
2026/02/16
――2024年度より「排出削減の困難な産業におけるエネルギー製造プロセス転換支援事業」が実施されています。改めて、本支援事業についてお聞かせください。
土屋 エネルギー多消費産業でもある素材産業においては、どうしてもGHGの排出削減が難しい事業が存在します。そのため素材産業分野の取り組みの重要な柱の一つとして「排出削減の困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業」、いわゆる「HtA(Hardto-Abate)支援事業」があります。24年度(令和6年度)から開始し、施策の事業規模としては、24年度開始事業は約4800億円(5年間予算措置)、25年度開始事業は約4200億円(5年間の予算措置)で行われています。具体的には、化学、紙パルプ、セメントなど排出削減が困難な産業において、排出削減に必要な設備投資費用を補助することを通じて、素材産業のGX投資を後押しする事業になります。また本事業によって内需や外需を獲得しながら、競争力の強化やグリーン化を推進していくこと、そしてCO2削減を両立させることでオフテイカーを確保し、グリーンプレミアムを乗せていくことも本事業の重要な要素になっています。
――支援事業としては24年度から始まっているということですが、具体的な事業としてはどういったものがあったのでしょうか。
土屋 24年度に採択された事業としては、日本製紙における燃料転換事業があります。これはバイオリファイナリー事業の拠点となる石巻工場のエネルギーの脱炭素化による競争力強化を目的として、石炭ボイラーを停止して高効率な黒液ボイラー(木材からパルプを製造する際の副産物である「黒液」を燃料として燃焼させるボイラー)に置き換える事業です。戦略としては、黒液ボイラーへの燃料転換を契機に低炭素製品が生産可能となる素地を整え、石巻工場を低炭素製品の主要生産拠点とする。その上で、①グリーンプレミアムを導入したGX紙製品の展開、②バイオリファイナリー事業のスケール化を実現させるといった狙いもあります。
25 年度には、大王製紙の燃料転換事業として、同社の主幹工場である三島工場において、石炭ボイラーを停止し、廃棄物を燃料としたボイラーを建設するといった事業があります。ここでも実際にGX戦略の要として、①既存事業を低炭素化していく、特にブランド力を有する家庭紙分野において、環境に配慮した高品質製品を求める顧客層に向けてグリーン価値を訴求し、ブランドイメージを確立する。そして②新素材事業のシェア拡大として、脱炭素化の潮流を踏まえ、バイオリファイナリーやセルロースナノファイバー分野でも低炭素製品を製造することで新規のオフテイカー獲得を狙うとしています。
紙パルプ分野と同様に積極的に脱炭素化に取り組んでいる化学分野からは、レゾナックによる燃料転換事業があります。これは同社最大のGHG排出拠点である川崎事業所において、石油コークスを主燃料としたボイラーを停止し、都市ガス・水素混焼ガスタービンを導入し、35年以降の水素専焼を目指す事業になります。この工場で作っている基礎化学品や、川崎事業所で発電した電力の一部を供給する他事業所で作っている半導体材料については、国内外のオフテイカーから今後、脱炭素化に向けた要請が一層強まっていくことが想定されます。そのため、この燃料転換は国の産業競争力維持の観点から見ても重要性が高いものになります。
化学分野でもう一つ。大阪ソーダによる製造プロセス転換事業が採択されました。これは国内最大規模のエピクロルヒドリン(EP)生産拠点である水島工場において、EPの主原料を石油化学由来からバイオ由来へ転換することで製造プロセスの改良による動力・蒸気の削減を図り、さらに原料塩素の製造などに必要な電力を再生可能エネルギーなどの非化石電力に切り替えるという事業で、これにより①国内市場のグリーン化要請に対応し、②海外市場のシェア拡大を図るとしています。
――化学分野をはじめ、紙パルプ分野の事業転換も着実に進んでいるわけですね。
土屋 はい。紙パルプ分野においては燃料転換事業以外にもGXに向けたさまざまな取り組みも進めています。具体的には、これまでは木材チップから木質繊維(パルプ)を取り出し、これを引き延ばして乾燥することで紙や板紙などを製造していました。これに対して、木材から黒液を抽出して製造時の燃料として有効活用したり、パルプをさらに加工してセルロースナノファイバー、マイクロファイバーとして活用したりする。あるいは樹脂とセルロースナノファイバーを混合することで自動車部品(外装品)として活用できるバイオコンポジットへ、またパルプを糖化・発酵させることでバイオエタノールといった新規用途として活用していくといった事業も進んでいます。
このようにHtA支援事業だけではなく、バイオものづくり事業も組み合わせた新しいGXの取り組みなどにも関心が集まっています。
素材産業分野における経済安全保障と今後の展望
――経済がグローバル化する中、産業としても経済安全保障は非常に重要なテーマといえます。素材産業分野における経済安全保障としてはどういったものがあるのでしょうか。
土屋 素材産業分野においても経済安全保障は非常に重要な切り口になっています。特に国際情勢が大きく変遷する中、わが国では自然災害なども発生していますので、原材料の途絶リスクへの備えが必要です。
この課題に対応すべく、①技術革新が進む領域での優位性創出、②技術優位性を持つ領域での技術の流出・拡散防止、③過剰依存防止・是正のための「代替市場」、「代替供給体制」の構築――が必要です。官民連携による官民対話スキームをはじめとしたコミュニケーションを確立していくことで、サプライチェーンをしっかりと把握し、お互いの価値を見出していくことが重要になってきます。
素材産業のサプライチェーンが多層構造化し、情報がブラックボックス化しているといった課題に対しても、企業間の連携を図ることで、産業としての価値や最終製品メーカーのニーズなどの状況交換が促され、必要な価値転嫁を通じたGX商品の市場創造にも寄与できるのではないかと考えています。
――国の基幹産業であり、また産業競争力の源泉でもある素材産業。最後に素材産業の発展に向けた今後の展望、また、政策実現に向けた思いなどをお聞かせください。
土屋 冒頭で触れた通り、素材産業自体が付加価値を付ける土台であり、付加価値そのものでもあります。そのことを念頭に置きながらGXを進め、経済安全保障を担保していく。またオフテイカーの確保・把握も一段と重要になっており、そのためにも価値を創出していくサプライチェーン全体の強靱化を図っていく必要があります。競争力強化の手段としての脱炭素化にもしっかりと取り組んでいく必要があり、その中で、企業もポートフォリオの転換、あるいは企業連携なども活発化しています。こうした中、関連するステークホルダーと連携しながら、素材産業各社と日頃の対話などを通して企業の変革・転換に向けた取り組みを支えていきたいと考えています。
また、成長戦略の一つにマテリアルが位置付けられており、ここでの具体化を関係部局と連携しながら、わが国素材産業の発展のためにもしっかりと進めていきたいと思っています。
――本日はありがとうございました。
(月刊『時評』2026年1月号掲載)