合併が過度に行われ、結果的に独占・寡占が進んでいるという状態を招いています。日本ではこうした米国のような状況は起きていないのでしょうか。

古谷 ご指摘のようなキラーアクイジションの問題は特にデジタル分野で指摘されていますが、日本の場合は、スタートアップの起業加速や成長支援を行いイノベーションを促進することが、まずは優先されるべき政策課題になっていますよね。

(資料提供:公正取引委員会)
(資料提供:公正取引委員会)


もりのぶ・しげき 法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年中央大学法科大学院教授。東京財団政策研究所研究主幹。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。