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大石久和【多言数窮】

韓国の後ろ姿

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す (老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 韓国の徴用工の判決や慰安婦像の世界各国での執拗な設置活動などをめぐって、日本人の韓国に対する近親感や信頼感は、きわめて低くなってきている。

 しかし、われわれが冷静に見なければならないのは、この国が国土・国家の分断という大きなハンディキャップを背負いながら、着実な成長を続けている姿である。韓国にとって厳しい状況と見えるものはよく報道されるのだが、その反対がわが国に伝わることが少ない感がある。

 最近、最も驚いたのがスイスIMDの競争力ランキングだった。1995年前後は日本は世界で第一位になるなど上位にあったものが、ランクダウンを続けてきて2019年には30位となって28位となった韓国に抜き去られてしまった。

 衝撃はこれにとどまらず今年6月発表の2020年のランキングでは、なんと日本はたった一年で34位と4位もランクダウンしたのに対して、韓国は23位と大幅に躍進したのだ。このスイスIMDランキングが30年近くにわたって、ほぼ一貫してランクダウンを続けてきたのは日本だけなのだが、最近では韓国にこのように大きな差をつけられてしまったのである。

 さらに驚くべきことがある。OECDが発表した世界各国の2019年の平均賃金を見ると、日本は38617ドルでOECD加盟国中24位だったのに対して、韓国は42285ドルで日本をかなり上回り19位となったのである。

 日本はG7という先進国クラブに属してはいるが、日本の平均賃金はG7のなかでは最低である。ということは、日本は先進国クラブからほぼ完全に転落したともいえるのである。このような国の勢いの違いは、芸能活動の差に反映されている。

 BTSという若者グループの人気は世界的に極めて高いものがあり、ビルボード・ミュージック・アワードでトップソーシャルアーティストを4年連続で受賞するなど、大活躍を見せている。

 また、「パラサイト―半地下の家族」という映画は、2019年に韓国映画初となるカンヌ国際映画祭で最高賞であるパルムドール賞を受賞し、さらに翌年の2020年には第92回アカデミー賞での作品賞・脚本賞・監督賞・国際長編映画賞を受賞した。加えてアジア単独制作の映画としては史上初のアカデミー賞の副賞であるオスカーを獲得したのである。

 これは偉業というべき特別級の慶事であり、隣国のアジア人として素直に喜びたい。この事実は日韓両国を見たとき、あらゆる活動においてどちらに勢いがあるかを明確に示している。韓国に比してまだ人口が倍もあるわが国は、国の単位で見るとGDPにしても韓国を凌駕しているけれども、一人あたりの単位で見ると、すでに後塵を拝するレベルとなっているのである。

 この国の勢いの差が、こうした芸能・芸術活動によって世界的評価を得られる作品をつくることができるかどうかの差となっている。

 わが国は、1995年の財政危機宣言以来、歳出削減至上主義・財政再建至上主義にとらわれたままの政策に終始してきたから、ミクロでは国民の貧困化が進むとともに、マクロでは経済がまったく成長しない時代をずっと過ごしてきた。1990年の日本とアメリカを100とした指標で今日の数字を見ると、日本のGDPはほぼ100のままでそのため税収も伸びてこなかったが、アメリカのGDPは350にも伸び、税収も320~330にも伸びている。

 2018年の国連統計を見ると、1995年から2017年までの22年間に世界経済(名目経済成長率)は、平均して158%の伸びを示してきた。韓国はこの統計によると170%程度の伸びとなっており世界平均を超えている。

 この国連統計によると、100カ国を超える世界の国々のなかで、この22年間に名目の成長がマイナスになった国が二カ国だけあり、それは内戦相次ぐリビアと間違いだらけの政策を続ける日本となっている。

 1990年に60兆円の税収を記録して以降減少を続け、一時は40兆円を切る有様で、やっと最近60兆円台を回復した。それはGDPの伸びがなかったためで、先に示したように、アメリカのGDPも税収もこの間3倍以上に増加したのと大きな違いになっている。

 インフラ整備費についても、1995年と比較すると最近では韓国は2・5倍に伸ばし、アメリカも1・9倍というレベルになっているのに対して、日本は0・57という有様だ。一国の競争力を確保するための、道路・空港・港湾・鉄道などの交通インフラは世界水準から大きく劣後してきているし、国民の生命財産を守るための防災インフラも貧弱なままで、雨が降るたびに尊い人命を失っている。

 韓国の高速道路は延長の12%が片側4車線だというのに、日本には片側4車線区間は1mも存在しない。日本の高速道路は供用延長の30%以上が「暫定の二車線」で、対向車線からのはみ出しがあれば直ちに正面衝突となる危険な道路となっているが、韓国にはこのような二車線の高速道路は存在しない。

 また、日本の港湾が貧弱なために太平洋を渡るような基幹航路が日本に結ばれておらず、釜山港などからの端末航路が日本の港に接続している有様である。

 韓国に比して何日も遅れて貨物が届く国の日本企業が、国際的な競争力を確保維持できるとすれば、それは奇跡というものだろう。そんなことは不可能に決まっているから、競争力ランキングを下げ続けているのである。

 ところで、日本が誇りとする江戸文化の多くが1680年頃からの元禄時代に生まれた文化をルーツとしている。戦国時代が終わり各地の大名が領国経営を懸命に行い、河川改修・耕地開発を当時の技術力ギリギリまで行った結果、耕地面積が3倍にも伸び、それに伴って人口もほぼ倍増して3000万人規模となるという大きな経済成長をしたのだった。

 その時代の高揚感が元禄時代に豊かな文化や芸術・芸能をもたらしたのだ。井原西鶴、松尾芭蕉、近松門左衛門、尾形光琳などを生み出したのは、当時のインフラ整備による生活水準の向上と大きな経済成長がもたらした人びとの「明るい気分」だったのである。

 財政再建至上主義に侵され続け、今のままの政策を継続する日本に将来はない。この25年間の日本政治は国民の希望を消し去り、小さくなる韓国の後ろ姿をぼやっと眺め続けてきたのだ。

(月刊『時評』2020年12月号掲載)