お問い合わせはこちら

国土交通省水管理・国土保全政策最前線

気候変動を踏まえた 「 流域治水」対策の 全国展開に向けて

国土交通省水管理・国土保全局長 五道 仁実
国土交通省水管理・国土保全局長 五道 仁実

 近年、気候変動に伴う豪雨や台風の激甚化・頻発化による水災害リスクの増加が懸念されている。国土交通省では堤防やダム、遊水池、下水道、砂防施設、海岸保全施設といったハード対策と住民主体で避難するソフト対策による、これまでの「水防災意識社会」の再構築をさらに一歩進め、流域のあらゆる関係者の参画によって流域全体で被害を軽減させる「流域治水」に取り組むことが必要だとしている。では、この新しい「流域治水」とはどういった水災害対策なのか、国土交通省水管理・国土保全局の五道局長に話を聞いた。

気候変動に伴い激甚化・頻発化する水災害

――気候変動に伴い、近年、豪雨や台風といった自然災害が激甚化・頻発化しています。改めて、これまで国土交通省の取り組まれてきた水災害対策についてお聞かせください。

五道 近年、自然災害の発生件数は増加の一途をたどり、なかでも豪雨や台風といった水災害が激甚化・頻発化しています。国土交通省では平成27年9月関東・東北豪雨を契機に、〝施設では防ぎきれない大洪水は必ず発生するもの〟と意識を変革し、社会全体で洪水に備える「水防災意識社会」の再構築が重要だとして取り組みを推進。「水防災意識社会再構築ビジョン」では、事前に施設を強化していくといったハード対策はもちろん、住民が主体となって避難するソフト対策の充実も進めてきました。

 また平成27年9月関東・東北豪雨以降も、翌年には平成28年8月北海道・東北豪雨、つづけて平成29年7月九州北部豪雨、西日本を中心に北海道や中部地方を含む広い範囲に被害をもたらした平成30年7月豪雨、そして昨年10月には令和元年東日本台風(台風第19号)など毎年にように甚大な水災害が発生しており、政府は平成30年7月豪雨を契機に「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」を閣議決定(平成30年12月14日)し、特に緊急性の高いハード・ソフト対策については3年間集中して実施するとしています。3か年緊急対策の最終年である今年度、しっかりとこれらの対策に取り組んでいるところです。

――気候変動が自然災害に与える影響としてはどういったものがあるのでしょうか。

五道 平成30年7月豪雨の際には、個別の災害について初めて気象庁が気候変動の影響に言及しましたが、国土交通省では平成30年に技術検討会を設置し、気候変動が水災害に対してどう影響するのかといった議論を進めてきました。

 検討会では、2015年(平成27年)12月に採択されたパリ協定において提示された、産業革命以前と比べて世界の平均地上気温の上昇を2度に抑えるシナリオを前提に、一級河川であれば降雨量は約1・1倍、流量としては約1・2倍に、これまで100年に一度の頻度で発生
した洪水が50年に一度というように発生頻度の平均値も2倍になるとの報告がなされました。しかし、これらはあくまでも2度上昇を前提にしていますので、検討会の提言では4度上昇の場合も参考とすることが盛り込まれています。

 海面の上昇についてもさまざまな議論がされており、2014年(平成27年)のIPCCの報告では平均海面水位は26~82センチの上昇が予測されるとしていました。しかし2019年(令和元年)9月にIPCC総会で受諾された海洋・雪氷圏特別報告書によると、平均海面水位の上昇範囲は29~110センチに上方修正されています。

 このように気候変動に伴い水災害は激甚化・頻発化し、その被害も甚大なものになっていくことが想定されますので、そうした変化にも対応した治水対策が求められています。

令和元年東日本台風による被害と今後の対策

――気候変動に伴い水災害も激甚化しているわけですね。昨年発生した台風(令和元年東日本台風)でも甚大な被害を受けましたが、その被害状況や被害を受けての課題や対策についてお聞かせください。

五道 まず令和元年東日本台風の特徴としては、全国的に広範囲で浸水が発生した点が挙げられます。国や県の管理する堤防が全国142カ所で決壊し、決壊はしないまでも水が堤防を越える「越水」した箇所も多くありました。これまで計画に沿って防災施設の整備を進めてきましたが、施設の能力を超える降雨が氾濫を発生させ、深刻な浸水被害をもたらしました。

 このため、例えば令和元年東日本台風によって甚大な被害が発生した7水系(阿武隈川、鳴瀬川水系吉田川、久慈川、那珂川、荒川水系入間川、多摩川、千曲川を含む信濃川)においては、再度災害防止のための「緊急治水対策プロジェクト」に基づき、国、都県、関係市町村のみならず、流域関係者が連携してハード・ソフト一体となった対策を集中的に進めていきます。

 プロジェクトでは、河川における対策として5~10年間で総事業費5400億円を超える事業を展開し、被災した堤防の復旧のみならず、河道掘削、遊水池の整備、堤防の整備・強化といった改良復旧を実施することとしています。次に、流域における対策として、雨水貯留施設の整備やため池の活用などにより雨水の流出抑制を図るとともに、家屋移転や住宅地のかさ上げ、浸水が想定される区域の土地利用制限など、土地利用や住まい方の工夫を行っています。これらにより、被災地の復旧・復興に向けて全力で取り組んでいきます。

 さらに、7水系以外の河川においても、同様の災害はいつ発生してもおかしくありませんので、全国の一級水系を対象に、緊急的に実施すべき具体的な治水対策の全体像を「流域治水プロジェクト(仮称)」として示し、それに基づいた緊急的な事前防災対策を加速していきたいと考えています。

 また情報収集に関する課題について、今回の台風のように多数の地点で道路の浸水が発生すると、現地へのアクセスが困難になり、また監視カメラで確認できる範囲も限られているため、堤防の状態を確認できない箇所がでてきます。そのため、災害時に現地の状況をリアルタイムで把握できるよう監視カメラや水位計の増設を進めていく対策が重要です。さらに、こうして得られる情報は、ソフト対策の根幹ですので、避難行動をとるために必要な情報を住民の方々に確実に伝達する方法や手段の改善を続けていきたいと考えています。

 特に、この台風で明らかになった情報発信の課題としては、大雨特別警報の解除を安心情報として捉えた住民が自宅に戻った後に、上流部で降った雨が下流部に流下し、氾濫が発生したという事例が挙げられます。大雨のピークが去れば、警戒を解いてよいのではなく、大雨の後に時間差で発生する氾濫にも注意してもらう必要があります。そのため、令和2年度から、大雨特別警報が大雨警報に切り替えられる際に、今後の水位上昇の見込みなどの「河川氾濫に関する情報」を発表し、引き続きの警戒を呼びかけることとしました。この情報は、国土交通省の記者会見などにより、メディアなどを通じて皆さまにお伝えするとともに、SNSやウェブサイトなどあらゆる手段により提供し、注意喚起を行っていきます。