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探訪/国立がん研究センター 理事長インタビュー

研究開発、均霑化、がんとの共生に向け不可欠なデータ基盤

なかがま ひとし/昭和31年生まれ、東京大学医学部卒業。平成3年米国マサチューセッツ工科大学がん研究センター研究員、7年国立がんセンター研究所発がん研究部発がん促進物質研究室長、9年同生化学部長、19年同副所長、22年国立がん研究センター研究所副所長、23年同研究所長、24年同理事、28年より現職。
なかがま ひとし/昭和31年生まれ、東京大学医学部卒業。平成3年米国マサチューセッツ工科大学がん研究センター研究員、7年国立がんセンター研究所発がん研究部発がん促進物質研究室長、9年同生化学部長、19年同副所長、22年国立がん研究センター研究所副所長、23年同研究所長、24年同理事、28年より現職。

 人類の宿敵、がんに対峙するべく60 年前にスタートしたのが、現・国立がん研究センターだ。たゆまぬ努力の結果、5年生存率の改善・向上など着実に成果を重ねてきたが、進展する高齢化を前に、医療の均霑化やがんとの共生、国際展開など、さらなる課題に挑み続ける。そのためにいま最も有力なツールとして、データ基盤の構築が着目されている。がんとの闘いが次なるステージに移行する可能性について、中釜理事長はデータ基盤構築による医療情報活用の重要性を強く指摘した。

国立がん研究センター 理事長
中釜 斉氏

八つの理念と、実現すべき三つの柱

――国立がん研究センターは今年創設60周年を迎えましたが、まずはセンターの理念・使命からご解説いただけましたら。

中釜 社会と協働して全ての国民に最適ながん医療を提供することを理念とし、八つの項目から成る使命を掲げています。1、がんの本態解明と早期発見・予防。2、高度先駆的医療の開発。3、標準医療の確立と普及。4、がんサバイバーシップ研究と啓発・支援。5、情報の収集と提供。6、人材の育成。7、政策の提言。8、国際貢献、です。また、「がんにならない(予防)、がんに負けない(本態解明・根治)、がんと生きる社会をめざす(共生)」を目標としています。

――やはり、高齢化等の進展に伴い、がんで亡くなる方は増えているのでしょうか。

中釜 はい、1981年以後、がんは日本人の死因の第1位を占めています。これを受けて84年には国の事業として日本の「対がん10カ年総合戦略」がスタートし、2014年からは「がん研究10か年戦略」に移行し現在は同戦略の過程にある、という状況です。前後して06年に「がん対策基本法」が成立し、その法律の下で翌07年に「がん対策推進基本計画」が策定され、現在は同計画の第3期に当たります。

 この中でわれわれ国立がん研究センターに求められることは、がん対策を推進する中核機関として日本のがん研究・医療をけん引すると同時に、アジア地域を中心に世界に対し日本のがん対策を発信することでグローバルな貢献をしていく、これが主たる役割であると認識しています。がん対策は国際社会共通の課題ですので、国際的な連携を通して日本の知見・経験を世界に発信していくことは60年前の国立がんセンター設立当初から課せられた使命だと思っています。

 まさに当センターが設立された1962年前後、WHO(世界保健機関)の下部機関であるIARC(国際がん研究機関)をはじめ、世界各地にこうしたがんの専門機関が相次いで設置されました。当時、当センターが設立に協力した施設も少なくありません。

――国立がん研究センターの、組織としての特長はどのような点でしょう。

中釜 研究・医療・情報発信・人材育成を一体的に推進し、その結果をもってがん対策に貢献する点にあります。また研究成果が広くがん医療の均霑化等に資するよう国への政策提言を図るなど、がんに関する高度で最先端の医療をあまねく提供するという使命も有しています。開発と均霑化を同時に追求する、これが大きな特長だと言えるでしょう。

――これまで長年にわたるがん研究の成果は現在、どのようなものですか。

中釜 がんの5年生存率は、昭和40年代では40%ほどでしたが、がん診療連携拠点病院等の直近のデータでは67・5%まで向上しています。

 この結果をもたらしているのは、やはり不断の研究と均霑化への努力、そして早期発見のための体制構築によるものだと言って良いでしょう。ステージ1までの段階で発見された患者さんですと、現在は多くのがんで5年生存率90%以上に達しています。そして生存率が改善したが故に、今後は冒頭で申し上げた目標の一つ〝がんと生きる社会をめざす(共生)〟が非常に重要な意味を持つようになりました。手術後も転移の不安を和らげながらできるだけ日常生活を送ってもらうには、サポーティブケア(がん治療による副作用の対策、がんによる症状の緩和、精神心理的ケア、終末期の問題への対応、病状や治療に関する情報の提供、併存疾患への対処、家族・介護者への支援)を充実させていくことが大切です。現在の「がん対策推進基本計画」を構成する三つの分野別施策も、「がん予防」「がん医療の充実」と並び「がんとの共生」が位置付けられています。

