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森田浩之「日本から世界を見る、世界から日本を見る」⑥

イデオロギーの再編

(写真:pixabayより)
(写真:pixabayより)

 アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、オーストラリアなど西洋民主主義国の二大政党制は、中道右派と中道左派によって担われてきた。
 両派のイデオロギーを「保守」「リベラル」と名づけ、これを選挙戦略に当てはめると、まず各政党には中核支持層がある。アメリカでは、南部は必ず共和党に投票し、東海岸・西海岸は常に民主党を支持する。これは中絶、同性婚、銃規制、人種、宗教などの倫理問題に関して、南部が保守的で、両海岸がリベラルだからである。
 共和党はイデオロギー的には、本来なら相容れない二つの勢力から成り立っている。既述の保守的な南部と、大都会の富豪・金融界・大企業である。共和党はレーガン時代にこの連立を築いたが、統合イデオロギーが新自由主義、すなわち規制緩和と民営化の小さな政府論であった。
 イデオロギー的には二つは融合しないが、経済政策で自由化を進め、倫理的に保守化するレーガンだからこそ成し遂げられた。この奇妙な呉越同舟は、ブッシュ父子政権に引き継がれるが、それぞれの間に入るビル・クリントン、オバマ両政権も理念的にはかみ合わない支持層の結合に成功した。
 二つの地盤は、既述の両海岸の高学歴インテリ層と、北部工業地帯のワーキングクラスである。民主党は知識層と労働者を中核支持層としてきたが、経済に比重を置くか、倫理を重視するかで、力点のかけ方が変化してきた。
 民主党が中絶、同性婚、銃、人種、宗教などの倫理を前面に押し出すと、所得に関係なく、中絶・同性婚・銃規制を認める人、人種相互の融和を主張する人、宗教より世俗性を大切にする高学歴者が民主党に傾く。
 しかし別の時には、民主党は所得の再分配、失業対策、福祉の充実を訴える。すると工場の海外移転、安い輸入品の流入、移民が奪うことによる職不足で困窮する北部工業地帯の有権者は民主党に向うが、両海岸のインテリ層は政策次第では、共和党に流れる可能性がある。
 クリントンとオバマは個人的な人気を背景に、両海岸の都市住民と工業地帯の労働者の両方を味方につけることができた。同じことはイギリスにも言えて、ロンドンやその他の都会地は労働党の中核支持基盤だが、イングランド中部は圧倒的に保守党寄りである。
 整理すると、西洋民主主義国に共通する保守の支持層は、地方の保守主義者と都市の資本家・経営者である。前者は伝統的な価値観を重視し、後者は新自由主義的な小さな政府を要望する。両方を満足させられれば、保守政権が誕生する。
 リベラルは、倫理面で個人の自由を重視する都会の高学歴知識層と、政府からの経済支援を必要とする(つまり大きな政府を求める)工業地帯のワーキングクラスの両方から支持されると、選挙で勝利できる。
 現在、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアで、このイデオロギー的地図が書き換えられようとしているが、そこでのキーワードが「ポリティカル・コレクトネス」である。これは性・人種差別を示唆する発言を自己規制するリベラルの姿勢である。
 この言葉は保守がリベラルを非難する時に使う蔑称で、リベラルがみずからをそう形容するわけではない。保守が真実を隠ぺいするリベラル・メディアの〝事なかれ主義〟を咎める際に用いられる。
 トランプ現象の原動力はポリティカル・コレクトネスへの執拗な攻撃であった。近年、アメリカでは白人警官が黒人を射殺する事件が相次いだ。これで人種間の緊張が高まったが、表面では黒人への同情が大きくなったものの、白人居住地域では、差別意識が残っている。最大の理由は、悲しいことに一部の人には、犯罪の多くが黒人によるものであるため、黒人全体が犯罪者に見えてしまうことである。
 これは、イスラム教徒によるテロが話題になったため、イスラム教徒全員がテロリストに見えてしまったり、メキシコからの不法移民による犯罪が報道されたため、メキシコ人全員が凶悪犯に見えてしまうのと同じである。
 ニューヨークから発信するマスコミや、権威ある大学の研究者などのインテリ・リベラルは、こういう背景にも関わらず(というより、こういう背景だからこそ)人種による色づけに抵抗するが、南部の保守派と工業地帯の白人労働者には、これは〝偽善〟に映る。
 トランプはこの心情に付け込んで、新しい連合を創り出したが、同じ構図は英国の欧州連合離脱、フランス国民戦線の台頭、イタリアの国民投票否決にも当てはまる。トランプは南部を固めるとともに、ヒラリーが勝つためには不可欠だった工業地帯の有権者を、奪い取ることに成功した。
 世界的な保守化は、従来は経済的な関心から投票先を決めていたワーキングクラスが、価値観に従って大統領や政党を選ぶようになったことに表われている。中道右派がこれに自由主義政策を加えれば、保守常勝時代がやってくる。反対に中道左派は、知識層リベラル以外に地盤がないという危機的な時代を迎えることになる。
(月刊『時評』2017年2月号掲載)

森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。
森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。