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森田浩之「日本から世界を見る、世界から日本を見る」⑨

分散化する世界

(写真:pixabayより)
(写真:pixabayより)

 20世紀後半の西洋世界は理解しやすかった。保守対リベラルの構図が似た趨勢を示していたからである。
 1950年代は復興期で、米英独で保守政権だったが、政府による積極的な公共政策が時代の要請だった。米は共和党アイゼンハワー、英は保守党チャーチル/イーデン、独はキリスト教民主同盟(CDU)アデナウアーである(仏は第四共和政の混乱期)。
 1960年代から分岐を始め、米英でリベラル政権が民間経済への介入を強化するが、仏独に大きな変化はなかった。米は民主党ケネディ/ジョンソン、英は前期に保守党マクミラン、後期に労働党ウィルソン、仏は右派ドゴール、独はCDUエアハルト/キージンガーである。
 これは米英が自由経済志向で、仏独など大陸欧州が歴史的に〝アングロサクソン・モデル〟を拒否し、右派でも再分配政策を採用したためである。大陸では左右で政権交代が起こっても、経済政策では党派対立は小さい。
 1970年代に分岐が促進されるが、オイルショックにより政変が起きやすかったからである。米は前半が共和党ニクソン/フォードで、後半が民主党カーター、英は前半が保守党ヒース、後半が労働党ウィルソン/キャラハン、仏は右派ポンピドゥー/ジスカールデスタン、独は社会民主党ブラント/シュミットである。
 ただ明らかに経済失政で不信任されたのはヒースくらいで、米共和党の敗北はウォーターゲート事件のためであり、仏独は同じ勢力内での交替だが、仏は現職大統領の死去で、独はブラント内閣のスパイ疑惑による。
1980年代から分岐は収束しないほど拡大する。オイルショックの対応に失敗した米英は深刻な停滞期に入り、「新自由主義」政策を採る。レーガンとサッチャーの時代である。
対する仏はミッテランが初の社会党大統領となったが、前政権の瓦解というよりは、三度目の挑戦に臨んだミッテランの執念とカリスマ性と、右派長期政権への飽きであろう。独はCDUに政権が戻り、コールが就任するが、これは理念の違いで連立から自由民主党が離脱したからである。
以上のように、戦後の西洋政治は米英と大陸の分裂として整理できるが、それは資本主義への態度から発する。米英は市場経済を基本とし、政府は修正機能を担うとするが、大陸には伝統的に資本主義への不信感があり、左右とも政治過程を通じた資源配分を重視してきた。
 1980年代の改革の成果で、90年代は米英で経済が成長する。恩恵にあずかったのがクリントンである。「忘れられたミドルクラス」を公約に92年の大統領選を戦うが、就任後は国民皆保険を目指すなど、左傾化する。2年後の中間選挙に負け、議会が共和党に握られると、折衷案として財政の黒字化を成し遂げ、好景気に至る。この記憶から現在もビルは民主党の英雄である。
 一方の英国は、ユーロ加盟の前提となる「為替相場メカニズム」への賛否からサッチャー政権で閣内対立が起き、メージャーに替わる。92年の総選挙で勝つものの、同年9月にポンド安を止めるための利上げから不況に陥り、経済失政の烙印を押される。改革による好景気の恩恵は、皮肉なことに次の労働党ブレア政権が享受する。
 90年代後半には、ドイツ(社会民主党シュレーダー)、イタリア(〝オリーブの木〟プローディ)でも中道左派政権が誕生したため、「第三の道」の時代と称されるであろう。
 これは80年代後半からの経済成長で、中間所得層が拡大し、彼らが公共サービスの充実を求めたため、福祉と市場経済の両立が課題となったからである。
 とはいえ現時点から見れば、米英の「第三の道」は新自由主義の亜種に過ぎず、ブレアが進めたPPP(Public Private Partnership)やPFI(Private Financial Initiative)は、当時は公共部門への民間活力の導入として注目されたが、いまになって下請け企業の手抜きが露呈し、利潤と公共サービスとの相性が再考され始めている。
 2000年からの10年は、米ではブッシュ政権により右傾化が進み、英ではそれにブレアが乗ることで崩壊への道を辿る。しかし米ではイラク戦争への批判がオバマ勝利につながったものの、英では労働党の下野は長期政権への飽きが原因と思われる。
フランスはシラクの12年を経て、サルコジの強権政治に至るが、その反動から社会党の〝普通人〟オランドに引き継がれ、今度は不人気オランドへの反動と右派共和党の自滅でマクロンが選ばれた。かたやドイツは平穏そのもので、今年9月の総選挙でメルケル四選が確実視されている。
 トランプ選出はオバマへの反動によるが、ブレグジットは当時のキャメロン政権の緊縮政策への批判票が反欧州に動いたことによる。そして昨年6月にEU離脱を導いた票は、今年6月の総選挙では社会主義化した労働党に向っていく。
 このように21世紀に入ってから、西洋政治を説明する共通項が失われた。そして2010年代半ば以降は、さらにそれぞれの地域で異なった力が働き始めている。世界はますます予測しがたくなった。

(月刊『時評』2017年8月号掲載)

森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。
森田浩之(もりた・ひろゆき) 1966年生。東日本国際大学客員教授。