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大石久和【多言数窮】

経営者の問題

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す (老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 この国がおかしくなり始めてから相当長い年月が経過した。その間、官僚が悪い、政治が悪いなどと犯人捜しに時間をかけてきたが、結局のところ不毛の議論をしてきただけで、最近ではコロナで露見したように、沈没途上船・日本丸の沈没速度は大きくなるばかりなのだ。

 これは今までほとんど批判されてこなかった企業経営者の経済・財政などへの理解の浅さ、人や組織、さらには日本や世界の歴史についての知識のなさ、教養レベルの低さなどこそが、日本の危機の最大の問題所在地なのではないかと感じるようになってきた。

 最近不祥事などの問題を生じた企業を列挙すると、スルガ銀行、オリンパス、神戸製鋼、日産自動車、スバル、電通、東芝、住友重機、三菱電機、日立化成、三菱マテリアルなど、どれも日本を代表する企業といっていい。

 その都度、経営者はカメラの放列の前で深々と頭を下げていたが、組織各部の動きにどの程度の関心を持ち、また実態を理解して指導していたのか、大いに疑問だ。

 黒川清・東京大学医学部名誉教授は、福島原発事故に際して「国会が調査委員会を組織して問題の解明をすべきだ」と主張し、結局、その国会事故調査委員会の委員長を務めることとなったのだが、その経験を『規制の虜』(講談社)にとりまとめた。

 黒川氏は、調査委員会で多くの人からヒアリングを行ったのだが、その結果、日本の中枢にいる政治・行政・銀行・大企業・大学などのリーダーたちについて、

・志が低く、責任感がない

・自分たちの問題であるにもかかわらず、他人事のようなことばかり言う

と切り込んでいる。

 また、わが国のAI研究の第一人者である松尾豊・東京大学教授は、「日本の経営者には、お手上げだ」と言い、「ITをAIと呼んでいるだけ」「勉強もしない」「〝下に任せて、何かやれ〟と言っているだけ」などと、ほとんどボロカスに批判している。

 長内厚・早稲田大学大学院教授も、日本の現状について「問題は経営力です。日本企業は強い現場を持っているので、まともに経営すれば、ちゃんと利益が出るのです」と述べている。長内教授は、まともな経営ができていないと指摘しているのだ。

 日本郵政は、とんでもない営業をやっていたことが大問題となっているが、郵政三社の経営トップは、日本興業銀行、東京海上火災保険、横浜銀行、住友銀行などの超有名企業の経営陣から回ってきた人たちだった。この人たちは、出身の民間組織ではキチンとした経営ができていたのだろうか。

 ランスタッドという調査会社が、世界33カ国の労働力調査を行った際に、社員の再教育・スキルアップについての考え方を各国の経営者に聞いている。それによると、日本の経営者が最も多く「社員のスキルアップが必要」と答え、それは答えた経営者の80%に達していて、世界最高のレベルだったという。

 ところが、スキルアップの費用について「企業が負担している割合は41%」に過ぎず、この数字は中国の82%のちょうど半分だったと報告している。日本の経営者は、口だけは社員の再教育が必要といいながら、そのための費用を出す気がないのである。

 こうしたことから、社員のやる気や組織忠誠心は、世界最低レベルとなってしまったのだ。ギャラップが世界139カ国の社員のエンゲージメントを調べたところ、「熱意あふれる社員の割合」が、日本では社員のたった6%に過ぎず、アメリカの32%を大きく下回っており、世界ランキングで見ると、日本はなんと132位だったというのである。

 ギャラップ以外の調査でも、日本企業の社員の「仕事に対するやる気」「組織貢献心」「組織愛着度」は世界最低との報告がある(アメリカ人事コンサルタント会社・ケネクサの報告)。

 どうしてこのようなことになってしまったのだろう。デフレから脱却できないことが最大の理由なのだが、日本の経営者は設備投資をやってこなかった。IT投資もしないまま、ひたすら内部留保を積み上げてきて、最近ではそれが475兆円にもなっている。

 また、労働者への利益配分である労働分配率は、近年、先進国のなかで最も大きな低下を続けて来ており、今日では主要先進国では最低となった。これが国民の貧困化と消費の減退を生んでデフレを促進させてきた。

 非正規雇用の多用も経営者の問題である。経費として利益から削除できる非正規雇用者の費用は、利益の分配ではないことが正規雇用との大きな違いとなっている。したがって経営者は非正規雇用を拡大し、今日では雇用全体の40%近くにもなっている。

 これによって、生活の将来見通しが不確かなために結婚もできず子供も持つことができない若者を増大させて、少子化社会が到来してしまった。また、コロナで明らかになったように、生活の安定性や危機に対する社会の耐性を脆弱なものにしてしまった。

 また経営者たちは、移民の推進を政府に働きかけ、日本人賃金の上昇への圧力としてしまったし、一株あたりの利益率に縛られて自社株買いに熱心に走るようにもなった。

 アメリカのシスコシステムズが利益で自社株買いに走ったのに対し、中国のHUAWEIは利益を開発資金として投資した結果、それが開発力の差となったといわれている。

 賃金も上げず設備投資もしない企業に対して、日本政府は31年間で300兆円にもなる法人関係諸税の減税を行ってきたのである。この減税にどのような意味があったのだろうか。

 コロナを経験してみて、この国の底は実はもう抜けていたのだと多くの人びとが実感してしまった。科学技術大国であったはずの国がワクチンの開発もできず、その接種もG7の中で最後となった上に、高齢者などワクチン接種が必要な人びとへの計画的なプログラムも示せず、現在のコロナワクチン接種率は途上国並みという有様だ。

 これらのすべてが企業のビヘイビアの所為だというのは酷なのかもしれない。しかし、国が傷んでいる大本に企業経営の毀損があることは確かである。

(月刊『時評』2021年5月号掲載)