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特集:ネイチャーポジティブが目指す世界/浜島直子氏

ネイチャーポジティブ経済に 向けた環境省の取り組み

はましま なおこ/神奈川県出身。東京外国語大学英語学科修了。平成15年環境省入省、24年環境大臣秘書課(副大臣秘書官)、25年総合環境政策局環境計画課課長補佐、27年水・大気環境局除染チーム参事官補佐、31年中間貯蔵・環境安全事業㈱BCP処理営業部営業企画課長、令和2年千葉商科大学基盤教育機構准教授等を経て、4年8月より現職。
はましま なおこ/神奈川県出身。東京外国語大学英語学科修了。平成15年環境省入省、24年環境大臣秘書課(副大臣秘書官)、25年総合環境政策局環境計画課課長補佐、27年水・大気環境局除染チーム参事官補佐、31年中間貯蔵・環境安全事業㈱BCP処理営業部営業企画課長、令和2年千葉商科大学基盤教育機構准教授等を経て、4年8月より現職。


 2023年春策定の「生物多様性国家戦略2023-2030」は、ネイチャーポジティブを明記し、自然資本を守り生かす社会経済活動を含めた社会の根本的変革の推進を強調した点で、日本における従来の同戦略とは大きく一線を画している。これを受けて環境省では、ネイチャーポジティブ推進に向け相次いで施策を打ち出し、生物多様性に対する産業界の関心を喚起している。同国家戦略のポイントと進展中の各施策内容について、浜島室長に解説してもらった。


環境省自然環境局自然環境計画課生物多様性主流化室室長
浜島 直子氏




「愛知目標」の反省を教訓として

――2023年3月に閣議決定した「生物多様性国家戦略2023-2030」では、ネイチャーポジティブ(自然再興)の実現が明記されています。新たな概念を導入した点で、従来の「生物多様性国家戦略」とは大きく異なる内容になっていると思われますがいかがでしょう。

浜島 はい、生物多様性国家戦略自体は、生物多様性条約第6条および生物多様性基本法第11条の規定に基づき、生物多様性の保全と持続可能な利用に関する政府全体の目標を定めたものとして1995年に策定され、今回策定した戦略含めこれまで過去5回の見直しを行ってきました。ご指摘の通り、昨春に閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」では、これに先立つ22年12月にカナダ・モントリオールで開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において、30年までの世界目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されたのを受け、各国はそれを踏まえ生物多様性国家戦略を策定・改定することが求められていました。日本が策定した「生物多様性国家戦略2023-2030」は、同枠組を踏まえたものとしては世界に先駆けた国家戦略となります。

(資料:環境省)
(資料:環境省)

――世界目標は前回から約10年後に改定されていますね。

浜島 前回は2010年に「愛知目標」として採択されています。ただこの愛知目標、内容としては2050年までに「自然と共生する世界」を実現することを目指し、20年までに生物多様性の損失を止めるための効果的かつ緊急の行動を実施する、という崇高な理念を掲げてはいるのですが、現在までの間に掲げた目標の達成がどうも芳しくない、言ってしまえばその前から掲げた目標がいずれもはかばかしくない、というのが国際社会の一致した認識でした。

 その理由として、愛知目標までの目標は明確な指標が設定されておらず、目標は掲げつつも具体的に何に向けて、どのくらい頑張るべきなのか分かりにくいという指摘がありました。

――そうすると、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」はそれまでの目標とは一線を画すると。

浜島 はい、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」は「愛知目標」の後継として位置付けられながらも、内容としてはその反省を踏まえ、具体的かつできるだけ定量的な指標を設定している、という特色があります。「自然と共生する世界」を2050年ビジョンとして定め、それを達成するための2030年ミッションとして「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め、反転させるための緊急の行動をとる」べく、計23の目標を列挙しています。

30 by 30の達成に向けて

――では、「生物多様性国家戦略2023-2030」の概要についてお願いします。

浜島 構成としては第1部(戦略)と、第2部(行動計画)から成り、(戦略)では、2030年のネイチャーポジティブの実現に向け、五つの基本戦略を設けました。さらにこの基本戦略ごとに、あるべき姿を掲げた状態目標を15個、成すべき行動である行動目標25個を設定しています。(行動計画)では、25個の行動目標をもとに、関係府省庁の具体的な関連施策を367施策整理しています。

――基本戦略の中で、着目すべき点を挙げていただくとすると。

浜島 例えば基本戦略3における、「ネイチャーポジティブ経済の実現」。これまで自然と経済は対立の構図で捉えられがちでしたが、このたびネイチャーポジティブが経済に組み込まれる形で推進を図る、自然や生物多様性を保全しないと経済自体も成り立たない、との観点で作成しました。

 業種分野によって想起される内容は異なるかもしれませんが、一般論的なイメージとしては官民問わず、従来のネイチャーネガティブに注がれていたマネーの流れを、ネイチャーポジティブに変えていく、という発想です。これまでネイチャーをネガティブなものにしてしまう事業に投資していたものを、ポジティブにする事業に投資していく、そのためにはネイチャーネガティブな製品・サービスよりもネイチャーポジティブなものが売れる経済を実現する、というイメージで捉えてもらえればと思います。

――製薬や林業などの分野では、自然環境や生物多様性と密接に関わるため、ネイチャーポジティブの取り組みにも熱心ではないかとの声があります。

浜島 逆に、例えばパソコンメーカーさんなどは一見、自然との関りが希薄だと多くの人が思われるかもしれません。が、パソコンに不可欠な半導体は製造過程で膨大な水を要します。これは産業界に限らず、そもそも私たち国民の生活においても森林が保全されなければ1滴の水も手に入りません。このように、生活、経済活動いずれにおいても自然環境を守ることで成り立っているのは確かです。

――実際に自然や生物多様性の保全、再興を図る上での数字的目標などはいかがでしょう。

浜島 「生物多様性国家戦略2023-2030」においては、そのポイントの一つとして、「30 by 30目標の達成等の取組により健全な生態系を確保し、自然の恵みを維持回復」と明記しています。30 by 30とは、2030年までに生物多様性の損失を食い止めるとともに、同年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標です。2021年6月の英国コーンウォールサミットにおいてG7で約束されたほか、High Ambition Coalition for Nature & People(HAC)という国のネットワークには100を超える国が加盟し、30 by 30の世界目標化を目指してきました。

 日本では現在、陸域の20・5%、海域の13・3%が国立公園・国定公園等の保護地域で保全の対象となっています。一方、生物多様性保全の観点に立つと、世界の陸生哺乳類種の多くを守るために、既存の保護地域を総面積の33・8%まで拡大する必要があり、逆に日本の保護地域を30%まで拡大できれば生物の絶滅リスクが約3割減少するという研究もあります。日本では22年4月に生物多様性の関係府省庁が連携し、30 by 30目標の国内達成に向けて、OECM(Other Effective areabased Conservation Measures=保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)認定等の必要な取り組みをまとめた「30 by 30ロードマップ」を公表し、企業や自治体とも連携しながらロードマップの達成を図っています。同時に「生物多様性のための30 by 30アライアンス」が設置されました。現在、約630者に加入いただいているのですが、その半分以上が企業や金融機関です。また、国立公園のオフィシャルパートナーシップ制度を設け、多くの企業各位にご協力をいただいています。

(資料:環境省)
(資料:環境省)