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大石久和【多言数窮】

「恐れ」がすべてを破壊してきた

大石久和(おおいし・ひさかず)/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
大石久和(おおいし・ひさかず)/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

 横浜港に寄港したクルーズ船から多くのコロナ感染者が出始めた頃、厚労省は「感染者の移動経路、国籍は個人情報なので明らかにできない」と発表した。これはおかしいのではないかと感じたのは筆者だけではあるまい。固有名詞、自宅住所を明らかにせよというのではない。

 感染者がどのような経路をたどったのかは秘匿すべき個人情報なのか、社会が共有すべき社会情報なのかについて深い検討がなされたとは思えないのだ。個人情報として秘匿するとすれば、誰からも何も言われないという安易に走ったということなのではないか。

 これに見られるように「個人情報を公表した」と非難される恐れが、理由もないまま多くの情報を秘匿すべきものとしてしまい、感染拡大の防止などに利用できなくしたのだ。

 この個人情報漏洩の恐れは、世界の主要な国のなかで日本だけを「個人に番号を割り当てることで生まれる利益」を得てこなかった国にしてしまった。結果として、行政の効率性などが大きく損なわれ、国民生活の利便の獲得はもとより、効率や生産性の向上をも阻害してきたのだ。

 この恐れが日本社会の情報ネットワーク化を阻害して、日本をオンライン後進国にしてしまった。その事実が世界にばれてしまったことが、もう一面でのコロナショックだ。上海ではすべての学校でオンライン授業が可能になっているらしいし、学校からの家庭への連絡帳もメールだという。

 東京都への保健所からの連絡がファックスだったこともあって、コロナ感染者の集計ミスが明らかになったが、それを聞いたエストニア市民に「今時ファックスなんて」といわれる始末だ。

 エストニアは出生届も国政選挙投票もみんなオンラインという国柄なのだ。特に若者の投票率低下に悩むわが国でなぜオンライン投票ができないのだろう。ここでも「なりすましの恐れ」などという「恐れの行列」がそうした改善を拒んでおり、検討すら排除されているに違いない。

 アメリカのオンライン授業では、文献は著作権に関係なく使えるようになっているといった工夫もしているが、日本のオンライン授業では著作権の問題はうまく処理されているのだろうか。日本の大学では学生に映像を流そうとしたら、大学のサーバーがダウンしたという情けない情報環境だが、何を基準に通信容量を決めていたのだろう。

 内山悟志氏というITRアナリストが、2020/6/24の読売新聞に、「デジタル技術で新たなビジネスに挑む企業がある」と紹介し、「デジタルトランスフォーメーション」を解説した。トランスをXで標記する習慣から「DX」と略するのだそうだ。

 そして、「DXはクラウドのほか、次世代通信規格『5G』、あらゆるモノをインターネットでつなぐ『IoT』、人工知能『AI』などを使ってビジネスそのものを変えてしまうのです」と説明した上で、「老舗企業もDXに対応が必要だが、日本企業は周回遅れだ。デジタル技術が生活全般に波及するのだから経営者は高い感度を持つべき」と主張した。

 現在東洋大学に在籍する坂村健教授も、2020/5/21の産経新聞正論欄で、「多くの海外の大学がオンライン授業を行っていたのは、デジタル・トランスフォーメーションDXというトレンド社会に各大学がキチンと向き合ってきた結果だ」「報告が必要というやり方自体を見直し、全ての検査データがクラウドに集積する体制にすればよい」などと述べている。

 また、「ダーウィンが唱えたとされる箴言で『変われるもののみが生き残る』というのがある。大学だけでなく、日本全体が『変われる国』であるかが、今こそ問われている」と述べ、さらに「例えば、新型コロナの検査件数を報告する時FAXではなく電子メールが使えるようになれば進歩だろう。しかし、そもそも報告が必要という『やり方』自体を見直し、全ての検査データがクラウドに集積する体制にすれば、毎日どころか毎分でも状況を把握できる。それが『やり方』自体を変えるという『DX』だ」と主張するのである。

 このやり方を変えることができないというのが、デービッド・アトキンソン氏も指摘するように日本人の最大欠陥というべきものだ。この「変えない論理」の根本的原因も「恐れ」である。

 この国を支配する最大の「恐れ」は「財政破綻の恐れ」だろう。この恐れから来る財政再建至上主義はこの国のありとあらゆるものを破壊してきたが、この恐れ風はいまだ収まっていない。コロナがもたらす大不況に際して、消費税減税を主張する与党議員たちに党内から責任政党としておかしいとか、無責任だとの声があがった。
(2020年月刊「月刊『時評』2020年8月号掲載