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俵孝太郎「一戦後人の発想」【第88回】

国際機関は信頼に値するか WTOの偏見裁定が示すもの

 現在の韓国が、先進自由諸国がマトモに相手にできる国でないことは明白だが、定員7人のうち4人が空席のままで不当な裁定を下したWTOも、遠からず機能不全に陥り自然消滅するのは必至だ。しかも現在の日本政界に、国際機関に対応し得る適材が見当たらないのも遺憾というほかない。

上級委員会の逆転裁定

 原発事故による放射能汚染を口実に、韓国が日本の東北・関東の太平洋に面する八県で水揚げされた海産物を全面輸入禁止にした措置が、なんと八年余も続いている。日本は先に、この措置は自由貿易原則に反する不当な差別だ、とWTO(世界貿易機関)に提訴しており、裁判に譬えれば一審に相当する紛争処理小委員会(パネル)は、韓国の措置を不当なルール違反だ、と裁定していた。

 この裁定に不服な韓国は、最終審に相当するWTO上級委員会に持ち込む。韓国の強硬な主張と物凄い見幕に面食らった上級委は、小田原評定を続けたあげく、食品衛生上の判断は自由貿易のルールとは別の範疇に属する国家主権の行使上の問題だ、という屁理屈を使ってパネルの裁決を取り消し、韓国の禁輸措置を認める逆転裁定を下した。

 たぶん外務省が中心になり、経産省や農水省も加わって鳩首協議したのだろうが、日本の事務当局は当初、今後はWTOの場での解決は望めないので日韓二国間の交渉で打開を図る、という方針を示し、マスコミもなんら疑問を呈することなく、オウム返しにそのまま報じたきりだった。しかし、権威ある国際機関から決定的なお墨付きを得た、と国内に向けて大威張りして見せた韓国政府は、国際権威が日本の主張を斥けて認めた措置は当然のことながら継続する、と表明する。韓国のマスコミもこぞってこれを支持し、当面はおろか、少なくとも近い将来に、韓国側が交渉に応ずる可能性は、完全になくなった。

 日本側が、事務当局の判断とはいえ、なぜ当初このような生ぬるい姿勢を取ったのか。安倍首相や菅官房長官が、初期の段階で、なぜ後述するように毅然とした対応をすべく事務当局に指示しなかったのか、不可解というほかないが、事務当局はたぶん、厄介事を重ねるのは避けたいという、役人社会で習い性の事なかれ主義に走ったのだろう。安倍官邸は、「平成」の天皇の〝お気持ち譲位〟の意志表明から発したいわゆる御代替わりの準備をはじめ、内外で重要課題が山積する中で、それらの対応に気をとられ、韓国がまた日本に悪態をついている、といった程度の感覚でつい見逃してしまったのではないか。いずれにしても、双方ともに大失態だった。

打開以前に交渉が成り立たず

 そもそも日韓の間には、前世紀前半の〝併合〟にまつわるさまざまな問題をはじめ、竹島や従軍慰安婦・徴用工など、古くからの紛議のタネが、いまだに蒸し返し、揉み返しされ続けている。加えて最近は、韓国の観艦式に臨むわが自衛隊艦船の、常に艦尾に掲げる〝旭日旗〟に対して韓国側がイチャモンをつけたり、国連決議に反して北朝鮮側に海上で船から船に禁制物資を密輸する〝瀬どり〟を監視するわが自衛隊機に対し、韓国の駆逐艦が攻撃用照準レーダーを照射したり、という新しい摩擦・対立の芽も生じている。

 現在の韓国は、とかく因縁のある日本に限らず、先進自由主義国がマトモに相手にできる国ではない。文在寅極左政権のもと、反日米、親北朝鮮・共産中国の、東西冷戦時代の東側陣営の一員と同じ、共産主義独裁国の衛星の一つなのだ。旧東側諸国には、スターリン体制下の軍事独裁支配に屈して不本意ながら従属せざるをえなかった面もあったから、欣然として金正恩・北朝鮮に迎合・追随する韓国の文政権は、より確信犯的体質といっても間違いではない。そんな相手と二国間交渉をしても、問題が打開できるはずがない。それ以前に、交渉が成り立つわけがない。