 またそれらを具体的に支える基盤としては、われわれは研究開発、人材育成、情報発信に日々取り組み、センターの各部門がそれぞれ専門性を発揮している、これが現在の国立がん研究センターの組織特性であり役割であると捉えています。

がん診療連携拠点病院等での登録数、2020年は4・6%減

――ご解説された基盤の一つとして近年、がんに関する医療データ基盤の構築に注力されているとうかがいました。

中釜 そうですね、収集だけでなく、その後多くの方々に使っていただくことを想定してデータ基盤づくりを進めています。2016年1月より、日本でがんと診断されたすべての人のデータを、国で一つにまとめて集計・分析・管理する「全国がん登録」がスタートしました。同制度により、居住地域にかかわらず全国どこの医療機関で診断を受けても、がんと診断された人のデータは都道府県を通じて集められ、国のデータベースで一元管理されています。また、がん診療連携拠点病院等の実態把握・医療の質向上を目的とした院内がん登録も重要です。

 その場合、医療情報だけでなく、個人情報への配慮、安全な活用に向けたルール作りなどの各種整備などが欠かせません。「がん対策推進基本計画」の三つの分野別施策も、このデータ基盤をベースとして実現を図ることとなります。

(資料:国立がん研究センターがん情報サービス)
(資料:国立がん研究センターがん情報サービス)

――2020年頭の新型コロナウイルス感染拡大後はどのように対応を?

中釜 感染拡大当初は、コロナがどのような病態なのか詳細を把握できず、特にがん患者さんに対してどのような影響をもたらすのか未知のままでした。初期段階はそもそも、病院が感染リスクの高い場所としてとらえられ、がん検診や病院の受診も減りました。

 20年のデータを検証すると、がん診療連携拠点病院等における登録件数が前年比4・6%ほど減少しました。その原因については自然の振れ幅の可能性があるため、もう少し精度高く評価する必要があるものの、事実として減少したのは確かです。

 4・6%というと数字的にはそれほど大きくないようにも見えますが、現在日本では約100万人のがん患者さんがおり、4・6%というと実数では4万6000人に相当するため、やはりそれらの患者さんの早期発見・早期治療に影響が生じた可能性は否定できません。

――医療の立場から、今回のコロナ禍への対応について理事長の所感など。

中釜 教訓としては今後、医療はもちろん検診も安全に受けられる体制を考えることだと思います。感染拡大からすでに2年半余り、現在は予防を施し感染状況を把握することで、院内感染は一定の抑止を図ることができるようになりました。さらに今後は、感染症を含めた医療情報を、よりグローバルな視点でいち早く発信、共有することが極めて重要だと言えるでしょう。感染拡大の初期、各国ではそれぞれ国情に即した異なる対応を取りましたが、それがどのような成果につながったか検証することで、将来新たな感染症発生時に各国がより迅速で効果的な初期対応を講じられるよう、エビデンスの情報共有ができれば何よりです。

 がんに関しては、日本では登録制度も始まりましたがオンタイムでその時々の状況を迅速に把握する体制には至っていません。昨年の状況を分析してその検証結果が得られるのは来年、つまり判明するのに2年かかります。従って、まだ悉皆的ではない院内のがん登録データをいち早く解析して、課題解決に資する対策を打ち出せる体制構築が急がれます。患者さんのデータの収集、迅速な解析、効果的な対策という流れの構築こそが、今回のCOVID -19感染拡大から得られた教訓であろうと捉えています。がん対策のデータ基盤と迅速な解析、情報共有ネットワークを構築できれば、その構造的応用によって未知の感染症に対するワクチン開発も可能になるのでは、と期待しています。さらにこの構図は日本国内に限らず、アジアをはじめ世界を舞台にしても可能ですし、特定の疾患を超えて分野横断的に、医療の恩恵をグローバルにもたらすことができるのではないかと考えています。

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