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【時事評論】日本経済は成長できるか

「新陳代謝」を促す政策が必要だ

 IMF(国際通貨基金)の統計データによると、2022年の日本の実質経済成長率は約1・1パーセントであった。191カ国中168位である。

 こうした日本経済の低成長は1990年代初めのバブル経済崩壊から続いており、「失われた30年」ともいわれる。現在の50歳未満の人々の多くは「景気がよい」という状況を体感として知らない。

 なぜ、私たちはこんなにも長期にわたる低迷を続けてきたのであろうか。

 成長会計では、経済成長の要因を労働投入、資本投入、TFP(全要素生産性)の三つによって分析し、説明する。

 「失われた30年」においては、少子高齢化傾向の中で、労働投入がマイナスの寄与となってきた。他方で、資本投入とTFPがわずかにプラスに寄与してきた。

 少子高齢化が経済成長の足かせとなっていることは明らかだ。

 しかし、少子高齢化の根本的要因が低成長下での中間層の下方崩壊(所得環境の低迷・悪化)であることを鑑みれば、少子高齢化と低成長とは「鶏が先か、卵が先か」という関係にある。

 また、少子高齢化傾向を直ちに反転させて労働投入を増加させることは、人口動態の在り方として(移民の大規模受け入れでもしない限り)、ほぼ不可能である。

 他方で、資本投入については、資金調達に制約がなければ(現在の金融状況が該当する)、結局のところ、「投資効果の大きいところに資本は集まる」という単純な原理に従うことになる。ここでも、経済成長と資本投入とは相互に循環する関係にある。

 従って、現在の状況を改善して、日本経済の成長を政策的に促そうとするならば、TFP=生産性の寄与を大きくすることを目指すべきだ。

 生産性が伸びる経路は、三つある。

 第一に、個々の企業努力による生産性向上だ。いわばミクロベースでの生産性向上が全体の生産性向上につながる経路だ。

 第二に、同一産業内での競争により低生産性企業が淘汰されることで、高生産性企業のシェアが大きくなり、結果として一つの産業の生産性が高まる経路がある。

 第三に、産業構造自体の変化を通じたマクロベースでの生産性向上の経路がある。生産性の低い産業から生産性の高い産業へと産業構造がシフトしていくことで、一国全体の生産性が高まるのである。

 もちろん、政府においても生産性向上が喫緊の課題であることは認識されている。

 例えば、第一の経路を念頭に「中小企業生産性革命推進事業」と銘打って、特に生産性に課題のある中小企業を対象として、設備投資、IT導入、販路開拓等に対する補助金政策が展開されてきた。

 しかし、こうした政策的な取り組みが、長らく日本の生産性向上と経済成長につながっていないことも現実だ。

 なぜか。

 補助金予算が大きくなると、費用対効果が小さい場合にも、補助金が交付されるために政策効果が小さくなっていくということもあるだろう。

 しかし、深刻な本質的要因は、経済の新陳代謝を阻害する「保護的政策の存在」と「競争的政策の不足」ではないか。

 わが国企業の99%以上を占める中小企業の「生産性革命」を標榜しても、6割以上の中小企業が赤字経営を続けられているという実態がある。その背景は、中小企業を保護する多くの政策が生産性向上を妨げていることである。

 また、第二、第三の生産性向上の経路については、競争を通じて経済の新陳代謝を促す政策的取り組みがそもそも不十分ではないかとの懸念が否定できない。

 第二の経路である企業間の競争については、例えば、今年3月に公正取引委員会から課徴金1000億円を課せられた大手電力会社間の「不可侵協定」に象徴されるように、改善の余地がある。

 第三の経路である産業構造シフトによるマクロベースでの生産性向上については、例えば、労働市場の流動化がまったくもって不十分だという問題がある。

 諸外国においては、労働市場が柔軟で、経済動態に合わせた労働移動が実現することで、産業構造のシフトが実現してきた。

 他方、わが国では、雇用保護を重視するあまり、マクロベースでの経済の新陳代謝が滞ってきたという指摘が多い。

 この点について岸田政権は、「リスキリングと労働移動の円滑化を両輪で進めていく」としている。正しい方向性だ。

 しかし、労働移動の円滑化については、実に今から10年前に、当時の安倍政権において、成熟産業から成長産業へ「失業なき円滑な労働移動」を促進し、「行き過ぎた雇用維持型」から「労働移動支援型」への雇用支援施策へとシフトしていく方針が示されていた。

 正しい方向性は認識されていても、実行されなければ意味がない。

 例年、暑い夏の間に、新たな政策の検討と予算の作成作業が進められる。

 保護的政策の廃止と競争的政策の強化によって経済の新陳代謝を促進し生産性を高めることこそが、わが国の経済成長につながることを肝に銘じて、痛みはあっても必要な政策を立案・実行していくことを責任ある政治と行政に期待したい。
                                                (月刊『時評』2023年7月号掲載)