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森田浩之「日本から世界を見る、世界から日本を見る」⑫

大混乱の英国情勢

(写真:pixabayより)
(写真:pixabayより)

 今後数年間の地政学的リスクの一つに、ブレグジット(英国のEU離脱)がある。結末は英国とEU(欧州連合)の交渉にかかっているが、国際関係のむずかしいところは、外交には必ず国内政治が絡んでいることである。
 2015年の総選挙で、その時は連立政権だった保守党が単独過半数を獲得する。しかし党内では欧州懐疑派が力を持っており、当時のキャメロン首相は彼らを黙らせるために、政権を維持したらEU残留をかけた国民投票を行うと公約した。
 キャメロンは「EU改革を成し遂げたら、その新EUへの残留の是非を問う」としていたため、2015年から16年初頭にかけて、欧州理事会などにおいて、精力的に英国の権益確保に奔走した。そして少々の譲歩を引き出した2016年2月、同年6月に国民投票を実施すると宣言。しかしキャメロンはその賭けに負け、首相を辞する。
 後任の党首選に数人出馬したが、メイが勝つ。詳説すれば、保守党の党首選は複数が立候補した場合、国会議員だけで二人までに絞り、決選投票は党員に委ねる。今回は議員による投票でメイと別の女性候補が残り、党員選挙に入った直後にその人が辞退したため、無投票でメイに決まった。この経過は、メイが議員においても、党員においても、強い支持基盤を有していないことを示している。
 しかし新首相は、どの国でも初めのうちは人気がある。それも野党との相対的な関係においてである。労働党の党首は社会主義者のジェレミー・コービンで、だれが見ても政権を獲得できそうにない。コービンとその一派によって労働党は左傾化してしまい、鉄道の再国有化を言い始めている。
 とはいえメイは元残留派であり、その上、保守党内で残留派と離脱派が激しく対立し、離脱は決まったものの、離脱後の具体的な道筋については合意できていない。党内のざわつきを鎮めるためにも、メイは全権を掌握するべく、それほど危険とは思われない賭けに出た。それが昨年6月の解散総選挙である。リスクが小さいと見られたのは、保守党の支持率が圧倒的だったのと、労働党の支持率が低迷していたためである。
 結果は保守党の過半数割れで、本来なら首相=党首の責任問題に発展するところだが、2年連続の党首選を嫌う党内の雰囲気に助けられて、なんとか生き残る。問題は過半数を維持するために、北アイルランドの地域政党であるDUP(民主統一党)と閣外連立を組んだことである。
 当座の解任は避けられたものの、党内の信頼は揺らぎ、支持率も急落し、回復の気配はない。嫌われ者とまで言われるありさまで、見るも無残である。政治家の人気は相対的だから、その分、コービン株が急上昇した。
 これは世代なのかもしれないが、われわれのような「中間層を得た党が政権を取る」と教わった者からすれば、最初からコービンが勝てるはずがないと思い込んでいた。「勝てるはずがない」のは、今回の総選挙というよりむしろ、それ以前の2015年の総選挙で敗退した後の労働党党首選のことである。
 労働党の党首選は保守党と異なり、一定数の国会議員の推薦があれば、全候補者が党員・サポーターによる選挙に出馬できる。労働党では、党員は投票の際、複数の候補に順番をつける。「1」を50%得た人がいれば、それで決着だが、そうでない場合は「2」を集計し、それを加えて過半数を超えると党首が選出される。
 2015年の労働党党首選の凄いところは、コービンが「1」を6割も取ったことである。しかし直後、労働党議員によりコービン降ろしが始まる。左傾化した党員には人気があるが、国政に携わる議員の7~8割からは不信任を突きつけられた。
 だから2017年の総選挙で労働党が躍進することなど、だれにも予想できなかった。しかしメイの人望のなさか、政権党への反対票か、またはブレグジットへの不満かは不明だが、コービンは英雄となり、メイは閣外協力を得て政権を維持するものの、敗者のレッテルを張られる。
 これは英国とEUの交渉にも影響する。EUが英国に対して強く出られるためである。党内基盤が弱く、国民に支持されていない政権との交渉ほど、困難なものはなく(交渉結果が国内で覆されるから)、それでいて楽なものはない(国内世論を味方にできていないから、威嚇できる)。
 昨年末の交渉の一つの案件がアイルランドとの国境問題だった。離脱派が国民投票の際に最も強力な武器としたものは移民であり、移民の流入を止めるためにはEUから離脱して国境を封鎖しなければならない。
 しかし1998年の北アイルランド和平交渉で、北(英国)とアイルランド共和国との国境は開放されて、検問所が廃止になった。アイルランド政府は現状維持を主張し、メイ政権の連立パートナーのDUPは国境線の復活を求める。
 今回はDUPが引き下がったが、今後の交渉では再びアイルランド問題が足かせになるだろう。メイは自らの慢心が招いた罠にはまってしまった。(月刊『時評』2018年2月号掲載)

森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。
森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。