 半世紀以上も昔の日韓基本条約の締結交渉で、日本は韓国の強い要望を容れ、韓国に3億ドルの現金を供与し、2億ドルの低利借款に応じ、最低1億ドル相当の民間資金協力・技術供与をすることまで決めて、基本条約を結び国交を樹立した。そしてその際、これらの供与・協力を直ちに実行する一方、日韓双方は互いに相手側に対して持っている資産・債権を放棄し、それぞれの国民が相手側に対して主張しうる財産的請求権は、その国民の属する国がそれぞれ責任を持って解決する、という点も合意した。

 〝併合〟の間に、日本が〝内地〟から巨額の予算を投じて整備した、港湾・鉄道・道路や橋梁・大学をはじめとする学校などの社会インフラを、〝併合〟によって生じた韓国側の〝損失〟と差し引き清算すれば、余りにも日本側の持ち出し分が大きく、韓国側にとっては極めて不利になる。それを百も承知の韓国側が、これらの日本資産をタダ取りしようと企んで、相互放棄を要求したのだ。

李完用学部大臣の次官を務めた祖父

 この虫のいい要求に対して、日本側が国際的慣行をまったく離れて超好意的に応じ、基本条約成立にいたったのだが、ここで脇道に入って筆者の私的な事情に触れたい。

 筆者の祖父は内務官僚で、日韓併合の前段階で朝鮮統監府が設けられたときに、李朝韓国への派遣を命じられた。そして韓国人閣僚の下に日本人がつき、近代国家として行政経験が乏しい李朝政府の名において実務を取り仕切る、という仕組みの中で、間もなく首相となって日韓併合協定の韓国側の最高責任者となる、李完用学部大臣の次官を務めた。さらに日韓併合後は引き続き朝鮮総督府に残って、土地調査局総裁として、現地の地籍確定作業の最高責任者を務めた。

 祖父は明治28=1895年に東京帝国大学法科大学を卒業し、高等文官試験組として内務省に入っている。高文制度はその前年に始まったが、それまで無試験任用だった東京帝国大学出身者は、初年度は試験をボイコットして、結果的に一人も入省しなかった。しかし翌年の二期生からは、制度に応じて受験せざるをえなくなり、外務省に幣原喜重郎、大蔵省に浜口雄幸、内務省には伊沢多喜男や祖父の俵孫一らが、入省した。

 彼ら、のちに官僚の牙城となって現在に至る東京大学法学部卒のキャリアの実質的な第一期生は、その同志的結束の固さから、明治28年入省に由来して世間で〝二八会〟と呼ばれ、昭和4=1929年に成立した浜口内閣では、浜口首相の下、幣原は外相、祖父は商工相に入閣している。

 内務省同期生のうち、警視総監・台湾総督を経て枢密顧問官になり、内務官僚の大御所といわれた伊沢は、警察畑を歩んだ。祖父は地方畑で、まず沖縄県に赴任し、薩摩出身で幕末の〝池田屋事件〟の当事者でもあった奈良原繁県令(県知事)のもとで、地籍を確定する業務の立案・実施に当たった。

 沖縄は徳川幕藩体制下とは別世界の荘家が君臨する独立王朝であって、封建大名の下で〝名主制度〟や〝五人組〟が封地の末端まで行き渡り、土地の所有・利用の権利も確定していた状態とは、まったく違う風土である。しかし明治政府が1道3府43県で構成する〝内地〟の一角に沖縄県を組み入れたため、地籍登録を含む多くの地域行政制度で、他の道府県との整合が取れず、なにかと混乱していた。地籍面でも、境界確定以前に、所有権をめぐる争いが、県内各地で多発していた。

 祖父はその処理・解決に当たったのだが、そうした経験を買われたのか、朝鮮統監府では学務行政を統括していたのに、朝鮮総督府では一転して、やはり李朝の無能・無力のために混乱を極めていた朝鮮の土地の所有・利用の権利関係、つまり地籍を審査し確定する行政行為の、最高責任者にされたわけだ。

