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地方創生をめぐる状況について/内閣府地方創生推進事務局長 淡野博久氏

地方創生臨時交付金の効果を検証する意味

 地方創生臨時交付金は新型コロナの感染拡大防止と影響を受けた地域経済や住民生活支援のため、令和2年春以降、補正予算や予備費に基づき総額約18・3兆円が措置され、昨年以降は電力・ガス・食料品等の価格高騰の影響が大きい低所得者世帯、生活者・事業者の支援に重点的に活用されています。

 補正予算や予備費に基づく臨時の措置であり、経済財政諮問会議の民間議員からは廃止について検討するよう求められている交付金ですが、実施された事業の中にはコロナ禍で苦しんだ地域経済の恢復を図る上で一定の効果をあげているものや、当初は感染拡大防止の観点から実施されたキャッシュレス化やリモート化などが結果的に地域課題の解決に貢献している例も数多く見受けられます。

 例えば石川県能登町では巨大なモニュメント「イカキング」を2500万円かけて整備し、当初無駄遣いではないかとの厳しい指摘を国会等で受けましたが、逆に良い宣伝となって6億円以上の経済効果が上がっています。また栃木県矢板市ではコロナ禍で自由に図書館が利用できない中で読書量が低下しないよう、全公立小中学校が共同利用できる全国初の電子図書館を構築し、結果的に児童一人当たりの読書量が令和元年度の33冊から翌年度は59冊に増えました。

 このように臨時交付金に基づき危機対応のために実施された各種の事業について効果を検証し、結果として得られた知見を生かしつつ、地域課題の解決と魅力の向上に各自治体が取り組んでいくことがアフターコロナの地方創生を的確に推進していくためにも重要であると考えています。

新しい時代の流れを力にしたまち・ひと・しごと創生事例

 以下においては、「まち・ひと・しごと創生」に向けた各地の取り組みを視察した結果を基に、都市のDX、持続可能なまちづくり、開かれた地域社会づくりなど新しい時代の流れを力にできている地域の特長等を整理したいと思います。

 茨城県つくば市は昨年4月にスーパーシティ型の国家戦略特区に指定され、スーパーサイエンスシティ構想に基づく各種の先端的サービス実装を先行実現させるべく、障害となっている規制の見直しを提案しています。

 具体的には、移動弱者の社会参加を促すための新型モビリティ導入に向けた走行速度や高さ制限の緩和、IT化により個人認証・不正防止を講じた形でのインターネット投票導入、3Dデジタルツインを活用したロボットの公道走行による配送サービス、分身ロボット操作による障がい者の就業促進など、先端技術を活用した各種サービスの導入に向け、規制改革に係る基礎データを蓄積するための実証実験等を進めています。

 長野県茅野市は昨年4月、岡山県吉備中央町と石川県加賀市とともにデジタル田園健康特区の指定を受け、健康・医療分野を中心とする地域課題解決に連携して取り組んでいます。タクシーによる医薬品の貨客混載、在宅医療に係る訪問看護師の役割拡大など、健康・医療分野におけるタスクシフトを実現するための社会実験を進める一方で、郊外別荘地に居住する高齢者等の交通弱者の移動確保等の社会課題に対応するため、13あった中心部のバス路線をすべて廃止し、利用者が登録した目的地と到着時刻を基にAIが最適ルートを設定する乗合オンデマンド交通と別荘エリアにおける電動車いすシェアリングサービスを連携させた仕組みを導入しています。都心に比べ地方での消費者支出が唯一高い交通費負担をMaasによって軽減することは、高齢者等の移動弱者が安心して住み続けられる環境を整備し、地方移住を加速させる上で効果的と考えられます。

 また、茅野市では古民家や地元出身建築家による作品などの地域資源を活用した長期滞在型の観光振興に取り組むとともに、駅ビルにさまざまな主体が本を陳列できる「まちライブラリー」を設け、学校や職場など普段所属しているコミュニティの外でさまざまな人々と交流できる居場所(サード・プレイス)を提供しています。

 茨城県境町は鉄道駅がない中で移動の最適化を実現するため、域外との公共交通として高速バスを運行させる一方で、域内においては2020年11月に自治体として全国初の自動運転バスの公道での定常運行を開始しました。ふるさと納税の返礼品として人気のある干し芋に着目し、栽培・加工・商品化に関し研究を進めて地場産業化するなど多様な返礼品を揃えPRした結果、寄付額は平成21年の6・55万円から令和3年は48億円と関東で5年連続トップとなり、寄付金等の活用により、自動運転バスの運賃を無料化しています。

 また、オリンピック基準のホッケー場を整備し日本代表等の練習拠点に供するとともに、スケートボードやBMXフリースタイル用に世界レベルのアーバンスポーツパークを整備し、国際審判員やプロのインストラクターを地域おこし協力隊員として受け入れた結果、全国からアスリートや愛好家が集まるようになるなどスポーツを核とした開かれた地域社会づくりを推進しています。

注目を集める徳島県の二つの町

 徳島県の神山町と上勝町は、2040年時点で人口が1万人未満、40年に20代から30代の女性人口が10年の半分以下になるとして、14年に日本創成会議が発表した「消滅する可能性が高い都市」に含まれていました。

 若年女性の人口減少率の改善が急務であった神山町では、サテライトオフィスへのスタートアップ企業の呼び込みにより新しいビジネスコミュニティを形成し、ウェブ制作会社の代表が地元の杉の間伐材を活用した商品を開発・販売してグッドデザイン賞や農山漁村の宝アワード金賞を受賞するなど、オフィスの開設を契機に移住した事業者が中心となって地域発のビジネスが創出されています。

