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健康・医療・福祉のまちづくり/国土交通省 喜多功彦氏

きた かつひこ/昭和51年2月15日生まれ、香川県出身。東京大学経済学部卒業。平成10年建設省入省、23年外務省在英国日本大使館一等書記官、28年国土交通省都市局総務課企画官、30年総合政策局政策課政策企画官、令和元年都市局都市計画課都市機能誘導調整室長、令和2年内閣府地方創生推進事務局参事官(国家戦略特区担当)、4年7月より現職。
きた かつひこ/昭和51年2月15日生まれ、香川県出身。東京大学経済学部卒業。平成10年建設省入省、23年外務省在英国日本大使館一等書記官、28年国土交通省都市局総務課企画官、30年総合政策局政策課政策企画官、令和元年都市局都市計画課都市機能誘導調整室長、令和2年内閣府地方創生推進事務局参事官(国家戦略特区担当)、4年7月より現職。

 未曾有の高齢化社会の到来を前に地方には未解決の課題が山積みで、社会インフラの維持が危機に瀕している。未だアフターコロナの在り方を社会が模索している中で、国交省は「まち」にどんな未来を描いているのだろうか。今回、まちづくり推進課の喜多課長が実際に日本各地で進んでいる最先端事例を交え、具体的に解説してくれた。

国土交通省都市局まちづくり推進課長
喜多 功彦氏



10年前にできていた健康まちづくり政策

 改めて指摘するまでもありませんが、わが国では人口減少と高齢化が進んでおり、地方では高齢者の医療・介護と移動手段確保の問題が深刻です。2055年には人口が4000万人減少し、総人口の4割が65歳以上の高齢者になるとも想定されています。10年前に健康まちづくりの政策を国交省が始めたのも、超高齢社会の到来を見据えてどう対応していくのか、という検討が発端でした。当時の厚労省による政策「健康日本21」で、人々が外へ出るようにするためには、まず歩きやすい空間を作るべきとの指摘があり、国交省ではこれを受けて具体的な政策をつくり、2014年に「健康・医療・福祉のまちづくりの推進ガイドライン」を発表しました。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

 当時、地方公共団体の8割以上が健康・医療・福祉政策の相互連携の必要性を認識していたものの、共同して提案した計画や事業は全体の1割程度に留まっていました。そこで当ガイドラインでは都市政策の推進体制として都市・住宅部局と、健康・福祉・医療の部局とがしっかり連携していきましょうという方向性を示し、市町村レベルで取り組む必要性を挙げました。
「1.住民の健康意識を高め、運動習慣を身につける」
「2.コミュニティの活性化」
「3.日常生活圏・徒歩圏域に都市機能を計画的に確保」
「4.まち歩きを促す歩行空間を形成」
「5.公共交通の利用環境を高める」
 の5項目で、それぞれの進捗度を数値化しています。

 健康まちづくり政策は、まだ荒削りな部分もあります。コンパクトシティやウォーカブルなまちづくりなど個別の施策を推進しながら体系的にまとめていこうとしているのが現状です。10年前と比べると、国交省全体としては健康まちづくりを高齢者だけでなく全世代的な問題として認識するようになってきました。人々の外出機会を調べた調査によると、実はコロナ禍が始まる前から人々が外に出る傾向が減り始めていて、特に若年層の外出に著しい減少が見られます。これは英国や米国で行われた類似の調査でも共通している世界的な傾向ですが、日本では高齢者に限ると外出機会はむしろ増加しつつあることが特徴的です。国を挙げてお年寄りへ健康のために歩きましょうという啓発をしてきた成果でしょう。

 国交省が定期的に行っている全国都市交通特性調査(旧全国都市パーソントリップ調査)から、一日あたりの移動回数を20代と70代とで比較すると、両者は反比例するように推移してきており、15年にはついに逆転して70代のほうが20代よりも外出しているという驚きのデータが出ました。同じように、厚労省が調べた世代別の運動習慣者の割合においても、20~40代より60代や70代のほうが運動習慣があるという結果になっています。

 また、コロナ禍を契機として働く人々にとっても健康まちづくりは以前より大切なテーマになっています。ザイマックス不動産総合研究所によるオフィスニーズについての調査では、回答者の59・9%がオフィスで安全な環境が提供されていると評価している一方、20%程の人々は安全ではない旨を答えています。さらにアフターコロナのワークプレイスの方向性に関するアンケートでは、在宅勤務の活用に次いでオフィス運用を見直す内容が多く挙げられました。衛生管理や人口密度など、健康に配慮したオフィスへの需要が高まっています。

「コンパクト」で「ウォーカブル」なまちづくり

 地方圏の県庁所在都市では、過去40年間で人口は2割しか増えていないのに市街地の面積が2倍に拡大しています。このままだと必然的に、広がった市街地へ高齢者世代が拡散して居住する状態に陥り、介護サービスや移動手段の維持が難しくなると懸念されています。そこで国交省では、まちをコンパクトにすれば経済的にも社会的にもメリットが多いという発想から、財政面での誘導などいくつかの政策を組み合わせてコンパクトシティ政策を進めてきました。たとえば富山市は積極的にコンパクトシティに取り組んでいる都市の一つですが、ヘルパー派遣にかかる年間移動費用を調べ、都心部と郊外部との差が1・5~1・8倍にもなると推計しています。集中した居住が実現すれば介護サービスがそのぶん効率化するわけです。

 新潟県見附市で行っている、〝歩いて暮らせる健幸都市〟をキャッチフレーズにした事業は、拠点へ都市機能を集中させている好例です。健康運動教室や子育て支援窓口など市民交流の場を整備し、他の地区からもアクセスしやすいよう公共交通も整えた上で、歩くと〝健幸ポイント〟がもらえる制度など市民に歩くインセンティブをつくりました。施策の組み合わせによって介護費用を年に5億円以上削減する効果が期待されています。

 ただ、コンパクトシティは単に縮小均衡を目指す政策ではありません。併せて「居心地が良く歩きたくなるまちなか」の形成も進めており、ニューヨークのタイムズスクエアやブライアントパーク、あるいはロンドンのリージェントストリートなどを参考に、欠かせない要素の頭文字をとって〝WEDO〟というコンセプトをつくりました。Walkable(人中心の空間であること)、Eye level(歩行者目線になる建物の1階部分がガラス張りで中の店舗やラボが見える)、Diversity(多様な人による多様な用途がある)、Open(公道や公園に芝生やカフェ、椅子などがある開かれた空間)の四つの視点です。まだまだ試行錯誤している政策ではありますが、
ウォーカブル=歩きやすい空間に着目したことは、実は国交省として重要な進歩だったのではないかと感じています。

 また姫路市や松山市、熊本市などでは既に道路を歩行者空間へ変える試みが成功していますが、図らずもこれらは城下町であり、歴史上、城のもとでそれなりに人口集積されていた拠点だったから上手くいったという側面もあるでしょう。今後は、城下町のようにまちの拠点がはっきりとしない普通のまちでも成功事例をつくっていくことが課題です。

 私個人としては、ノルウェーやクロアチアなども参考になるなと思いました。ノルウェーのフィヨルド観光の拠点都市ベルゲンや、クロアチアの南部の半島にある都市スプリトは、どちらも海岸線沿いや中心市街地が歩きやすくなっていて、まちの中に活気が満ちています。