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虎ノ門政策研究会企業研究/フジタ技術センター視察レポート

寝ている間に建設工事が進む?フジタの描く建設業の未来像とは

フジタ技術センターの外観(取材時撮影)
フジタ技術センターの外観(取材時撮影)

虎ノ門政策研究会、通称「虎研」は昭和59年の設立から現在までアクティブに活動中。研究部会では主に国政にかかわるテーマを研究し議論を交わす。官民、産学、企業間など縦横の連携促進を使命の一つとしてきた虎研事務局では、公共性の高い事例に着目して企業研究を進めている。今回は、株式会社フジタの技術センターを取材してきた。(虎ノ門政策研究会事務局:重田瑞穂)

 のどかな田園風景の中に、巨大な白い建物が出現した。バスを降りて坂道を上っていくこと数分。神奈川県厚木市のフジタ技術センターは地下1階~地上3階までの延べ面積2万4000平方メートル、大小2棟が一体になったシンプルな造形で、近代的な美術館のようだ。前庭では自動運転の草刈りロボットに世話をされる芝生が青々と輝く。
 エントランスを抜けると広がるのは、見上げるほど高い樹木が植えられた、2棟を結ぶアトリウム。日の光を浴びながら、研究員が立ち乗りタイプの小型モビリティで通り過ぎていった。ここを境に、手前が研究棟、奥が実験棟である。

アトリウムの写真
アトリウム(取材時撮影)

さっそくヘルメットを着用し実験棟へ進む

 実験棟はアトリウムよりもさらに巨大な吹き抜け空間で、大型構造実験施設を内包している。数多く立ち並ぶ装置の合間を縫って進んでいくと、一角には大型トラックを置けそうなほどの空間もみえた。
 時流に合わせて多様な実験設備をカスタマイズしていけるように、1999年にこの地に移転した当時からスペースに余裕を持って設計したらしい。
反力壁と反力床
反力壁と反力床(提供:フジタ)

 高い天井を見上げて、息をのんだ。屋内には不似合いなほど大きなクレーンが吊り下がっている。「建設工事は、重さとの勝負です」と、先導してくれていた知的財産部の中村さん。一緒に頭上を見上げて、あれは荷重10トンまで吊り上げることができる、と教えてくれた。その奥には反力壁が反力床から崖のようにそびえている。
 ここで行われた実物大の加力実験が、フジタの誇る超高層RC(鉄筋コンクリート)住宅や、RCとS(鉄骨)の梁(はり)を組み合わせるハイブリッド建築システムなどの独自技術を生み出してきたのだ。

工事施工の「省力化」から「無人化」への進展

 最新の技術開発の中では工事施工の省力化、さらには無人化を目指す内容にも積極的に取り組んでいる、とのことだ。「人間が寝ている間に、建設現場でロボットが作業を進める」、夢のような話が技術の進歩によって少しずつ現実味を帯びている。
 遠隔操作技術による無人化施工については、すでに建設業界で確立されてきた。その中でも同社の取り掛かりは早く、30年前の雲仙普賢岳噴火時には、重機を遠隔操作して土砂の掘削、積み込み、運搬などを行う「テレアースワークシステム」をいち早く開発し、二次災害が想定される危険地帯での復旧工事で実用化した。オペレーターが遠隔地で映像を見ながら操作すると、運転席に取り付けた遠隔操縦ロボット「ロボQ」が手先として作業を行うが、これは運搬性に優れ、国内の油圧ショベルに簡単に装着できる汎用性の高さから、災害発生直後の緊急的な応急対応作業にも適しているとのことである。

1992年当時のテレアースワークシステムによる復旧作業の様子。重機が遠隔操縦で動く。左上は雲仙普賢岳(提供:フジタ)
1992年当時のテレアースワークシステムによる復旧作業の様子。重機が遠隔操縦で動く。左上は雲仙普賢岳(提供:フジタ)

