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大石久和【多言数窮】

用地取得と地籍未確定

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)

――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 道路を整備するにしても、河川を改修したりするにしても、インフラ整備のほとんどの場合、新たな用地の取得が必要となる。買収すべき土地の所有者と交渉して買収していくのだが、筆者も建設省などでの現場で経験してきたのだが、これがわが国では世界に比して特別級に難しいのだ。

 その理由を列挙していくと、まず第一に土地が細分保有されており、地権者がきわめて多いことがある。土地は「筆」という単位でカウントされ、「一筆」とは土地登記簿上で一区画の土地とされたものを指し、「地籍が確定している」とは、「一筆ごとの土地の所有者・地番・地目・境界・面積が確定している」ことをいうが、わが国では、土地が細分保有されていて筆数が膨大に多い上に、確定率が極めて低いのである。

 大陸法のドイツ・フランスは日本と同じく、土地を地籍で管理している。フランスの国土面積は約55万㎢だが筆数は約1億であるのに対し、日本は約38万㎢に対して約2億にもなっている。いかに日本の土地が細分保有されているか、これだけでも明確だ。

 有名なエピソードがある。フランスのシャルル・ド・ゴール空港は約3000ヘクタールの広さがあるが、その地権者はわずか10人だったといわれている。一方、成田空港は、その3分の1の面積しかないのだが、御料牧場などがあって土地所有者が比較的少ないところを狙って選定したにもかかわらず、1000人以上の地権者がいたのだ。この土地の細分保有も、わが国のインフラ整備などでの用地取得の大きな障害となっている。

 イギリス・アメリカでは、地籍という概念を持たないようだが、その代わり極めて詳細な地図が作成されており、地籍図の役割を果たしている。イギリスの地図を所管する機関は副首相管轄のエージェントとして存在し、ここの大縮尺地図が登記などの土地管理の基本となっている。

 その地籍がフランス・ドイツなどでは100%確定しているのに対して、日本の確定率は全国では面積割合で53%であり、人口集中地区DIDではわずか27%に過ぎないという有様なのだ。筆数が多いだけでも関係者が多いために労力を要するのに、その土地の地籍確定ができておらず、近隣との間で何かの問題を抱えている可能性が高い。

 地域によって大きな差があることも問題だと考える。令和6年度末の地籍調査進捗率の全国最低は京都府の8%、大阪府・三重県10%、東京都25%という有様で、京都で用地買収しようとすると92%の土地が何らかの問題を抱えている可能性があると覚悟しておかなければならない。

 さらに日本では公図混乱という問題がある。日本は1873年(明治6年)に土地税制の抜本的改革がなされ、わが国が有史以来持ち続けてきた「土地の収益力、つまり収穫高」に対して一定割合で税をかける年貢という考え方を抜本的に変更し、土地の価格、つまり土地の交換価値に一定率をかけて地租という税を取るという革命的変更が行われた。

 土地の交換価値に税をかけるというわけだから、土地の耕作者ではなく所有者が納税者となる。土地の所有者を確定する必要が生じ、そのために、新たに地券を発行して所有者の証しとしたのだ。

 この地租税収は明治初期の国税収入の80%を占めるほどに重要な税となった。この時に、土地・耕作地はもともと幕府のものであり、そして幕府から指名されて地域を支配する大名のものであり、さらに分割されて実際に年貢を取る家臣のものでもあり、最終的にはそれを耕作する農民のものでもあったという土地所有権利の重層性が消え去ってしまった。

 これが、東京大学法学部教授だった石井紫郎氏の言う「ヨーロッパでは近代的土地所有権に変化するときに、所有者が持っていた義務(例・筆者:武器を持って駆けつける)が、土地所有の公益優先という形で残された」のと大きな違いを生む原因となったと考える。

 地租の導入は明治政府が近代国家を建設するには大きく寄与したのだが、上記に示したように土地所有に伴う「公益優先思想」を持ち込むことができなかったし、所有者確定のために行われた土地の区画確定が短期に、かつ乱暴に実施された結果、現在われわれが土地の基本図として持っている「公図」が極めてずさんなことになってしまったのである。公図には現実の土地区画や所有形態を反映できていないことが多いのである。

 現場の事務所で仕事をしていた時、「実際には一本の道路としてつながっており、現実に人や車が利用している国道の公図」を確かめたことがある。公図上には道路名が書かれたところがあるのだが、それがなんと繋がっておらず、公図の上では途切れ、途切れに散乱している状態だったのだ。

 これでは公図が土地管理の基本図として活用できるわけもなく、つまり近代国家が土地管理も出来ていないということだから、地籍確定を急がなければならないのだが、それが遅々として進まない。

 その理由は明らかで、この事業は市町村の事業であるから国からの補助支援があるとしても、この予算の厳しい時に何か事業をやるためなら調査もしようが、「問題を抱えながらも日常目に見える争いがないにもかかわらず、寝た子を起こすような作業をやる人力も予算もない」という市町村が多い。現に、地籍調査を放棄してしまった市町村もいくつもある有様だ。

 このため筆者も経験したのだが、用地買収に入るとよく問題になるのが隣地境界線なのだ。「隣地との境界杭はおじいちゃんの時代にはもっと隣地側にあったのに、今ではわが家の方に押してきている」というもめ事を抱えていることがある。これを解決しないと用地買収ができないのだ。これは日本が近代国家ではないとの証明だ。最も重要な財産である土地の公的な管理も出来ていない国が近代国家であるわけがない。

 森ビルの六本木ヒルズは都心の拠点開発の嚆矢というべき事業だったが、開発の17年のうち、土地の境界画定に4年を要し、そのために2億円もの費用を必要としたという。この開発の担当者は、都市開発のためには、まず官民の境界確定を急ぐべきだと提言している。

(月刊『時評』2026年3月号掲載)