請求の対象となる韓国の農地

 朝鮮から帰任後の祖父の経歴は、三重県知事、宮城県知事、そして最後が北海道長官、つまりいまの北海道知事になっている。当時の内務省の一元的人事による〝官選知事制〟では、北海道長官は事務次官、警視総監と並ぶ〝内務三長官〟といわれ、地方畑の最高・最終ポストとされていた。因みに東京が府から都になり、東京府知事が東京都長官と呼ばれるようになったのは、昭和15=1940年で、当初から〝長官〟だった北海道に較べて、ずっと遅れている。また前述のように、東京府知事よりも警視総監が格上だった。

 祖父は地籍確定を任としたことでもあり、李朝から受けた俸給相当額や朝鮮離任に際して与えられた退職給付は朝鮮の地に残すとして、帰任するとき、京城(いまのソウル)から釜山に向かう幹線の中央部から釜山寄りの地域に、かなりまとまった農地を買ったという。その土地は農園となり、明治の初期に故郷の石見国浜田と、対馬海峡を隔てた対岸にある釜山に渡って、現地と日本との貿易をしていた年の離れた実兄(彼は次男で祖父は五男)に管理を依頼しつつ、開拓と農作は現地の住民たちに委ねていたそうだ。

 敗戦後、祖父の次兄一家は〝日韓併合〟前から根をおろしていた釜山から、着の身着のままで引揚げたのだが、敗戦の一年前に死んだ祖父から一応は朝鮮の農場を相続していたはずの筆者の父親も、話には聞いていても見たこともなかった土地だから、やむをえないといえばそれまでだが、韓国政府からはもちろん、日本政府からも、この土地に関してビタ一文補償を受けていないという。

 仮に韓国最高裁がいうように、個人の請求権は国家間の請求権とは別だ、という理屈に立てば、祖父の在韓農地の相続権の少なくとも相当部分を持っているはずの筆者には、韓国政府に対して相応の補償を求める権利がある、ということになるわけだ。

差し押さえと現金化の盗賊行為

 筆者がこの欄でも最三にわたって言及してきた、20世紀前半では世界一の化学工業プラントと謳われた、野口遵率いる日本窒素財閥が北朝鮮に残したダムや発電所を含む巨大設備は、北朝鮮政権に乗っ取られたままだ。そこで働き、敗戦に伴って苦難の帰国を果たしたあと、高い技術力と同志的結束だけを元手に、九州南部の東岸と西岸で旭化成とチッソを起こした人たちが、現地に残した私的資産に関しては、北朝鮮政府に対する請求権があることになる。いつの日か北朝鮮との間で国交正常化が実務的課題になったとき、野口コンツェルンの当時の価値を現在価格に置き換えた補償ともども、日本はこれらの私産の請求権も、強く主張しなければおかしい。

 この点は日本と北朝鮮との間の残された懸案だが、韓国との間にも日本側に多くの残留資産・私産があった。それにもかかわらず、国交正常化に際して日本の官民は、韓国にさまざまな配慮・支援をした。それに対する一片の謝意も、顧慮すらもなく、文政権と結託した韓国最高裁は、茶伏台返しよろしく、韓国人の日本企業に対する個人賠償請求権を認める判決を出した。それを根拠に韓国下級審は、対象企業の在韓資産の差し押さえを敢行し、その現金化と称する盗賊行為を進行しつつある。韓国外相は、恥知らずにもそれを是認し、放置する方針を公言した。

 この明白に日韓基本条約に違反する行為、国際法に違反する行為に対して、日本政府が公に是正措置を講ずるように要求しても、韓国政府は、行政府は立法府に介入できない、と称し、国際法は国内法に優先するという、これまた国際法の大原則に反する、弁解にならない弁解を繰り返すばかりで、マトモに対応しようとしていない。相手はルールなんかクソ食らえの、掟破りの常習犯なのだから、そんな国とは交渉どころか、国交も本来なら成り立たない。そろそろ最低限、大使の召還に始まり、段階的に金融・貿易・人的往来を縮小し、停止するといった、対抗的な制裁措置に、着手せざるをえない段階だろう。

