
2026/10/06
フランス語には「戦時経済」という表現があります。国家の防衛のために民間企業の設備、部品、商品、インフラやサービスを国が統合・活用することを意味します。
現在、フランスはこの経済政策を実施しています。2022年のロシアによるウクライナ侵略を受け、エマニュエル・マクロン大統領は「戦時経済」の必要性を訴え、防衛予算を増加し、多くの企業に協力を呼びかけました。私は個人的に全く賛成できませんが、ヨーロッパの多くの国々は同様の道を選ぶようになりました。特にドイツは完全に再軍事戦略を進めています。「ロシアに対してヨーロッパの防衛を強化する」としたドイツ政府に対し、10年後、20年後にドイツがとんでもない軍事力を持った場合の危険性を心配するフランス人専門家や元軍人もいます。ドイツには「ネオナチ」(新ナチ主義)の組織も存在していますし、似た考え方を持つ政治政党(AFD)も活動中です。反移民運動を背景に、そういった傾向が強くなることを多くの専門家は危惧しています。つまり、軍事力のエスカレーションは将来の戦争につながるリスクを高める戦略なのです。
アジアでも同じパターンが起きていることは否定できません。中国の軍事予算は年々増加し、それに対して周りの国々も予算を増やして軍事力を強化しています。平和国家であるはずの日本も同じ流れに移行しています。
自分の国を守るのは当然のことですが、軍事力のエスカレーションは平和をもたらすでしょうか。アジアでも、軍事力を強化した国の首脳が危険な人物になったら戦争につながりかねません。一国の軍事力は他国から見ると脅威ですから他国も軍事力を強化します。終わらない悪循環なのです。そんな状況では少子化が進むのは当然です。いつ戦争が起きてもおかしくないとしたら、若者は子供を持ちたいとは思わないでしょう。
戦後、日本の多くの企業経営者は社会の豊かさを優先し、平和産業に注力し、日本人の日常生活を改善していきました。現在も、現在こそ、そういった戦略が必要です。例えば地球温暖化・気候変動に対して、より優れた省エネ家電、酷暑日に負けない建築、副作用の少ない医療など――。日本の企業は、全世界が求める技術を生み出すことが出来ます。出来るにもかかわらず、残念なことに、米国や中国が数十年前から力を入れている分野で対抗する道を選びがちです。人間の能力である「知能」を盗むAI(人工知能)や、それを支える半導体やデータセンターなどに投資し、「デュアルユース」(軍事用と民事用)技術を優先します。日本もフランスと同じように、軍事力と経済を結び付ける戦略を進めているのです。
私が日本を選んだ理由の一つは、日本が平和国家であることです。しかし、いつまで平和国家だと言えるのかは疑問です。母国であるフランスが核兵器保有国であることも嫌なので、日本は非核三原則の国で良かったと思っていました。近いうちにそれも変わる可能性があります。悲しい気持ちです。戦後すぐの日本とは真逆の方向に進んでいると言っても過言ではありません。
私は記者、著者、小説家として、生成AIの危険性を訴え続けています。文化や社会性を壊す技術だとしか思えません。人間しか持っていない知能と判断力を、偽知能が内蔵された機械に委ね、多くの行為・行動を任せることは完全に無責任です。戦場で誰を殺すのか、AIが判断しているのです。生成AIを使って簡単に何でも実施できるなら、なぜ学校に行くのか、なぜ外国語を学ぶのか、なぜ文章を書くのか、絵を描くのか、音楽を作るのか。生成AIは人間の多様性のある表現力を無くしてしまいます。
社会の重要性とは何かを、昔から哲学者や社会学者が考えています。それは互いに教えること、学ぶこと、手伝うこと、関係性を作ること、愛することです。これらはすでに崩壊しつつあります。現代の人間は、他人とのコミュニケーションが必要ない環境を作ってしまいました。オンライン手続き、セルフレジしかない店など、対面の機会は急激に減っています。他人よりAIキャラクターが良いと感じる人はさらに社会から離れ、精神に異常をきたす恐れもあります。そもそも人間は一人では生きていけないからです。
本当に多くのフランス人および日本人はその近未来の社会を目指しているのでしょうか? 違うと思います。米国と中国のハイテク企業の経営者が考えている世界は「AI絶対主義」であり、AIに支配される世界です。AI技術による経済成長と軍事力を結び付けるのは最悪の組み合わせだと私は思います。しかし、一部の社会学者や哲学者、記者がその危険性を強く訴えても全く通じず、かなり深い絶望感を覚えています。
(月刊『時評』2026年9月号掲載)