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金融庁/国際金融センター構想最前線

気候変動は金融市場へのリスク

 近年、気候変動問題は環境問題に限らず、財務・金融問題でもある、という認識が広がっています。政府でも環境省だけでなく、財務省や金融規制当局、中央銀行等の機関が対処すべき課題として取り組んでおり、金融庁も大きな業務の柱として対応しています。

 気候変動が金融市場へのリスクであるという認識が広まったのは、2015年9月、当時のイングランド銀行総裁、マーク・カーニー氏の金融機関向けのスピーチがきっかけです。気候変動により災害が増えると経済的損害も増えるという物理的リスクと、今後の脱炭素移行に伴い、石油や石炭等の資産価値が減ると、いわゆる座礁資産を扱う企業の経営が傾き、連動して投資家もダメージを受け、金融市場が不安定になるという移行リスクについて述べ、警鐘を鳴らしました。

 同年12 月には金融安定理事会により気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が設置され、17年に出した最終報告では、気候変動は多くの業態にとって将来のリスクになりうると評価しています。しかし、正しく対処すれば、それはビジネスチャンスにもなり得ます。企業は直面する気候変動リスクを把握し、戦略を立て、市場に開示していくべきというTCFDの取り組みはわが国でも広まっており、賛同する機関、企業数は日本が世界一です。

 G20では16年に当時議長国だった中国の下、主要国の財務大臣と中央銀行総裁が参加する財務トラックにおいてグリーンファイナンス・スタディグループが初めて設置されました。これで各国の財務省や中央銀行が否応なしにグリーンファイナンスに直面することになり、非常に大きな意味がありました。このスタディグループは現在、サステナブルファイナンス・ワーキンググループとして継続しています。

 Network for Greening theFinancial System(NGFS)は17年に設立した気候変動に対応する世界の金融規制当局と中央銀行のネットワークで、日本の金融庁と日本銀行が参画しています。また昨年、気候変動に対する財務大臣連合にも日本の財務省が参加しました。まさに各国の財務省が正面から取り組む課題になっているのです。

 民間においてもサステナブルファイナンスの取り組みが世界的に進み、昨年のCOP26に合わせてネットゼロのためのグラスゴー金融連合(GFANZ)が発足しました。世界の代表的な金融機関が多数参加し、GFANZの下にある金融業態ごとのイニシアチブのうち銀行連合には日本から3メガバンクをはじめとする金融機関が参加しています。

 現在、世界で急拡大しているESG投資とは、Environment、Social、Governance といった要素を投資に反映させるコンセプトです。ESGは非財務的要素ですが、最近では中長期の財務的なリスク軽減やリターン確保に影響するという認識が広まり、金融的なリターン追求の一手段として取り上げられています。機関投資家にとっても決して他事考慮ではなく、むしろ受託者責任の一環という認識が広がっており、金融庁としても関与しているスチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードにおいて、この考えを明確にしているところです。

 グリーン・ボンドは再生可能エネルギー等のグリーンなプロジェクトに要する資金を調達するための社債であり、日本では昨年、前年度比8割も増え、急速に伸びています。社会貢献目的の事業への資金を調達するソーシャル・ボンドや、両方を兼ね備えたサステナビリティ・ボンドも発行が拡大しており、いわゆるESG債が非常に増えています。

 世界の市場に占める割合は日本の市場規模からすれば限定的ですが、裏を返せば日本のESG市場は伸びしろが大きいと言えるでしょう。

ESG関連機関の透明性向上を

(資料:金融庁)
(資料:金融庁)

 金融庁はサステナブルファイナンスの有識者会議を一昨年に立ち上げ、国際金融センター構想の一環としてグリーン国際金融センターの実現を明示しております。昨年6月には報告書を取りまとめ、企業開示の充実、市場機能の発揮、金融機関の投融資先支援とリスク管理等の項目について提言をいただき、各分野での検討を深化させています。

 例えばJPX(日本取引所グループ)ではESG債の情報を一元的に集約する新たな情報プラットフォームを今年の年央目途に立ち上げる方向で準備が進んでいます。

 サステナビリティ開示に関しては、今年4月から東証が再編され、東証一部が東証プライム市場にグレードアップしました。上場企業には昨年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードが適用され、気候変動に関して、TCFDと同等の情報開示を求めることになっています。気候変動対応や人的資本への投資を含めた非財務情報の開示の充実については金融審議会で議論しています。

 企業開示の充実についてはIFRS財団が新たに国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を設置しました。米国のSECも気候関連開示基準の市中協議を開始しています。こうした国際的な議論に積極的に参加し、気候変動対応を含めた非財務情報、サステナビリティ情報を有価証券報告書の義務的な記載事項とする方向で、金融審議会で検討しております。

 サステナブルファイナンスの拡大に伴い、ESGレーティング等を提供する評価機関の重要性が増しています。実際に評価を受ける企業からは評価基準の透明性に欠けるという声があり、また評価機関が別途、対象企業に有料でコンサルティングを行う場合、利益相反の可能性があるのではという指摘もあります。こうしたESG評価機関の透明性向上を図る行動規範について、金融庁の専門分科会で議論を進めており、今夏にも策定する見込みです。ESG関連ファンドに関しては実態調査レポートを公表し、運用機関に求められる監督上の視点について明らかにします。また、金融機関が自らの気候変動リスクを管理するとともに、投融資先の企業の気候変動対応を支援する視点を盛り込んだガイダンス案を4月に公表しました。日本の場合、金融機関が顧客企業と非常に密接な関係を築いているため、企業を支援する部分にも重点を置いています。

 さらに政府ではトランジションのための資金提供についての議論も進めています。グリーンファイナンスは基本的にグリーンな事業に対して資金を供給しますが、すべての事業が一足飛びに脱炭素化はできません。鉄鋼業界など排出量削減のための技術開発が必要な業態も多く、脱炭素に向う過渡期に必要となる資金を提供するため、トランジション・ファイナンスというコンセプトが出来ました。日本が世界に先駆けて取り組みを進めており、世界共通認識にするべく議論を行っています。

 2018年に設立したGreenFinance Network Japan は、日本における官民のグリーンファイナンス関係者の連携を図るネットワークです。発起人は日本のグリーンファイナンス界の第一人者である末吉竹二郎氏と、元財務省財務官で元OECD事務次長の玉木林太郎氏、私は事務局長を務めています。主にメーリングリストを通じて情報共有するほか、海外関係者との連携におけるプラットフォーム機能を果たしており、海外の重要人物とのミーティングの機会も多々生まれています。官民の方々がパネリストとして登場するシンポジウムなども年一回ほど主催しています。コロナ禍により一昨年からオンライン型式に変更しており、昨年6月の第4回シンポジウムでは当時の小泉環境大臣にビデオメッセージという形でご登壇いただきました。

 世界のさまざまなステークホルダーや大使館とのイベント共催等の活動も行っています。個人の立場で自由に参加できるインフォーマルなネットワークですが、主要省庁、金融機関、企業ほか180を超えるさまざまな組織から400名以上が参加しています。どなたでも参加できますので、ご希望があればご連絡ください。
                                             (月刊『時評』2022年7月号掲載)