いずれはWTO自体が機能不全に

 問題のWTO上級委員会に戻って、この委員会は164の加盟国すべてが同意して選任した委員7人で構成する、WTOの最高機関なのだそうだ。しかし現在は4人の委員が任期切れで退任しており、欠員は補充されないままだという。上級委員会が過去に、アメリカが申し立てた共産中国の特許権侵害行為に関して、公正的確に対応しなかったことを不服とするアメリカが、新委員の任命に同意せず、空席を埋められないのだそうだ。

 今回は規則上、機関決定に最低限必要とされる3人の委員、つまり残る委員の全員一致で決めた、とされる。日本側はWTOの総会でこうした運営と裁定に反論し、アメリカも同調したというが、日米の抗議も、上級委の決定は加盟国全会一致の決議でなければ覆せない、という規則を盾に再検討を拒まれた。WTO加盟国の一員であり、日本の提訴の〝被告〟でもある韓国が、自らにとって有利な裁定を白紙化する決議に、賛成するはずがない。そもそも必ず〝原告〟と〝被告〟があるに決まっている貿易紛争の処理機関の規則に、絶対に成り立つはずがない全会一致原則を盛り込んでいること自体、奇怪千万だ。しかも現に残っている3人の上級委員も、年末には任期切れで退任するという。これでは上級委は遠からず、〝そしてだれもいなくなった〟状態に陥ることになる。そうなったときアメリカは、そしてここまでコケにされた日本も、新しい上級委員の任命同意には極めてシビアな姿勢をとるだろう。反対に韓国や共産中国などの〝問題国家〟は、アメリカや日本が容認する委員候補にアタマから反対し、いつまでたっても上級委は全員空席のまま、いずれWTO自体が自業自得で機能不全に陥り、自然消滅に向かうのは必至だ。

 そんな現に半身不随に陥っている国際機関に、貿易紛争の処理ができるわけがない。さすがに安倍政権の中枢はこうした問題点を認識したようで、七月に大阪で開かれるG20サミットで、WTOの改善・強化策を緊急議題として取り上げることにした。そして事前調整のため四月末に欧米を一巡した、開催国で議長役も務める安倍首相は、トランプ米大統領はじめ、フランス、イタリア・EUの首脳にもWTOの徹底的改革を提起して、同意を得たと伝えられている。

 とはいえ、G20メンバーには共産中国も容共韓国もいる。彼らがすんなり日米欧の問題提起に応じてWTOの改革・改組に向けて協力するとは考えにくい。ただ、そのときはWTOが機能不全に陥り、よくて自然消滅、成り行きによっては混乱のもと、自らルールのない貿易戦争の引き金を引く結果を招く。それでも日米はたいして困らないが、現にアメリカと深刻な貿易摩擦を抱えている共産中国の習近平体制や、左翼根性丸出しの財閥イジメのハネ返りも手伝って極度の経済低迷・若者の失業地獄に直面する韓国の文政権は、タダでは済まないどころか、全身が返り血に塗れることになるだろう。

国際機関を的確に報じないマスコミ

 今回のWTO問題については、外務省も話にならないが、新聞・テレビの大勢も似たようなものだった。必ずしもWTOに限った話ではないが、よく耳にはするものの実態はもう一つ明らかでない国際機関について、いかにも高い権威を持つ組織であるかのような雰囲気を漂わせて勿体ぶって報じるヘキが、日本のマスコミには抜き難く存在する。当該機関の〝決定〟の評価にも関連する、論議の細かい経過や、参画メンバーの名前・経歴と出身国、その国や委員個人の政治的属性や背後関係などについて、的確に報じた記事は、卒爾ながら新聞記者になって66年、一回も見た覚えがない。前述のWTOの現状に関する記述は、上級委決定が出た直後の「読売」の解説記事と、その後安倍・トランプ会談などでWTO改革を取り上げたことを報じた「産経」の記事に拠っているが、これだけの断片的だが基礎的な事実の指摘さえ、筆者が知る限り「朝日」も「NHK」も伝えていない。他紙・他局も同様だろう。 