 現在は改良された「ロボQS」にAI(人工知能)を搭載し、完全無人化施工の研究を進めているという。重機を動かす実験フィールドは別の土地にあるため、映像を見せてもらった。「強化学習」で訓練したAIが画像認識によって最適な機体の動きを決め、「ロボQS」に操作信号を送る。すると、誰も操作していないのに油圧ショベルが勝手にざくざくと土を掘っていく。
 強化学習とは、コンピューターにシミュレーター上で無数に試行錯誤させ、結果に応じて得点を与えることによってどう動けば良いか覚えさせる技術だ。すでに平地での掘削動作は習得した。生産改革研究部の研究員・伏見さんは「まだ人間の働きには及ばないものの、AIが24時間365日休みなく働けることで、生産性の向上を目指しています」と話す。2021年度中に、いずれかの現場で実装してみる予定だという。


風の影響を調べるミニチュアの街

 技術センターが出来た当初から、今でもずっと活用されている息の長い装置もある。たとえば「風洞実験装置」もその一つ。今回は特別に、そのドーナツ状のトンネルの内部へ入らせてもらえることになった。奥には人間の背丈よりも大きな、さながら扇風機のようなファンがある。ファンが回り、風を起こすと、トンネル内で調整され、自然風を模擬した気流が作り出せるとのこと。

縮尺模型を用いて風荷重、風圧力を調べる(提供:フジタ)
縮尺模型を用いて風荷重、風圧力を調べる(提供:フジタ)

 足元では床の一部が丸く回転するようになっていて、その上には精巧な街の模型が載っていた。模型から外したビルの中身を見せてもらうと、もじゃもじゃとセンサーにつながる大量のビニールチューブがのぞく。ここで測定したデータをもとに、高層建築自体や外装材が受ける風の影響を計算して設計に生かすわけだが、高層建築物を新しく建設することにより周囲に及ぼす影響も調べられる。ミニチュアの街を床ごと回転させれば、あらゆる方向の風向きで実験が可能だ。
 同社が国内最高階数のマンションを設計・施工した際も、ここで入念に気流の影響を調べたという。

同社施工物件の大きなモックアップ模型
同社施工物件の大きなモックアップ模型(取材時撮影)
廃棄物の無害化でリサイクルを促進

 実験棟の裏手から出てみると、屋外にも実験装置がたくさんあった。真っ先に目に入ってきたのは、操作盤にホースでつながれたコンテナ。軽自動車ほどのサイズのこれは、廃棄物処理技術を使って開発された「FAST-BOXシステム」だ。
 廃棄物の中でも、焼却炉で物を燃やした時に底に残る燃えがら、排ガス中などに漂い集塵機で集められた煤塵(ばいじん)などの塩類や重金属を含んでいるごみをこの装置へ詰めると、洗浄と共に無害化の処理が行われ、安全に処分ができる状態になるらしい。操作盤のスイッチを入れると、霧状の水が勢いよく噴き出してくる。ちょうど真上から陽が射す時間帯のこと、涼しい風を感じながら見学していたら、「これはコーヒーのドリップのような仕組みなんです」と、環境研究部の髙地さんが言った。
FAST-BOXシステムはオンサイトで焼却灰などの安定化を促進できる(提供:フジタ)
オンサイトで焼却灰などの安定化を促進するFAST-BOXシステム(提供:フジタ)

 通常の廃棄物リサイクルの方法のひとつとして、セメント原料にすることがあるが、燃えがらなどの塩類が多い廃棄物は、そのままでは工場の施設を傷めてしまうことがあり、リサイクルすることが難しいそうだ。「FAST-BOX」の散水処理では、ミストのようなシャワーで廃棄物に含まれる塩類を効率的に洗い出すことができるため、清浄後にはセメントの原料などに再利用が可能。使うのは少々の電気と、通常処理に比べ10分の1程度の少ない水だけで済むし、駐車場に設置できるサイズなので今後はレンタル事業としての展開を考えているとのことだった。

 「こちらで可能な処理は2種類あります。この散水処理の他にもう一つ、“炭酸化処理”も可能なんですよ」と髙地さんが続けた。実は、コンテナの下には二重床が仕込んであり、下からCO2(二酸化炭素)を含むガスを通すと、CO2が上に詰めた燃えがらなどと反応し、炭酸化する。鉛などの人体に有害な重金属が水に溶け込むことを防ぎ、安全な状態で最終処分場などに埋め立てることができるのだ。CCS(CO2回収)やCCU(CO2有効活用)などの技術にもつながっている。気候変動問題の解決に役立つ技術としても注目されるのではないだろうか。

