お問い合わせはこちら

森田浩之「日本から世界を見る、世界から日本を見る」⑧

選挙で勝つ方法

(写真:pixabayより)
(写真:pixabayより)

 フランス大統領選ディベートとマクロンの勝利は、結末の異なった別のストーリーの再現だった。
テレビ討論史上、最も醜悪と言われたディベートで、ルペンはマクロンをロスチャイルド系の銀行家だから庶民の気持ちがわからないと切り捨て、対するマクロンはルペンは課題を指摘するばかりで、解決策を提示しないと強い調子で反撃した。
 勝者と性別を入れ替えれば、これは半年前の米大統領選の再生だった。アメリカでは、出だしからトランプはクリントンを汚い言葉で愚弄し、自分を大きく見せようとした。
 選挙運動当初はポジティブなメッセージを発していたクリントンも、トランプの術中にはまって、討論会だけでなく、支持者を集めた演説会でも、トランプ攻撃に終始した。
 米大統領選は素手で殴り合うストリート・ファイトのようで、アルファ・メイル(ボスザル)度でまさったトランプが保守層の心をつかむのに成功した。
 トランプもルペンも、失業者や、炭鉱・鉄鋼・自動車などの大規模産業が破綻したために荒廃したラストベルト(錆び地帯)に対して、「あなたたちの苦境は移民・大企業・自由貿易が引き起こした。私がこれらを退治すれば、あなたに職が戻ってくる」という幻想を植えつけ続けた。
さらにトランプもルペンも、それぞれの政敵を、金融界から恩恵を受けるエリートで、大衆の苦しみを理解できないお高くとまった既存の支配階級と批判した。マクロンはエリート校の国立行政学院出身であり、クリントンは国務長官退任後に銀行主催の講演で巨額の報酬を得ていた。
 つまりトランプとルペンは、クリントン、マクロンを、問題を解決するどころか、彼らこそ問題の本質であると示そうとした。実際トランプと同様、TPPには反対だったが、クリントンはグローバリゼーション自体は否定せず、移民も歓迎していた。
 またマクロンは中小企業の再興に力を尽くすと公約したが、大企業がもたらす恩恵についてはむしろ支持する立場であった。
 5月3日のディベートで、あまり話題にならなかったが意外に重要だったのが、医療政策に関するやりとりだった。ルペンは政策の全般でトランプの「アメリカ・ファースト」ならぬ「純フランス製」を前面に押し出していたが、地方の医師不足を解決し、医療費の高騰を抑えると述べた。
 これに対してマクロンはすかさず、医薬品の8割が外国製で輸入せざるを得ない。ルペンの言うように、海外製品への関税を大幅に引き上げたら、薬価が高騰し、医療費を抑制することはできないと反論した。
こう見るとアメリカとフランスの両大統領選挙で、戦いの構図は似ていたのに結果が異なったのには、2つの要因があると考えられる。クリントン、マクロンを「リベラル」とし、トランプ、ルペンを「右寄り」と区分けするならば、一つ目はリベラル陣営の役者の違い、二つ目は右寄り側の資質の対照性である。
 討論を通じて、マクロンは(英語の同時通訳で聞いていたため、フランス語の精確なニュアンスは不明だが)かなり口汚くルペンを罵って、ジェスチャーもだいぶ激しかった。しかしあの顔である。どれほど真剣な表情をしていても、人が悪そうには見えない。
 また討論会は選挙運動の一部に過ぎず、候補者に関する情報の大半は、遊説先からのレポートである。マクロンと言えば笑顔と言うくらい、ただただいつも微笑みを浮かべているだけであった。
 クリントンも選挙運動中はいつも笑顔で、ヒラリーと言えば支持者とセルフィー(スマートフォンの自分撮り)というくらい、相手に頼まれるとその人のスマホをつかみ、運動終盤では、手慣れたものでどんな機種でもすぐにカメラモードにして、満面の笑みでみずから端末機の画面をタッチしていた。
 だがマクロンは心底、支持者との交流を喜び、本心から笑顔で応じているようだったのに対して、ヒラリーはどこか無理をしているように感じられた。そのスマイルの陰に〝愚かな有権者にはこの方法しかない〟と言いたげな、人を見下したようなさげすみの心情が垣間見えていた。
 フランスの討論会では、ルペンは絶えずカラフルなファイルに入ったペーパーを見つつ話していた。かたやマクロンは細かい政策や数字もすべて何も見ずに答えていた。これについては翌日のフランスのメディアで揶揄されていて、ルペンが資料に埋もれている風刺画が話題になった。
 一方のトランプは討論会で、攻撃的であったからこそ、メモなど見ることなく、相手を睨みつけるように自信満々で暴言を吐き続けた。
 結論として言えるのは、悲しいかな、有権者は政策では判断せず、候補者のパーソナリティで投票先を決めるということである。ただこれが間違いかというと、私はそうではないと考える。選挙は政策を選ぶ以上に、信頼できる人を選ぶ場だからである。
現代では、テレビに映る候補者の顔から、その人の人格が透けて見えてしまう。昔の堅物では政治家として大成できない時代になった。(月刊『時評』2017年6月号掲載)

森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。
森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。