 まして、現に任期が残っていて今回の裁定に直接関与した3人の委員が、どの国から選出された人物か、どのような学識経験を持っているのか、過去にどのような貿易紛争でどのような見解を出しているのか、さらに身辺に偏向・独断や腐敗の風評が立ったことはないかなど、彼らが発揮した絶大な権力の正当性を担保する、仮にも公人として不可欠な基礎的個人情報に踏み込んだ報道は、毛筋ほども存在していなかったように思われる。

 海外の報道事情に疎い筆者にはよくわからないが、日本ほど国連を筆頭とする国際機関が背後から後光が射しているような感じで重々しく扱われる国は、そう多くはないのではないか。もっとも東アジアには、歴史的に小国のヴェテラン国際外交官の指定席の観を呈している国連事務総長を出したといって、こともあろうに〝世界大統領〟を生んだと称する、韓国のような例もある。それにくらべれば多少はマシであるとしても、そんな国と背くらべしてみてもはじまるまい。 

有象無象が跋扈する国際機関

 韓国と違って日本では、キャリア官僚や基幹企業の幹部候補生が欧米留学したり、欧米の研究機関に一時的にポストを持ったりするのは、あくまでキャリア・アップの階段の一段に過ぎず、本庁なり本社で昇進するのがあくまで本筋だという人事感覚、人事秩序がある。新聞特派員もその例に漏れず、局デスク級で本社に帰ってトップになった人物は多いが、長く塩漬けになった外国特派員は特殊技能者扱いになってしまう。学卒の就職時点でも、優れた人材が国際機関で働く国際公務員を志望するケースはまず聞かない。国内で望ましい就職先がなく、不本意就職するよりはいったん国際公務員になり、箔づけしたうえで帰国して、選挙に出たり、学職を得たり、という迂回作戦に利用されるのが関の山だ。

 その背景には、多教科受験が必須の日本の大学入試を躓かずに通過して就職選考にパスするには、多くの時間を外国語習得に割くことは不利につながるし、語学のハンディがない帰国子女は、多教科受験が障害となって学歴社会の階段を上りにくい、という要素もあるのだろう。それとは正反対に、かつて旧植民地として英語なりフランス語なりを公用語としてきた発展途上国から、旧宗主国中心に欧米に留学した人材が、軍閥や部族の抗争が絶えなかったりコネや利権・腐敗が横行する母国を忌避して国際公務員になる例は少なくない。そうした立場の先輩や同輩と固いコネクションを築き、それが第二次大戦後70余年のうちに、裏の組織として隠然たる力を持つようになった面も、否定できまい。

 そうした実態は、望ましくも羨ましくもないが、しかしそうした形で隠微に成立している裏社会的連帯に接触し、少なくとも常に一定の情報を得ておかないと、複雑怪奇な国際機関のサヤ当て、駆け引きで後れを取りかねないことは、常に留意しなければなるまい。今回のWTO上級委員会の逆転裁定の裏側に、どのような裏事情があったのか、なかったのか。それは現段階では明らかになっていないが、過去にこの稿でも指摘した記憶があるように、ユネスコをはじめとする国連機構の中に公式に組み込まれている国際機関に登録され、いわゆるロビー活動をしているNGO・NPOは、700団体とも、いまや1000団体を超えているとも、いわれる。

 その多くは、これも過去にも触れたが、国連の人権理事会に登録されているとされる。しかしこの人権理事会は、安全保障理事会や経済社会理事会のように、国連憲章に明記された組織ではない。それではテンプラ団体、つまりコロモだけはついているが中身は貧弱な団体か、というと必ずしもそうではないそうだ。日本が本拠の団体もあるが、それを含めて大半は左翼、あるいは左翼が偽装したリベラル系で、韓国や中国が表に立ったり裏から支援したり、腹に一物を持って反日活動を主目的にしているものも少なくないという。

 安倍首相は、内政はともかく外交は得意だ、という説がある。だが対韓外交姿勢、国際機関への対応を見ると、得意どころの話ではない。現状で〝前提抜きの北朝鮮とのトップ外交〟など、とんでもない。尤もハトヤマ・ユキオ以下、下には下は無数にいるが、講和の吉田茂や日韓の椎名悦三郎に比肩しうる適材は、いまの日本に遺憾ながら見当たらない。

(月刊『時評』2019年6月号掲載)