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森田浩之「日本から世界を見る、世界から日本を見る」⑮

AI脅威論を問う

(写真:pixabayより)
(写真:pixabayより)

 2014年にオックスフォード大学の哲学者ニック・ボストロムが『スーパーインテリジェンス』(邦訳は日本経済新聞社)という難解な学術書を出したが、テスラとスペースXの設立者イーロン・マスクが発売1ヵ月後に「読む価値あり」とツイッターに投稿し、マイクロソフト創始者のビル・ゲイツが2年後にコンファレンスで推薦すると、世界的現象となる。
 この書はAI(人工知能)が人間を支配する時代が来るかもしれない、ということを説いた作品だが、私はいまでも「アイザック・アシモフ(SF作家)が哲学書を書いたら、こんな本になるだろう」というくらい荒唐無稽な議論としか思えない。しかしこれをビル・ゲイツとイーロン・マスクが評価した以上、その主張を無視するわけにはいかない。
 この本の特徴は、いまでこそ「AIが人間の職を奪うのではないか」「AIが人間の頭脳に取って代わるのではないか」「AIが文明を破壊するのではないか」という大げさな議論がメディアを賑わせているが、それよりも前に、真剣にその可能性について考察したことである。
 おそらくAI脅威論が一般レベルに広がったのは、2016年ではないだろうか。そして最大の貢献者は「ディープ・ラーニング」(DL)というアルゴリズムである。
 簡単に人工知能の歴史を辿ると、元祖は第二次世界大戦でドイツの暗号解読に携わったアラン・チューリングだが、学問として確立されたのは1950年代である。それから数十年間は「知識工学」という考え方がAIの主流であった。これはプログラムとしては「エキスパート・システム」と呼ばれるもので、医者・弁護士・アナリストなど〝専門家〟の判断をコンピューター上で再現することを目的としていた。
 ただ問題は、個々具体的な判定に至る推論をひとつひとつ細かくプログラミングしておかなければならないことである。例えば法律問題で、ある案件の合法性/違法性をコンピューターに問う場合、プログラマーは事前に「こういうケースではこの法が適用される」というように、詳細なルールを書き込んでおかなければならない。
 もうすでに1960年代には、知識工学に対抗する「機械学習」という流派は登場していたが、知識工学の牙城を崩すには至らない。機械学習はその名の通り、機械が人間のように個別の事例から〝学んでいく〟ものである。知識工学に比べてプログラムは簡素で、大量のデータを読み込ませることで機械自身がそこにある共通性などのパターンを発見していくというものである。
 しかし問題は、意味のある関係性を発見するまでには、かなりの量のサンプルをコンピューターにインプットしなければならないが、当時のコンピューターにそれだけの情報処理能力がなかったことである。知識工学におけるルール(プログラム)と機械学習における素材(生データ)では、後者のほうが圧倒的なパワーを必要とする。
 これを解決したのが、コンピューターのメモリ容量と処理速度の飛躍的な進歩である。そして2000年くらいから機械学習が知識工学を凌駕して、AI界で覇権を握るようになった。とはいえ機械学習内部にもいろいろな考え方があって、どれが機械学習の世界を支配するかは、まだ予見できない。しかし現時点で優勢なのがDLである。
 研究者によると、機械学習には「帰納法」「確率論」「進化論」「類推法」「ニューラル・ネットワーク」(NN)という5つの考え方がある(Pedro Domingos, The Master Algorithm)。帰納は観察から理論を導く人間の思考法、確率は不確実な未来を予測する人間の思考法、進化は環境に適応できない生物を淘汰する自然界のプロセス、類推は複数の事象から相同性を見つける人間の思考法をそれぞれモデルにしている。そしてNNは人間の脳のなかでニューロンとシナプスが情報を並列的に処理している状態を模したプログラムであり、DLは多層NNのことだそうである(私には理解不能)。
 1997年にはIBMのディープ・ブルー(DLではない)がチェスの王者ガルリ・カスパロフに勝っているが、AI界の度肝を抜いたのが2016年に囲碁の最強イ・セドルを破ったアルファ碁である。私は囲碁に関しては超ド素人だが、本の解説では、このDLプログラムは人間以上に〝創造的な〟手を打ったとのことである(Max Tegmark, Life 3.0)。
 ただし以上は特定の任務だけを担うAIの話であるから、人間の知能のような汎用的な情報処理能力を備えた「強いAI」は実現されていない。しかしそれでもAI脅威論があるのは、特定の分野については、AIのほうが圧倒的に優れているため、強いAIが具体化したら、AIが人間を超越するかもしれないという不安があるためである。
 私はAIに「目的」や「意志」をプログラムするのは人間だから、空想小説の域を出ないと思っているが、サイバーセキュリティという観点を加味するならば、人類の将来を揺るがす重大事になることは間違いないだろう。(月刊『時評』2018年8月号掲載)

森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。
森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。