快適な住環境を探求

 研究所内をあちこち見て回っていたら、「寝室用エアコン」と書かれた展示が目に入った。ベッドが置いてあり、そこだけが住宅展示場のようだが、それらしい機器は見当たらず、天井に薄くて大きなパネルが張ってあるだけのように見える。

 フジタは明治43年(1910年)の創業以来、高層オフィスビルをはじめ、マンション、医療・福祉施設、ホテルなど様々な建物を設計・建設し、人々が快適に過ごせる“高”環境をつくり続けており、近年快適な住環境の研究も始めた。その商品化第一号がこの「眠リッチ」。ベッドに近寄ってみると、ひんやり涼しいのに、風も音も感じない。確かにここでならぐっすり眠れそうだが、とても不思議である。

天井パネルの裏に隠された小さなエアコン(取材時撮影)
天井パネルの裏に隠された小さなエアコン(取材時撮影)

 環境研究部の滝澤さんが「“放射”という、離れたところに熱が伝わる現象を利用したパネル型冷暖房システムです」と説明してくれた。冬の冷たい空気の中でも太陽が昇ると肌に温かさを感じるのと、同じ原理らしい。空気を介さずに赤外線で作用するので、パネルと相対する面が広いほど効果が高くなる。ベッドに座っている時より、横になればさらに涼しくなるというわけだ。
 脚立に上ってパネルの裏をのぞくと、驚くほど小さなエアコンが隠されていた。これも新たに開発されたもので、一般的なエアコンよりも空気を強めに冷やしたり、暖めたりすることができて、その空気を静かにゆっくりとパネルに吹き出すことで放射の効果を得られるという特徴を持っている。
 病院や、高齢者介護施設、さらには高級シティホテルでも採用され始めたそうだ。睡眠改善に悩んでいる方はチェックしてみてはいかが。

フジタが描く建設現場の未来

 アトリウムに戻って一息ついていると、ドン、ドンと音をたて “何か”が木製の階段を下りてきた。尻尾と頭のない犬、と形容すれば姿をイメージしやすいだろうか。Boston Dynamics社製の四足歩行型ロボット、「Spot(スポット)」だ。目をまるくして見ているわれわれの前までやってきて、ペコリとおじぎをする。生物的な動きに思わず目を奪われると、近くで見守っていた生産改革研究部の山口さんが、いたずらを成功させたかのような笑顔になった。よく見ればその手元に、小さな操作用端末があるではないか。曰く、今の動きは操作したものだけれど、あらかじめルートをセットしておけば人間が操作せずとも完全自律歩行もできるとのこと。

Boston Dynamics社製ロボットSpotが「ペイロード」を背負って実証実験(提供:フジタ)
Spotが「ペイロード」を背負って実証実験(提供:フジタ)

 Spotはフジタが開発した付属機器(いわゆる、ペイロード)をリュックサックのように背負って歩き回っている。ペイロードは無線通信ができて、PTZ(パン・チルト・ズーム)カメラや360度カメラ、マイク、スピーカーも搭載。現場の巡視点検やコミュニケーションに活用する想定で実験を重ねているそうだ。建設現場には段差がたくさんあるが、Spotなら不自由なく歩き回れる。現場に実装されたら、人間が出向かずとも済む場面が増えるだろう。

 自律走行で夜間巡回をしてくれるロボット、危険地帯で重機を遠隔操作するロボットの自動化、廃棄物のリサイクル…建築、土木といった専門分野以外にも、そういった技術が、このセンターではすべて実現している。
 一般的に、労働環境が良くないとされ、3K産業と言われてきた建設現場でも、もはや人間は力持ちでなくていいし、危険に遭遇するような場所で命を懸けて働かなくていい。誰もが8時間労働の中で安心して働くことができ、寝ている間にロボットたちが作業を進め、安全を守ってくれる。そんな風景が町中の建設現場でも当たり前な風景になっていくのは、案外すぐそこにある未来なのかもしれない。

(本記事は、月刊『時評』2021年8月号掲載の記事をベースにしております)