お問い合わせはこちら

永久磁石の安定供給に向けて/経済産業省 川村伸弥氏

特定国からの依存度低減に向けて

 こうしたサプライチェーンリスクのさらなる高まりを背景に、各経済圏でも自国もしくは周辺域内で、磁石サプライチェーンを構築しようという動きが出てきています。

 わが国では、磁石原料調達における特定国からの依存度を低下させるため、これまで磁石製造の際のレアアース使用量の低減技術開発や加工工程から出る合金屑のリサイクル、調達先の多角化などに努めてきました。具体的には中国以外の国々における鉱山開発、リサイクルプロセスの開発、さらに磁石製造の能力増強、そしてレアアースフリー磁石の開発などに取り組んでいます。前述した豪州の例のように、各国でも例えば米国やカナダで新たな鉱山を開発中といった動きがあり、軽希土類の依存度が以前に比べ低減したのは、こうした多角化の成果が表れたものです。またネオジム磁石製造時におけるジスプロジウムの添加量もこの10年でおよそ半減させています。

 ただ、それでも依然として中国への依存度は高く、また中国自体の磁石製造技術のキャッチアップや生産能力増強によって、資源だけでなく磁石でも世界シェア8割以上を占有するなど市場を席巻しつつあります。中国はそもそも自国内で資源を産出できるわけですから、材料調達が安価という点でも大きな強みがあります。他方、わが国は2013年時点で世界シェアの23%を占めていたのですが、その後漸減をたどり、25年段階で8%程度に落ち込むと見込まれています。

 調達先の多角化を図ってはいますが、中国ほどの優良な鉱床の発見は難しく、また鉱山開発自体も非常に難しいと言われています。鉱山開発はそもそも時間とコストを要する事業であり、生産量も明確には特定しにくいものです。従って鉱山開発のみに依存すれば将来的に安泰、というわけではないのが難しいところです。

(資料:経済産業省)
(資料:経済産業省)

経済安保法に基づく「取組方針」

 2022年5月、経済安全保障推進法が成立しました。わが国の安全保障をめぐる環境が大きく変化する中で、国民生活や経済活動の維持を図ることが特に重要なテーマとなっており、経済安全保障をいかに確保していくか法律で規定した、というわけです。法律の中には「重要物質の安定的な供給の確保に関する制度」の項が設定され、その中に「特定重要物資の指定」という規定が設けられています。

 「特定重要物資」とは、「国民の生存に必要不可欠又は広く国民生活・経済活動が依拠している重要な物資」であり、「物資又はその原材料等を外部に過度に依存し、又は依存するおそれがある」ものとされており、さらに「外部の行為により国家及び国民の安全を損なう事態を未然に防止するため、安定供給の確保を図ることが特に必要と認められる物資」と定義されています。まさに永久磁石はこのカテゴリーに入る物資となります。

 他の特定重要物資としては、「国民の生存に必要不可欠」な分類として抗菌性物質製剤と肥料、「広く国民生活又は経済活動が依拠」している分野として、永久磁石のほかに、半導体、蓄電池、重要鉱物、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、クラウドプログラム、天然ガス、船舶関連機器がピックアップされています。

 この経済安保法成立を受けて各「取組方針」を策定することになっていることから、23年1月に、永久磁石に係る「取組方針」が策定されました。現状認識としては冒頭より申し上げてきた国内安定供給が困難となる恐れ、磁石原材料を特定国に過度に依存、使用済み製品を主たる対象に市中回収されるネオジム磁石のリサイクルが進んでいないといった課題が指摘されています。リサイクルに関しては、まだ市中に使用済み製品がそれほど出回っていないということもありますが、同時に回収ルートの整備、脱磁技術の向上、コスト面など多くの課題をはらんでいるのも確かです。

 従って永久磁石の安定供給確保に関する施策の基本的方向は、急増する需要に対応するための製造設備の能力増強、リサイクル設備投資、低コストリサイクル技術開発、レアアース使用量を削減した磁石の開発などが規定されています。

安定供給確保に向けた個別施策

 これらの方向性を、より詳細にみていきましょう。まず永久磁石の製造設備の能力増強について。現実的には中国企業の大規模投資が進む中、わが国企業は厳しい競争にさらされており、現状のままではむしろ磁石事業から撤退あるいは縮小していく可能性が高いと指摘されています。磁石製造には、焼結や加工などの特殊な製造技術とノウハウが必要となるため、製造基盤が一度失われると、それを取り戻すのは非常に困難です。従って当面の国内需要を満たすためにも、政府による必要な国内生産基盤を維持するための設備投資支援が必要です。

 次いで、廃磁石からのレアアース原料リサイクル技術の開発について。わが国を含め各国とも、廃EV台数が2035年頃より急激に増加する見通しのため、それに連動して使用済み永久磁石の回収・リサイクルが強く求められるところです。永久磁石は製造コストの過半をレアアースなどの原料が占めており、レアアースを安価でリサイクルすることができれば、原料の安定調達が可能となるだけでなく、価格競争力も向上すると見込まれます。その場合、わが国の国内にとどまらず、いかに外国で発生した廃製品からもリサイクルできるかが一つのポイントだと思います。各国と連携する形での、いわば〝リサイクルチェーン〟の構築が将来的に大変重要になってくるのではないでしょうか。いずれにしても原料リサイクルには対応が必要な課題が多いので、時間軸に基づいて着実に解決を図るべきだと思われます。

 最後に、磁石の機能は維持しながら使用するレアアースの量を少なくする、省レアアース磁石の開発について。既にネオジムの使用量を減らした磁石を実現したり、まだ社会実装に至っていませんが重希土フリーで体積・重量とも低減した自動車用電動アクスルの開発など、従来から省レアアース化に向けて各種技術開発が進められてきました。さらには今まさに、サマリウムコバルト磁石や鉄ニッケル磁石など、ネオジム磁石の代替として機能を発揮する磁石の開発も進められています。むろん力・保持力などにおいてネオジム磁石ほどの性能を代替することは現状では難しいところですが、発生が懸念されるリスクを勘案すると、こうした研究開発も息長く行っていく必要があります。

供給依存は世界共通の課題

 いずれにしても、永久磁石を取り巻く環境は厳しいものがありますが、わが国は中国以外で永久磁石を製造できる数少ない国、つまり国際社会においては貴重な存在だと言われています。しかし前述しましたが、仮に国内事業が縮小・撤退すると、世界各国は中国から磁石を購入しなければならなくなります。つまり供給依存はわが国一国だけの問題ではなく、国際社会共通の課題でありリスクだと言えるでしょう。

 それを回避するためにも、有志国におけるサプライチェーンの維持・強靭化は不可欠です。その中でわが国は永久磁石を経済安全保障推進法の重要物資に指定し供給側の支援を行っていますが、今後は需要側を拡大することも磁石製造を維持するための重要な要素であると捉えています。繰り返しになりますが、課題は多々あるものの、鉱山開発はもちろん、重希土フリー・レアアースフリー磁石の開発や、リサイクルの開発・確立が必要であると、改めて強調しておきたいと思います。
                                              (月刊『時評』2024年2月号掲載)

関連記事Related article