 1999年以降、毎年夏に国内外から招へいしたアーティストが滞在・制作した作品を秋の展覧会で披露する神山アーティスト・イン・レジデンスプロジェクトを続けてきており、プロジェクトの参加者が改修した古民家をサテライトオフィスとして活用するクラウド名刺管理サービス会社の社長が発起人となり、ふるさと納税やクラウドファンディングにより24億円を調達して、今年4月に19年ぶりとなる58校目の高等専門学校を神山町に開校しました。発起人が理事長に就任し、社会課題を解決できる起業家等の育成を図ろうとしています。

 このように神山町では多様な人材を温かく受け入れる寛容性の高い地域社会づくりを通じて「創造的過疎」をコンセプトに地方創生を進めており、各種の取り組みの結果、2019年に8年ぶりに社会増に転じ、若年女性割合も4期連続で上昇し、20年には1980年以降で初めて若年男性の数を女性が上回りました。

 一方、上勝町は、町域の9割を占める山林を生かした葉っぱビジネスを通じて、女性・高齢者が元気に活躍できる地域づくりを進めています。また、非常に小規模な自治体故に、焼却炉や埋め立ての施設整備が困難であることを逆手に取って焼却・埋立ゴミをなくす自治体初のゼロ・ウェイスト宣言を2003年に行い、リサイクル率を8割以上まで高めました。結果、環境問題に先進的に取り組む自治体との評判を確立し、その姿勢に共感した若い移住者が増えつつあります。

VC構築による農業分野の課題解決

 上勝町の葉っぱビジネスは、農協の職員が京阪の料亭に通い、料理のツマとして添えられる草花のニーズを把握し、ニーズに即した形で里山の木の葉や枝花を出荷するビジネスを軌道に乗せました。当該職員が代表を務める第3セクターが需要側の求める商品・値付け等の情報を農家に提供し、農家が出荷先を選択するなど、高齢者や女性が取り組みやすい仕組みを構築し、年間売り上げ1000万円の女性もいます。

 地方振興に向けた農業分野の課題は、供給側と需要側の接点がないために特産品の魅力が需要側に届かず、ニーズに対応した商品改良がなされないことです。グルメサイト「ぐるなび」は昨年12月時点で12の自治体と協定を締結して社員が移住して仲介役となっており、宮崎県都農町では地元特産品のワインを飼料に混ぜて育てたワイン牛をECサイトに繋げてヒット商品にしました。このように供給側と需要側を繋ぐバリューチェーンを構築することが農業による地方振興を進めていく上で有効と考えられています。

 構造改革特別区域法の改正法が4月26日に可決成立し、地元自治体の発意によって一般法人の農業参入を可能とする仕組みが本年9月1日から施行されます。中山間地域等における担い手不足の解消や、流通・加工・販売等の複合的なバリューチェーン構築に法人が貢献していくことを期待しています。

持続型観光のススメ

 上勝町では2020年にゼロ・ウェイスト宣言を推進する拠点となるゼロ・ウェイストセンターを開設しました。分別からリサイクルまで一貫してセンターで行う仕組みを構築し、センターの指定管理者が運営する付属宿泊施設の収益でセンター全体の管理料を賄っています。宿泊者は45分別など最先端のリサイクルの取り組みを体験できることが評判を呼び、宿泊施設は活況を呈しているそうです。

 地方観光振興の課題は、インバウンドに係る地域間格差とアジア依存を是正することとオーバーツーリズム等地域にかかる負荷を軽減することです。インバウンドを吸収してきた都市部以外の地域の欧米メディアへの露出を増やす一方で、インバウンドの増加が地方の環境・文化に過剰な負担を課さないよう、上勝町における45分別体験のように、地域における暮らしそのものなど、受入側が届けたいモノや体験してもらいたいコトを軸に据えて観光振興を図る必要があります。

成功地域に共通する姿勢

 ITの力で都市部と地方部の情報・物流格差が解消され、地方創生を推進する環境は全国で整備されつつありますが、成功する地域は限られています。困難な状況を打開して地方創生を進めている地域に共通しているのは、地域に根差した小規模な取り組みを他地域に開き、つなげていく姿勢と、地域の環境・文化への負荷を抑えつつ、高価値な財・サービスを生み出す姿勢ではないかと思います。

 上勝町は当初、ゼロ・ウェイストセンターの整備に慎重でしたが、指定管理者となる事業者が解体民家の廃材を活用してクラフトビール工房を整備し、醸造時に発生するモルトかすで作った液肥を農家に配るなど、ゼロ・ウェイストをビジネスで実践してみせた結果、理解を得てセンターの整備に結実したそうです。

 神山町における間伐材活用商品開発や高等専門学校の設立の例を見ても、外部人材が地域のイノベーション推進主体になっています。このように、外に対して開かれた、多様な人材が活躍できる寛容性の高い地域社会を実現できるかどうかが成否の分かれ目になっていると感じます。地方創生を進める上で一番大きな目に見えない課題は地域の同質性の高さとの関係者の指摘もあります。サードプレイスの提供、スポーツやアートを核とするまちづくりなど地域の慣習や同調圧力・同質性を解きほぐす工夫を重ね、外部から新しいアイデアを取り込んでいく姿勢こそ地方創生を推進する上で求められていると考えます。

 国としても、都市のDX、持続可能なまちづくり、開かれた地域社会づくりなどの取り組みが進展するよう、先導的取り組みや同質性の緩和に資する取り組みへの支援、障害となる規制の改革、優良事例の表彰による横展開や、多様な主体による地域再生関連の取り組みを推進するための提案制度の整備などに取り組む所存です。
                                             (月刊『時評』2023年7月号掲載)

(資料提供:内閣府)
(資料提供:内閣府)