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デジタル時代の非競争領域の再設計/経済産業省 須賀千鶴氏

経済産業省デジタルライフライン政策最前線

すが ちづる/東京都出身。東京大学法学部卒業、米国ペンシルバニア大学ウォートン校経営学修士(MBA)。平成15年経済産業省入省、平成30年世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長、令和3年経済産業省商務情報政策局情報経済課長、大臣官房第四次産業革命政策室長、デジタル庁参事官(デジタル臨調担当)を併任。
すが ちづる/東京都出身。東京大学法学部卒業、米国ペンシルバニア大学ウォートン校経営学修士(MBA)。平成15年経済産業省入省、平成30年世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長、令和3年経済産業省商務情報政策局情報経済課長、大臣官房第四次産業革命政策室長、デジタル庁参事官(デジタル臨調担当)を併任。

情報経済課は現在、「デジタルライフライン全国総合整備計画」の推進を図っている。人口減時代の下、デジタル技術を駆使し自動運転やドローンなどを社会実装するには、まずこれを下支えするインフラのデジタル化が必須との視点に立ち、官民それぞれの垣根を超え共創的な発想をもって整備と実装を進めることが求められる。近い将来、国民利便性向上に必ず寄与すると想定される同計画の、理念と概要、ポイントと進捗について須賀課長に解説してもらった。

経済産業省商務情報政策局情報経済課長
須賀 千鶴氏

 表題は「デジタル時代の非競争領域の再設計」とさせていただきましたが、本日は、現在推進中の「デジタルライフライン全国総合整備計画」のあらましについてお伝えしたいと思います。

 デジタル時代においては、事業者各社があらゆるデジタル基盤を競争領域として捉えてバラバラに構築するのではなく、社会の共通基盤となるインフラを事業者の垣根を超えて再設計・再構築し、皆で使いやすくしていくことが急務です。情報経済課は、大まかに申しあげればデジタル×ルールに当たる政策を省内で担当しており、デジタルサービスの実装にあたって皆が準拠することになる共通基盤の設計を、業種横断、官民連携で計画的に行おうというのが、これから大きく動かそうとしている「デジタルライフライン全国総合整備計画」となります。

インフラをデジタル化するという発想

 日本は今後、人口減の加速化により従来人手によって対応してきたサービスが、相次いで撤退・縮小を迫られる恐れがあります。そうなると過疎地で生活している方々、その多くは高齢者ですが、生活必需品が届かないなど生活サービスへのアクセスがより困難になると想定されます。

 この問題への一つの処方箋として、デジタル技術を駆使して人手によるサービスを代替し、全国津々浦々での生活水準の維持を図ることを目指したい。そのためには、デジタルサービスの全国展開を下支えするようなインフラ、ライフラインのデジタル化を今のうちから計画的に推進しておく必要があります。

 例えば、自動運転の車やサービスロボット、ドローンなどは、各地で実証が展開されていますが、とはいえ10年後、日本において自動運転車が道路をバンバン走り上空にはドローンがビュンビュン飛び交う未来が到来しているかというと、現状の延長線上では難しいと言わざるを得ません。というのも、車であれドローンであれ、想定外の事態についての情報を全て機器側でリアルタイムに処理し、決して事故が起きないよう走り飛ぶ、そのような機器を一般に入手可能な価格で販売するということは、単独ではほぼ不可能だからです。

 では、機器の瞬時情報処理と自律運行に限界があるならば、それをどう補完するか。車が走る道路等のインフラにセンサー等のデジタル補強を施し、インフラ側で情報処理して機器側へ瞬時に通信し、それによってモビリティの自動化、自律化をサポートしていく。それがこの「デジタルライフライン全国総合整備計画」の要諦だと言えるでしょう。

 具体的には、自動運転車が高速道路を走行中、100キロ先に何らかの落下物があった場合、事前情報が無ければ車はセンサーで異物を感知するまで回避行動をとれず通常走行を続けることとなり、直前の判断と対応に大きな負荷がかかって事故のリスクが高まりますが、路上に何か落ちてきたという情報を道路の方で感知して、事前に車へアラートや回避指示の情報を伝達すれば、車の情報処理負荷を極小化することが可能です。この〝先読み情報〟は既に技術的に実現できる段階に達しており、この〝インフラ側を賢くする〟システムが構築できれば、少なくとも事故の発生を劇的に抑制できると想定しています。それには路上にセンサーと通信機器を一定間隔で張り巡らせる必要がありますが、社会全体で捉えるとインフラにIoT投資を施す方が、より低コストで、自動運転車が安全に走行する未来が大幅に近づくと考えています。

 私たちは現在、機器やソフトウェアの開発、インフラのデジタル化、さらにそれを支えるルール作り、というハードとソフトとルールの三位一体で環境を整備していくことを提案しています。当然、既存の各機器の導入支援、各インフラの整備は所管省庁がそれぞれ分かれ独自に進めていますので、私たちとしては各所管担当者と一堂に会して将来設計や目標を共有し、実行に向けて足並みをそろえていく、そのための10年計画となる「デジタルライフライン全国総合整備計画」を策定していきたいと考えています。

 同計画においては、2024年度からの実装に向けた支援策として、ドローン航路150キロメートル以上、自動運転専用レーン100キロメートル以上、インフラ管理DX200平方キロメートル以上、の三つをアーリーハーベストプロジェクトとして掲げました。詳細は後述いたしますが、各プロジェクトの実現に向けて、各省とハード・ソフト・ルールの整備を分担して検討しているところです。都市部だけではなく全国あまねくサービス機能を維持するために、今後10年かけて実現さ
せていくという計画になります。

(資料:経済産業省)
(資料:経済産業省)

大きな意味を持つDADCの役割

 遡ること2020年に、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)内部に、政府、企業、大学等の専門家から成るデジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)という組織が設立されました。ここに今では官民300名以上が集い、ドローンや自動運転が本格稼働する未来を実現するにはどれだけのシステムがどうつながるべきなのか、という全体設計図を描いています。例えばドローンを飛ばして遠隔地に物資を届けるというミッションを完遂するためには、サイバー空間において複数のソフトウェア、システムが有機的に繋がって制御される必要があり、さらに物理空間においても充電設備やドローンポートなどのリアル投資が求められます。例えば、どの地図を参照していてもドローンが今飛んでいる位置を確実に一意に特定できる仕組み、すなわち「4次元時空間ID」システムをDADCで開発中です。また事故情報や事故につながる可能性のあったヒヤリハット情報を蓄積してリスクを学習し、事前に危険を回避する安全マネジメントシステムの確立が不可欠で、これにはまちなかでのカメラ装備と、事故発生後の検証作業が求められます。

 さらにドローン用の駐機設備、充電設備が必要ですが、現在は駐機設備の仕様は事業者ごとにまちまちです。それを早い段階で一つの規格に統一し、どの会社のドローンが飛んでもその駐機設備を使い回せるようにしなければ、一つの家の軒先に五つも六つも色や形の異なるドローンポートがついているという無駄な投資が全国で起きてしまいます。規格統一が可能になれば、利便性の向上はもちろん、社会全体のコストを大幅に抑制することができます。これもまた社会インフラの一つとして、国が前面に出て調整に当たっていきます。

 このようなデジタルインフラの整備は、平時の生活利便性向上はもちろん、災害発生時などにおいても救援物資のドローン輸送、避難所での人員把握等にも転用可能です。また産業界においても深刻化する人手不足の解消に向け、自動運転やAIを最大限に活用することが期待されています。

 もちろん整備に当たっては特定の分野、特定の要素が未整備では意味を成しません。全てのインフラが然るべきレベルで足並み揃えて整備されることが前提となるので、その実現を目指していきたいと思います。

 くり返しになりますが、デジタルライフラインを整備するポイントは、他業種対応(マルチドメイン)と併せ、一度に複数目的を束ねて達成する(マルチパーパス)点にあります。逆に言えば、自分しか使えないもの、特定の目的しか使えないものを極力つくらない、ということが重要です。一つの単純な目的仕様だけにとどめることなく、いろいろな用途に使えるよう応用可能性を高めるためにも、業界ごとにタテ割に陥らず、各官庁も所管業界だけにクローズすることなく、官民共創で共通基盤を構築し、コストはなるべく安価に抑えてそれを皆で徹底的に使い倒す、これがデジタルライフラインの要諦です。

 と、口で言うのは簡単ですが、各省庁とも多忙を極める現在、担当する政策以外の状況を認識し同期するというのは大変な労力を要します。従って打開の方向としては、ヨコ串で何らかのライフラインをつくる側の人たちが、タテの規制を所管する人たちに、独自でやらずにこの共通システムを使ってください、と働きかけることが有効ではないかと思われます。DADCではその働きかけまで担ってもらっています。単にインフラを構築するのではなく、この機能をこの分野でも活用してください、という半ば説得に近い活動も行っています。

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